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13.魔導師、踊る

あれからは適当に一人で会場をほっつき歩いて、美味しそうなものがあれば摘まんで、時々周囲の貴族の会話に耳を澄ませながら将来の計画を練っていると、楽士達が並んでゆったりした曲を弦楽器で流し始めた。


さて、勝負所かな。


曲が流れることが指すのは一つ、ダンスの始まりであること。

そして今日の主役は五歳になる子供たちであり、中でも一番身分の高いお姫さま、リュミーイルが踊ることで始まる。

勿論彼女の相手をしたい子は多い。

最初に彼女と踊るということは並みいる貴族の子供の中で最もお姫さまの信用を得たことと同意であり、他の貴族に対する牽制になる。

逆に……


「リュミーイル様、私と踊っていただけけませんか?」


「嫌じゃ」


ガーーン↓↓、という重いSEでも付きそうな暗い表情で一人の男の子が去って行く。

そう、断られるとああして酷く憐れなことになるのだ。




◆◇◆




ふむ、ついにこの時がやって来おった。

すなわち、このパーティーの目玉イベントと呼べるダンスの時間じゃ。


「リュミーイル様、私と踊っていただけませんか?」


「嫌じゃ」


妾には先客(・・)がおるのでな、他の者と先に踊る気は毛頭ないぞえ?

会場が重い沈黙に包まれ、「お前行けよ」「いや、君に譲るよ、友達だからね」「いやいやいや」「いやいやいや」と、まるで供物の役のなすり付け合いのような会話がそこかしこで目線で行われておるの。

いやはや、仲の良いことじゃて。


さて、早くこないかの、リンよ。

約束(・・)通り、妾はちゃんと、お主を待っておるぞ。


城の屋根などという馬鹿げた、だからこそ他に類を見ない場所で交わされた一つの約束。

それはこの夜のダンスパーティーの、口汚く言ってしまえば予約じゃ。


思えば変わった女子(おなご)じゃった。

ボーイッシュな口調でありながらフリフリのゴスロリドレスを着こなしていたこともそうじゃが、何より魔法の腕がずば抜けておった。

空を舞う魔法などという、考古魔導師が聞いたら発狂しかねない魔法を平然と制御し、聞けばそれはほとんど自作だという。

(よわい)四でしかない身で幾多の中級魔法を手足の如く、否、恐らく手足よりも自在に操り、【剣の覇王】と呼ばれた父上に火傷を負わせおった。父上本人は隠しておったがの。

ニコニコと無邪気な笑みを浮かべながらその裏では様々な事を考え、しかし攻撃魔法を放つ際は決闘中の騎士か獲物を前にした狼のように凜とした鋭い眼光を放っておった。

優しく穏やかで、そのくせ魔法の事となると人が変わる奇妙な娘じゃったが、ふとした時に彼女の事を考えてしまう。

リンと共にいたのは一時間ほどだが、それ以降共におった令嬢達のことよりも彼女の事が強く心に残っておる。


ふはは、と。


小さく自分が笑ったのに気付いたのは数秒してからであった。

少し浮かれすぎかの。深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとしよう。


「リュミーイル、一緒に踊ろう?」


「む?」


気がつけば目の前に一人の男子(おのこ)が跪いておった。

妾は不快さを隠さずに口を開く。


「誰じゃお主。いつ妾を呼び捨てて良いと許し……ん?」


其奴(そやつ)は黒衣……黒を基調とし銀糸をあしらったローブ状の上着と黒いインナーにスラックス、つまり魔法使いの正装を着ておった。

ほとんどの男子が騎士服、白を基調とし金糸をあしらった正装を纏っておるにも関わらず、じゃ。

白く長い髪を後ろで括りゆるく三つ編みにして、一見優男にも見えるのじゃが。


もしかしたら、この髪を下ろしてそらの内の何本かを細い三つ編みにすれば……ちょうど、リンのようにはならぬか?


黒衣もこのパーティーなおいては酷く浮いた存在じゃが、リンならば着ておっても違和感がない気がするのぉ……。あの娘はボーイッシュじゃったし、男装すればこうなるのではないかの。


「お主、まさかリンではあるまいな……?」


「リンだけど」


「すまぬ、本気で誰か気付かなかった。許せ」


「ちなみに性別どっちに見えるかな?」


「女子じゃろ? お主男装姿も似合っておるの」


「僕男なんだけど」


「嘘じゃろっ!?」


え、驚き過ぎてつい大きな声を上げてしまったが、会場のあちこちで似たような驚愕の声が上がっておる。父上も母上も、ほとんどの貴族が同じ状態じゃ。

唯一、リエラノーク夫妻だけが必死に笑いを堪えているようじゃったが。


「おおおお主つまらぬ冗談を申すでない!」


「本当なんだけどー……」


だだだだとすると妾は男子に手を繋がれ握られ、あげくお姫さま抱っこをされたのかえ!?

