14.魔導師、まだ踊る
日間ランキング一位になってて電車の中で変な声上げちまったじゃないかどうしてくれるありがとう。
そこはホールにあるバルコニーからさほど離れていない場所だった。
空には大きな青と赤、二つの満月が煌々と照っているためあまり暗くない。
……二つの月がどちらも満月なんて年に数回ある程度で結構縁起が良いらしく、双満月の夜に結婚式を挙げる事を夢見る乙女は多いらしい。
そんな二つの月が穏やかに見守る夜空の中で踊る二人の影。
「そう、段々上手くなってきたね。もう手を離しても大丈夫かな?」
「離すなでない! 絶対に離すでないぞ!?」
まあ、僕とリュミイだけどね。
二人で空中ダンスをするのは存外難しかった。
一人なら簡単だけど、空を飛べない相手と踊るとなると難易度が一気に跳ね上がる。その分魔法の練習になるけどね。
僕の冗談にリュミイは慌てて僕の手を強く掴み身を寄せてきた。
「脚を踏み出すとき、そこに空気の地面があると思って踏んでごらん? もしくは足の裏から風が出て体を浮かせているとか、そもそも重力なんて無かったとかのイメージでも良いよ」
「そう言うお主はどうしてるのじゃ?」
「闇魔法で反重力にしたり、強く踏み込むときは空間を足場にしたり風で翔んだりかな」
「なるほどさっぱりわからんの」
「同じ極の磁石は反発しあうよね? 反重力はそれと似たようなイメージかな。空間を踏むっていうなが解りにくいなら、空気を踏むのでも良いと思うよ。風魔法での姿勢制御は上手だから、そのイメージの方がリュミイに向いてるかもね」
「……やってみるが、決して手を離すでないぞ?」
「あはは、手だけじゃ足りないなら抱きしめようか?」
「叩き落とすぞえ」
言葉とは裏腹にリュミイは結構強く僕の手を握っている。
まあ、何もせずに落ちたら普通に死ねる高さにいる上、自分自身では飛べないのだから仕方ないだろう。
僕らが何をしているかと言うと、ダンス兼魔法の授業だ。
風属性に限ればリュミイはこの短時間で下級魔法まで使えており、それを利用することで少しくらいは浮遊できる程度にはなっている。
「……結界に乗るのと空間に乗るのは何が違うのじゃ?」
「結界に乗るということはそこに足場を作る必要がある。一歩踏み出すごとに一々作るか、最初に多きなのを作るかだね。その自分で作った結界に乗ることになる。空間に乗るということは、既にそこにあるものを足場とするから魔力の消費が少なくて済むよ」
大抵の魔法使いは適性問わず全属性の初級魔法を使えるから、リュミイでも闇魔法で空間を捉えることは不可能じゃない。
光魔法で空中にラインを引き、僕らの周囲をルービックキューブのような立方体の光線で囲む。
「空間がこんな感じで存在すると思えば良いかなー」
「なぜ線が真っ直ぐではなく少し下にへこんでおるのじゃ?」
「それが重力かな。空間がヘコんでるから物は落ちるとも考えれるね」
「ふむ……もう一度やってみよう。離すでないぞ」
「うん、勿論」
リュミイは少し安堵したかのように微笑むとやがて目を閉じて魔法の展開に集中した。
その時少し強めに風が吹いて体が煽られたけどリュミイは全く怖がることなく、相変わらず安心してるように微笑んでいた。
「【天駆】」
リュミイがそっと口を開く。
それは既存の【韋駄天】とは違い、僕のアレンジによって最早別物に変化した新しい魔法。
「おめでとうリュミイ、ちゃんと翔べてるよ」
「……おおお、ほんとじゃ、リンの助け無しで翔べるし歩けるぞ!」
余程自力で空を飛べたことが嬉しかったのか、リュミイはそのまま空を蹴って僕に飛び込んで来た。
これは全くの予想外で、密着しているために彼女の暖かな体温や柔らかい感触の肉体、ふわりと微かに甘い香りなどを知覚して、思わず顔が赤くなるのを感じた。
「リン、踊ろう」
「あ、ちょっ」
手を引かれて空へと文字通り躍り出る。高さは地上三十メートルを確実に超えているから、もし魔法の制御を間違えば落下して死んでもおかしくないのだけれど、リュミイはそんなことまるで気にしていないような大輪の笑みを浮かべながら無邪気にステップを踏み始める。
「リュミイ、いきなり激しく動いたら危ないと思うよ」
「もし妾が制御を間違えてもリンならすぐにどうにかできるじゃろうからな、何も恐れることはないの」
ニコリ、と。彼女は僕に微笑んだ。
いつも浮かべている不敵な笑みではない、心から信用しきっているような純粋な笑みである。
「ふふ、ならしっかりエスコートしなきゃね」
彼女の笑みに釣られて僕も笑い、城内から聞こえてくる曲に合わせてリュミイと踊る。
慣れない空中歩行に時折リュミイがバランスを崩すが、ここは床のない、つまり足捌きに縛られない空の中。
