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4話 彼と彼女の立ち位置と


 ああ、またか。


 彼に手を引かれながら思う。


 女の子に呼び出されて、思いを告げられるのを知っていて、彼は私を連れて行く。

 もう何度目だろうか。正確には覚えていない。それでも、これから起こることを思うと、心臓が不規則に跳ねる。


『怖いから、一緒についてきて』


 本当に、何を言っているのか。

 告白イベントはお化け屋敷か何かですか。


 彼は昔から人見知りだった。知らない人と会うのは怖い、二人きりなんて、どうしたらいいのか。助けて。

 そんなもん知るか、と言えたらいいのだけれど、ほだされてしまう私も大概だろうか。

 何故かはわからないが、笑みがこぼれた。





  *   *   *





 手を引かれ、ついていった先は部室棟。

 一、二階は社会科教室などが連なっているが、三階から上は文化部の部室がひしめき合っている。

 ここには放課後までは滅多に人が立ち入らないためか、何度か呼び出された。

 教室の喧騒が遠く、ここだけ別の空間のようだ。少し空気が冷たい。


 四階の廊下、無機質なタイルの上に人影が見えた。


 ああ、あの子かな。

 彼女は窓の外をガラス越しに眺めていた。

 小柄で可愛い女の子だ。髪を二つに結び、優しそうな雰囲気を持っている。

 校則より少しだけ短いスカートから、彼女におしゃれに興味があることが伺えた。

 白いワンピースが似合いそう。淡い黄色とか、うん、似合う。ああ、こんなときじゃなければ声をかけたい。

 この学校は学年ごとにブレザーの校章の色が変わる。この子は緑だから、一年生。初々しい。

 しかし、入学早々告白とは、見た目に反しなかなか勇気がある。

 

優斗君に気付いた彼女は顔に喜色を浮かべたが、それはすぐさま当惑に代わる。彼女にとってこの事態は想定外だったはずだ。

 彼女は不安そうにこちらを見た。


「先輩……」


 彼女は優斗君を見た後、私を見て、もう一度彼に目を戻す。

 うん、そうですよね。意味わかんないですよね。


 彼女は素直に想い人に疑問をぶつける。


「彼女さん、ですか?」


「えっと、あの、いえ、違います」


 優斗君はどもりながら答える。視線はあちこちに飛び、あきらかに挙動不審だ。


「じゃあなんで……」


 彼女はそう声を上げた。

 まさか理由が一人じゃ怖いよ~だとは夢にも思うまい。

 

 優斗君は答えず、何か聞きたそうにこちらを振り返る。

 意訳は『これ、なんて答えたらいいのかな?』だ。自分で考えろ。


 彼は初めて会う人との会話の雰囲気に耐えきれなくなったらしく、こそっと私の後ろに避難する。これもいつものこと。彼は何一つ周りの人間に劣ってなどいないのに、ひどく他人を怖がる。

 でも、他人と触れ合う機会がまったくないなんてありえない。普通は失敗して傷ついて、対処法を学んでいく。しかし、彼はどうしてか私のような存在に頼ることになってしまった。

 背中越しにあわあわした彼の様子を感じる。

 何をそんなに怯えることがあるのだろう。君は望めば王様にだってなれるのに。


 でも、彼が傷つくことを怖がったおかげで、私は彼と一緒にいれる。夢を見ることができる。


 とんとん、と私の背中を優斗君が叩いた。


 あ、そういえば修羅場中でしたね。


 彼が目線を寄越してくる。『どうしたらいい?』って、ああ、もう。

 彼が私なんかを頼ってくれるのは嬉しいが、こういう事はきちんと自分で対処してほしい。

 彼を強制的に前に押しやり、背中に手を当てる。これは君の問題です。


「あ、の」


 小さく、意味のない声を絞り出す。その間にも、せわしなく視線を彷徨わせていた。答えを探しているのだろうが、多分そんなところには置いてないと思う。


「あ、無理に答えてくれなくても、大丈夫です……」


 彼女はそんな様子を見て何かに納得したらしく、それ以上追及してこなかった。

 彼もそれであからさまにほっとした様をみせる。


「ごめんなさい。あの、僕、えっと」


「いえ、そういう事なら……。ご迷惑をかけてすいませんでした……」


 彼女は優斗君が詳しい事情を話す前に、自ら身を引いた。違うよ。優斗君に意志を伝えたいならそこは押すべきだ。彼は優しいから、本当は強く出られると断れない。

 彼の雰囲気から、大人しい女の子を好むと思われたのか、いつもこういう場面で彼女たちは引いてしまう。

 もっと気持ちを押し付ければいい。そうすれば彼は手に入る。

 今もそう言えるのに、伝えない私はあまり褒められた人間ではないのだろう。


 もっと、この関係に浸っていたいなんて。


 罪悪感と優越感と嬉しさと悲しさが混ざって、どろりと落ちる。

 ああ、なんて醜い。

 

 もし、私もこの子のように綺麗だったら、この子みたいに……。


 そう思いかけて、首を振る。

 私がいつまでも変わらずあることに、彼が安心していることを知っている。私はどうも早熟だったためか、性格がほとんど変わっていない。そこに安堵を覚えたのだろう。私は、彼にとって都合のいい緩衝剤でしかない。


 でも、別にそれでいい。かまわない。


 明らかに気落ちした彼女は、こちらを振り返ることなく階段へと去って行く。

 その小さくなっていく背中を、彼はただ眺めているだけだった。


「薄情ですね」


「うん」


 このやりとりをもう何度繰り返しただろうか。

 できることなら、もうこんな機会はなければいい。でも、重ねるならずっとこのまま。あなたは誰のものにもならないで。

 そう淡く願った。  

 




  *   *   *






「みなさーん。今日も修羅場、乗り切っていきますよー!」


 野球部の掛け声を遠くに聞きながら、今日も世の無常を嘆く。

 ここは第二被服室。被服室と言う肩書ながら、最新型のデスクトップパソコン四台と業務用のプリンターが部屋を圧迫している。その周りには画用紙やパネル、布類が所狭しと並び、教室の半分ほどの広さの部室は手狭な印象を受けた。

 ミシンは普通の物が三台。ロックミシンも完備。段ボール一杯の糸、大量のリボン、ボタン。トルソーまである。服飾を本気でやりたい人間ならば涙を流さんばかりの設備だ。だからそういう人間呼んで来い。


「いやでーす」


 先ほどの声掛けに対し私が心からの声を上げるとすぐさま反応が返ってきた。


「そこ、いやとか言わない! てか、他の人も返事してよー!」


 大きな声で返事を求めているのは乃木君。この部活に、自ら(・・)身を投じた変わり者だ。

 彼以外の部員は別にこの部活に入りたいなど微塵も考えていなかったに違いない。私も一年前のあの時手を抜いていればと心底後悔している。このめきめきと上達する裁縫の腕は、今後どのような場面で役立つというのか。

 新入部員と言う名の哀れな仔羊は、もはや諦めの色しかその瞳に写さない。あの二人も悟ったのだろう。


 私と同じ二年生の面々はすでに無言で仕事を始めていた。

 

 部活動なのに仕事? と思うかもしれない。しかし、この場合はこれで合っていると思う。これが部活動とか思いたくない。部活動って、好きなことを目一杯やる、ってイメージありませんか?

 断じて時間に追われ、家に仕事持ち帰れやおらぁみたいな活動じゃないと私は信じている。あ、でもそういう部活動があったらごめんなさい。

  

 何はともあれ、タノシイ部活動の時間である。



 よく見返したら優斗君駄目な子ですね。


 次は部活動、の話です。

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