愛する人
凍えるような寒さのなか
真夜中のビルの屋上に一人佇少女がいた…。
少女はゆっくりと屋上のフェンスを乗り越え両手を広げて空を見上げるとゆっくりと目蓋を閉じた‥。
幸せだったあの頃が遠い昔に思えた…。
私には現実を受けとめる事なんて出来なかった…。
絵梨佳は結城正広と書かれた入院者のネームを見るたびに胸が痛んだ…。
病室に入りベットで眠っている正広に語りかける。
『今日ね久しぶりに高校の同級生に会ったの、すっかり可愛くなっててねモデルみたいにスタイル良くてさ羨ましかったなぁ…。』 正広の目蓋はずっと閉じたままだった。
正広と初めて出会ったのは大学の図書館だった。
絵梨佳は日課としていつも図書館で読書をしていた。
いつものように図書館に行き読書をしていた絵梨佳は目の前にいる人が同じ本を読んでいる事に気付いた。
それが正広との最初の出会いだった。
絵梨佳は毎日図書館に来て読書をする正広を見ていた
いつのまにか正広を見るたびに絵梨佳の胸が熱くなった…。
その人が図書館に来ない日があると胸が苦しくなり
その人が恋しくなった。
絵梨佳は勇気を振り絞り
正広に話し掛けた。
正広も絵梨佳に気が合ったらしく二人の交際はすぐに始まった。
付き合い初めて半年が過ぎた頃、絵梨佳と正広は些細な事で喧嘩をし別れ話にまで発展した。
しばらくお互いに連絡を取らなかった。
一週間経っても正広から
連絡はこなかった。
絵梨佳は不安に駆られた。このまま終わるなんて絶対に嫌だ…。
そう思った瞬間、携帯の着信が鳴った。
正広からメールだった。
内容を見た瞬間絵梨佳は涙で視界がぼやけた。
メールの内容は 『ごめん…愛してる』
だった…。
絵梨佳はすぐに正広にメールを返信した。
『私も…ずっと傍にいてほしい。愛してる』
涙腺からとめどなく溢れだす涙は絵梨佳の枕を濡らした。
絵梨佳はそっと正広の胸に耳を当てた。
『トクン…トクン』と
正広の鼓動が伝わる…。
正広を肌で感じる…。
絵梨佳にとってこの瞬間が安らぎの時だった…。
絵梨佳はいつのまにか眠ってしまっていた…。
正広にお別れのキスをして病室を後にした。
その日の夜…。
突然正広の母親から電話が掛かってきた。
病室に着いた絵梨佳の目に映ったのは変わり果てた正広の姿だった…。
『絵梨佳ちゃん…』
正広の家族は病室から出ていった。
絵梨佳は正広の顔を見た…とても安らかな顔をしていた…。
あの日の事故さえ起きなければ正広は…。
絵梨佳は悲しさのあまり 言葉が出てこなかった…。
いつものように正広の胸に耳を当ててみた…。
正広の鼓動は聞こえなかった…。
正広のいない世界など
絵梨佳には考えられなかった…。
絵梨佳は生きる気力を無くした。
屋上は凍えるような寒さだった…。
『正広…今から逝くね…』
絵梨佳は身を乗り出した…その瞬間…。
《絵梨佳…》
すぐ傍で正広の声が聞こえた気がした…。
気のせいではなかった… 絵梨佳の耳にははっきりと正広の声が残っていた…。
耳を澄ますと正広の声が聞こえる…。
《傍に…ずっと…》
正広との思い出は胸の中に閉まっておこう…。
絵梨佳はそう心に誓った。