「ぬおお!?」
先程までは足の裏を地面に向けていたが、今度は僕の背中を向け、そのままリュミイを抱きしめクルリと周り、再び地面と垂直になった所で彼女を離しまた踊る。
「……お主器用じゃの。ありがとう、と言っておくのじゃ」
「誰かさんの信用は裏切りたくないからね」
誰も邪魔できない夜空の中で、僕らは二人きりで踊り続ける。
もう三曲程は踊っただろうか。
リュミイの魔力がそこそこ減ってきたこともあり、一旦休憩することにした。
「……のうリンや」
「ん?」
「休憩するのは解る。だがなぜ妾はお主の足に座らされているのじゃ」
今の僕は空中に座るように腰かけて、太腿にリュミイを乗せその肩を抱いている状態だ。
「何故って、ホールは邪魔が入るし、リュミイは疲れてるし、なら余裕のある僕がここで……誰にも邪魔されないこの空で、椅子にでもなろうかなーと。リュミイ軽いし」
「……まあ、よかろ」
まだ魔力には余裕があるし、体力だってあまり減ってない。
魔法の練習は結構体力使うし、魔力循環で身体能力も上昇しているから、ダンス数曲踊る程度では準備運動にもならない。
闇魔法の【倉庫】から会場でくすねたリンゴジュースのグラスを二つ取り出してリュミイに飲むかどうか聞くと「飲む」と返され、片方のグラスを渡してあげた。
『乾杯』
こつん、と二つのガラス容器が軽い音を立て、その中身の液体が僕らの喉を潤していく。
「ねえリュミイ」
「何じゃ?」
「世界を変えたいんだけど協力してくれない?」
「ゴホッ、ゴホッ!!」
あらら、気管の方にリンゴジュースが入ってしまったようだ。
むせこむリュミイの背中をゆっくりと撫でる。
「けほっ……お主いきなり何を言い出すんじゃ」
「今の魔導具は弱いと思わない?」
「ああ、それを変えたいのじゃな。妾で良ければ喜んで協力するぞ」
まだ最後まで言ってないのに的確に内容を受けて即答された。
「そう驚くでない。いきなり言われて驚きはしたがリンの言いたいことはすぐに解ったし、お主といると面白いからの。断る理由が何もないのじゃ」
「貴族として、この国の人間としてじゃない、魔導会社として活動するよ? 姫という立場を失うかもしれないよ?」
「お主初めに『世界を変えたい』と言っておったではないか。その程度織り込み済みじゃよ」
そこでリュミイは一つ深呼吸して、リンゴジュースを一口飲んで唇を潤した。
僕の膝の上から降りて空気を踏みしめ僕へ向き直る。
その目は迷いなんて無く、かといって子供が欲求のままに『ああなりたい』『こうしたい』と願うような無謀で浅薄な意志ではなく。
銀の瞳にありありと楽しそうな、それでいて強い意志の光を灯し僕の目を正面から見据えてこう言った。
「それでもお主と共に歩みたいと考えた。リンフォレーラ・フォン・リエラノーク」
魔法使いが相手のフルネームを呼ぶときは、自分の意志が本気である事の現れだ。
それは決闘における覚悟の表れだったり。
それは憎悪に塗れた殺意の表れだったり。
決して揺るがぬ信用だったり。
魔法名を口にして魔法を展開するのと同じように、フルネームを呼ぶのは魔力が関与するため、一種の呪詛か祝詞とも言える、魔法に近い現象が起こる。
絶対に軽々しく言えるものではなく、魔法使いなら、王族なら尚更に、親から真っ先に教えられ警告されることの一つ。
フルネームと共に口にしたことを反故にするのは禁忌と言っていい。幼子であっても例外などなく、万が一破ろうものなら自身の魔力が変質して魔法を使えなくなるのだ。それは明確な異変となり、魔法使いでなくともその異質さを見抜けるためあらゆる信用を失う、らしい。
「心強いね。信用してるよ、リュミーイル・フォン・ヴォルヴァルザルグ」
ドクン、と魔力が熱を持つ。
一種の呪詛。
一種の祝詞。
リュミイへ疑心や不信を抱けば、魔法を使えなくなって信用も失う。
「最後に、もう一曲だけ踊ろう?」
「うむ、踊るか」
二人で手を繋ぎ誰にも邪魔されず、赤と青の双月の下で僕らは踊る。
確かにリュミイは王族であり魔法使いだ。彼女の力はとても大きく、仲間にするならこれほど心強い相手もそうはいない。そんな打算もあるにはある。
でもそれ以上に、リュミイという個人に惹かれたのだ。
◆◇◆
「それじゃあ、また会おうね、リュミイ」
「ああ、またの、リン」
パーティーも終わりそろそろ帰る時間となった。
周りでは何人もの貴族が同様に仲の良い相手と別れの挨拶を交わしていて、陛下とお父様、王妃様とお母様もすぐ隣で似たような言葉を交わしていた。
「さあ、戻ろうか」
お父様に促される帰り際、最後にリュミイと手を軽く振りあって王都の別荘へと馬車で帰る。
少し疲れたけれど……仲間を得られたのだし、何よりリュミイと会えて良かった。