10.国王、剣をとる
王城の庭園で開かれるそのパーティーで、今年はおもしれえガキがいた。
普通このパーティーはまず王族や大貴族の子供に大人数でガキ共が突撃することら始まり、俺も一度それを経験している。
かつて俺は囲まれる前に自分から動いたことで難を逃れたが、娘のリュミイはそうはいかなかったらしい。動く前から囲まれていた。
「おーおー、早速失敗したなアイツ」
あの人だかりから逃げるのは至難の業だ。しばらくリュミイはガキ共を捌くのに拘束されるだろう。まあこれも貴族の経験だ、後に同じことを繰り返さなければそれでいいだろ。
一年ぶりに親友であるライルザーク・フォン・リエラノーク辺境伯に会いに行くと、やつは相変わらず掴み所のねえ柔和な笑みを浮かべながらノリよく俺の差し出した骨付き肉を口にする。こういう軽さはもう一人の親友であるレイフレード・フォン・レイノルーク侯爵宰相にはあまりない。やつの堅さと真面目さに助けられることもかなり多いが、ライルの柔軟性は一緒にふざける甲斐がある。
それから少し雑談してると、何とどっかの魔法使いの令嬢がリュミイを抱えて城の屋根まで飛んで行きやがった。あれは笑った。周りに家族やライル達しかいなかったら絶対腹抱えて笑ってた。
あんな方法で王族と近づいた奴なんざ今まで一人もいねえだろ。
何より魔法の腕が四歳児とは思えねえ程に高え。四歳で中級魔法の【韋駄天】を使ってる事もそうだが、何より空を飛ぶ手段というのは今のところ古代魔導具の魔導飛行船か龍にでも乗るしか無え。それをあの令嬢は一人でやりやがった。個人的にも王としても是非とも欲しい人物だ。
「連れ戻しますか?」と聞いてきた近衛騎士に放っとけと命ずる。
あんな黄金の魔法使いの卵と縁を結べるのだ、リュミイにとっても俺にとっても国にとっても大きなメリットがある。一部の貴族が殺気立ってるが、後でフォローに回っとくか……。
一時間程して彼女らが降りてくると、リュミイは何人かのお嬢さん方のグループへ向かい、魔法使いのガキはニッコリと一見無邪気な笑みを浮かべていたが……アレはヤバイと本能が告げた。
妻のリリアの友人であり親友ライルの妻である【氷獄の魔女】ことシエラールと何度か会話したことがある俺には解る。あの無邪気に見える微笑みは、その実何かヤバイことを考えてる奴の顔だ。多分誰か適当なガキを挑発させて喧嘩にもってって、力業で周りの奴らを脅すつもりだろう。
元々殺気立った貴族を押さえるためにあの子のフォローに向かってやるつもりではいた。しかし、必要だったのはあの令嬢のフォローではなく……令嬢に強迫材料にされそうなガキの方だったらしい。
急いで魔法使いの令嬢に声をかける。
驚いたことに彼女は親友のライルの娘で、まずは魔導具を作れるか聞いた。もし飛行魔導具が作れるのならヴォルヴァルザルグ王国の国力は大きく伸びるだろう。
残念ながらまだ作れないらしいが……ありゃいたずらっ子の顔だな。自分もそうだから何となくわかる。もう何個か作ってるクチだろう。しかしここで追及しても周りの貴族が煩そうだったから止めた。将来に期待しよう。
そして、本題。
「俺と模擬戦しねえか?」と言うと、ほとんどタイムラグなしに了承しやがった。
途端、彼女の目付きが変わる。それまで無邪気でニコニコと微笑んでいたかわいらしい顔が、決闘に挑む騎士か、獲物を前にした狼のような鋭いものに変わる。
……これは、楽しめるかもしれねえ。
俺は自分の口の端がつり上がるのを押さえきれなかった。
◆◇◆
……楽しめるかもしれねえ、何て思ってた数分前の自分を殴りてえ。
「【雷光槍】」
それは中級魔法の中で最も対単攻撃力が高いとされる攻撃魔法だった。それもアレンジか何か加えられているんだろう。妻のリリアが使っているのを何度か見たことがあるが、それより遥かに鮮烈で強烈な光量だと思う。
それが、十個。纏めて放たれた。下手な上級魔法より威力高えんじゃねえだろうか。
「おいおい、複適性かよ……」
ただでさえ高い技量を持った魔法使いだと言うのに、手段と対応力に高い複適性とは危険極まり無えな。