己の頬が熱を持ってゆくのを感じるがどうしようもない。


「ではもう一回言うけれど……リュミーイル、僕と共に踊ってくれないかな?」


囁くようにそう言われ、心拍が酷く早くなってゆく。

先程リンは跪いて同様のことを言ったが、今度は立ち上がり此方へ手を差し伸べてきおった。

狙ってかどうかは解らぬが、それはあの時……庭園で困っていた時と同じ仕草で、妾は思わず彼女の……否、彼の手に己の手を重ねておった。


「良かった。ありがとうねリュミーイル♪」


するとリンはニコリと笑い……


「でも人の顔忘れたあげく女の子だと思っていたなんて酷いな」


ゾクリ、と妾の背中に震えが走った。


「一曲と言わず、三曲くらい踊ってくれるよね?」


「許せと言ったであろう!?」


「だ、め♪」


仕返しのつもりか、気がつくと瞬く間にお姫さま抱っこされ、ふっと耳元で囁かれる。

ゾクゥッ、と走った震えが(くすぐ)ったさなのかそれとも恐怖だったのかは解らないが、少なくともリンが本気だということは解った。

気がつけばホール中央まで抱えられており、そっと床に下ろされる。


……そう言えば、屋根でも庭園でも、下ろされる時はかなり丁寧に扱われておった気がするの。

男子と知ってとてつもなく驚き動揺したのは確かじゃが、こやつはリンフォレーラ・フォン・リエラノークであり、別人な訳ではない。

ならば妾も、昼と同じように接したほうが良いのかの?


「おいで、リュミーイル」


繋いだままだった手を僅かに引かれ、そのエスコートに従い脚を一歩前に出すと、当然妾とリンの距離が近くなる。

微かな、落ち着いたリンの呼吸とヒンヤリした体温が伝わり、対して自分の体温が再び上がるのを感じたものの、やはりどうしようもないの。


右に、左にと、ゆったりした音楽とリンのエスコートに従いステップを踏むが、リンの顔が、肌が近くて、熱くて、じゃがひんやりしていて心地よくて……気恥ずかしさとは別に、もっとこうしていたいという気持ちも確かに存在しておった。


「リュミーイル」


「な、何じゃ?」


「学園に入ったら、また魔法を教えてあげるよ。約束しない?」


そう言ってリンはどこか寂しげに微笑んだ。

……そうじゃ、このパーティーが終われば、リエラノーク辺境伯家の子女であるリンは当然領地に帰るのじゃ。そうすれば、妾達が会えるのは一年先、学園に入るまで会うことはないであろう。


考えれば、妾は先程リンの事を見誤った。あろうことか誰じゃお主、などと言ったのじゃ。


共に踊ろうと約束していたにも、関わらず。


その後も男子と知って驚愕し、そっけない態度に陥ってしまった。リンが女子だと勝手に思い込んだのは妾であり、リンには何の落ち度もなく、『一曲と言わず、三曲くらい踊ってくれるよね?』というあの言葉が仕返しでも何でもなく、ただ寂しさに起因したものじゃったとしたら。


……明らかに妾が悪いの。


「勿論じゃ」


「本当に?」


「ああ。先程はあんな言葉と態度を友であるお主に向けて悪かったの。リュミイと、そう呼ぶことを許す。三曲と言わずいくらでも踊ってやろう。……体力が続く限りの」


妾の言葉にニコリ、と。リンが笑う。

それは無邪気で、(かげ)りも裏もない明るい笑みで……不覚にも、一度、心臓が大きく鳴ってしまった。


ぎゅ、と。不意に握っていた掌を強めに掴まれる。

そのせいで互いの繋がりが強くなった気がして少し気恥ずかしいのだが……それでこの寂しがり屋の魔法使いが満足するのなら、まあ良いかの。


「そういえばお主、何故昼はドレスなぞ着ておったのだ」


憎らしい程に似合っていたのじゃがな。


「お母様が喜ぶからね」


「それだけか!?」


「うん。家族が笑ってくれるなら僕も幸せだからね」


「理由だけ聞けば素晴らしいがやってることは残念極まりないの」


「妹でもいればそっちを着せ替え人形コホン、可愛がると思うんだけどねー」


こやつ今着せ替え人形と言わなかったか。

踊りながらそんな雑談を交わして行く。城の屋根で話した時と同様の、楽しい一時。

違うのは、風の代わりに音楽が奏でられていること、リンの性別が判明したこと、空が見えないこと、周りに人の目があることだが……だから何だと言うのか。

妾とリンは変わらず友であり……他のことは細事に過ぎない。


周りでは父上と母上、宰相夫妻と、リンの両親が踊り始めている。もう少しすれば一曲躍り終えるじゃろう。


「次は夜空で踊ろうか」


「……まあ良いじゃろう」


妾とリンが踊り終えるのはまだ先なようだ。

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