複適性は器用貧乏になりやすい傾向があるが、この令嬢がそんな温い鍛え方をしているとは欠片も思えねえ。
あれは楽しみながら闘って良い相手なんかじゃない。
敬意と闘志をもって、真面目に剣を向けるに値する魔法使いだ。
「シッ!!」
迫り来る光の槍を両手に持った二本の長剣で薙ぎ払う。
僅かにタイミングをずらし、時に同時に着弾するよう完璧に制御されたそれは明らかに四歳児が放てて良いものじゃない。
誰だ彼女に魔法を教えたのは。死ぬほどスパルタか、教える天才かだ。後者なら学園かどこかに雇わせたい。前者なら説教してやりたい。
ステップを踏んで細かく自分の立ち位置を変えながら何とか最後の一本を薙ぎ払う。
「ッ!!」
しかしそれはトラップで、威力を落とした分強烈な閃光を放つ派生魔法だった。すぐさま目を閉じることで直撃は防いだが、一瞬視覚を使えなくなる。
瞬間、足元に熱の気配が生まれたため、目を閉じたまま令嬢へ接近する。
背後でゴオオと不吉な音がして余波で温度が高くなる。多分火柱か何かだろう。
目を開けると令嬢は後退して距離を取りながらこちらへ弾幕のような魔法の嵐を放っている。
速さと貫通力に秀でた槍系だけでなく、速度は少し落ちるがその分範囲が広い球系、尾を引いてこちらの逃げ場を狭める線系などを組み合わせることで俺の接近を全力で妨害してきやがる。
クソ、でかい球系で視野を狭められその死角から槍が、時に球を貫いてビームが、ビームに囲まれて横に動けないところにでかい球が迫って回避ができねえ。さっきからずっと両手の剣で防ぎっぱなしだ。
ジリ貧を解消しようと強く踏み込もうと俺が脚を出すと、【罠魔法】が発動して爆発する始末。何とか避けれたが回避先には再び密度の高い弾幕が待っていやがる。
「らぁ!!」
気合いで何発か回避して、当たると不味そうな魔法だけを切り裂き、かする程度は無視して本気で突っ込んだ。
「ふふふ、抜けられちゃった」
あと一歩という所で令嬢がニコリと笑って、逆に近付いて来た。
剣を首筋に寸止めさせ決着をつける寸前、彼女の笑顔に黒い筋が浮かぶ。
「おいおい……!?」
自爆魔法陣とか何仕込んでやがるんだコイツはよぉ!?
ドゴンっ、と派手な爆音を撒き散らして強烈な閃光が放たれるが、右手の剣は彼女に突きつける寸前なため左手の剣で何とかそれを切り裂く。
おいコイツ死んでねえだろうなと焦って令嬢を見ると、自分を中心として爆発を起こしたくせに怪我どころか服にホコリすらついてねえで平然と立っていた。
刃が潰れている訓練用とは言え剣を首に突きつけられているのに変わらずニコニコと微笑んでいやる。
「参りました」
「おう……怪我は無えか?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
罠一つじゃ足りなかったかー、今度から三つくらい仕込んでおこー、なんて彼女の呟きは聞こえなかった事にする。
何で自爆トラップ使って無傷何だよとか、そんな危ねえ魔法教えたのは誰だよオイとか……何でその技量で上級魔法を使わねえんだよとか、色々聞きたいことはあった。
いや、上級魔法を使わないのは……使い潰されるのを防ぐためか?
こんな魔法の腕があって、かついくつか新しい魔法を作っておきながら上級魔法まで使えたら……自由に生きることなどできないだろう。軍務卿か宮廷魔導師なんかから熱いお誘いが来ちまう。
彼女はライルの娘、つまり【氷獄の魔女】シエラールの娘だ。となるとあいつが指導した可能性が高い。
あの、加減がド下手で世間知らずで容赦の無い魔女の教えなんざぬるいわけがねえ。いきなり平原に連れてって魔獣の前に放り出しても驚かねえぞ。
「……お前はもっと強くなれる。これからも精進するんだな」
「はい。陛下から頂いたお時間とお言葉、決して無駄にはいたしません」
ニコリと、彼女は笑う。
上の立場の者が試合したときの定型文を伝えたが……正直絶対コイツには要らねえ言葉だ。
模擬戦終わってから、いややってる最中にすら、どう戦うかどう魔法を配置するか、そんなことを考えてそうなギラついた目をずっとしていたのだから。
……こえー、こいつこえー。