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2話 登校事情―少女

 ああ、春の陽が暖かい。

 桜の花は、もう散ってしまった。だが、地に落ちた花弁が風に吹かれて舞う様は、また違った趣がある。

 できることならこんな日は自主休校をして感慨にふけりたいものです。


 ため息を一つ。

 今日も地獄坂を登る日々。本当に山の上に学校を建てるなんて嘆かわしい。

 先生も車通勤をやめればこの苦しみが分かるに違いないのに。

 二年生になったのに、まだこの坂は苦手だ。ただ歩くだけで心拍数と血圧が跳ね上がる。

 将来、何かの病気になったらこの坂のせいかもしれません。


 それでも学校に来てしまうのは、やはり習慣でしょうか。

 

 そしてまた今日も校門をくぐる。

 


「お、また一緒に登校かー?」


 そう一人の男子生徒が声をかけてきた。

 たしか、六組の田中君だ。かなり顔が広い人で、いつも違う人とつるんでいる。

 いや、正確には違うのかもしれないけれど、私が見たときは違う人だった。

 こちらからすれば、また、などと言われるほど遭遇していないと思うのだが、見られていたのだろうか。


「家が隣だからねー。出る時間もだいたい一緒だし」


 あれ?優斗君が気さくに答えた。

 なら良い人かもしれない。少なくとも悪口を言って回る人ではないだろう。

 優斗は昔からなぜか消極的な人見知りを発動してしまう癖がある。

 どういうことかというと、初対面の人に話しかけられると「あははー」とか「えへ」とか言いながら後ずさる。話しかけないでオーラを出しまくる。しかもびくつく。お前は草食動物か。

 つまるところ、こういう風に答えられて、なおかつ私が知らない知人ということは、気長に優斗君に話しかけ続けて警戒心を解いた、心の広い人、ということだ。


 私のようなね。

 

「仲いいもんなー」


 別に特別仲がいいわけじゃ……、という優斗を無言で殴っておく。

 うん。すっきり。


「どういう関係?」


 そう田中がにやにやと笑いながら聞いてくる。

 関係?と優斗が首をかしげる。

 いや、だめだ。こいつに任せるとへらへら笑って無難に「友達だよー」とか答えるに決まっている。

 私が代理で答えておいてあげよう。


「中学校で同じ学年だったんです」


「ええっ!?同じ学年!?同じクラスだったし、部活も一緒だったよね!?」


「同じ学年だったんです」


「幼稚園も小学校も同じだったのに!?もっと特筆すべき事柄がいくらでもあるよ!?」


 今日も流石のいじられキャラ。

 安定してるなぁ、とほのぼのする。

 

「ねぇ!聞いてる!?」


「はい、同じ高校に通う方とは知らずに失礼しました。ご無礼をお許しください」


「何その口調!?しかも高校!?付き合い浅くなってるよ!」


 打てば響く。素晴らしい。

 彼はまだ何かわめいているようだ。朝から元気で何より、と首肯する。


「本当に仲いいなあ」


 しみじみと田中君が言った。本当に、ということは先に人づてで聞いていたのだろうか。

 どんな風に言われているか気になる。だが、私と田中君は初対話である。田中君に聞くのはよろしくない。

 今度、別の方向から探りを入れよう。


「仲良し、かなぁ?」


 そう首をかしげる優斗。

 でも、少しわかる気がする。毎朝一緒に登校しておいて何を今更、と思うかもしれないが、私たちの関係は仲が良いのとは少し違う。

 相互依存、が近いだろうか。子供のころは、特別自分と近しい人がいないと安心できなかったのだ。赤ん坊が母親をある種の防衛基地としてそこから探索するように、私たちはお互いを目安にして行動した。今ではそれはごく薄くなっているが、でも確かにある。互いに互いの首に括りつけられたロープの端を持っているような、そんな感覚。

 

「ははっ、じゃあ俺先に行くなー!」


「あ、うん。またね」


 田中君はそう言って走り去った。次の獲物をハントするのだろうか、と思いながら見送る。

 また会う機会はあるだろうか。彼と仲良くして損はない。何せ情報の宝庫だ。いろんな人と知り合い、語らい、得たものはこの学校生活を送るうえでひどく有利に働く。

 次に会う時はもっと心の準備をしてかからねば。


「お元気で……」


「ちょっ、永遠の別れみたいな調子で言わないで……」


 そんなつもりじゃなかったのですが。

 優斗君は私を疑ってかかりすぎてますよ。失礼な。


 そうこういいながら昇降口に付く。

 下駄箱の扉が15個に1個の割合で凹んでいるのが不思議。私じゃない。入学当初からこうだった。

 凹んでいるのに当たった人はかわいそうですよね。歪みすぎて閉まらない下駄箱ぐらい修理してほしいものです。


 今日は始業までの時間に余裕がある分、心もち優雅に履き替える。

 といっても10分ほどだが。


「いやー、でも今日は早めについてよかったよね」


「そうですね」


「また教科書忘れたりしてない?」


「そうですね」


「聞いてる?」


「そうですね」


 聞いてますよ。と心の中で付け足す。

 隣で何か騒ぎ始めたので、もう一度そうですね、と返す。

 大人しくなった。何故?


「あ、じゃあここで」


 廊下を曲がってすぐに止まり、手を振る。


「七組?何か用事?教科書忘れた?」


 こいつ、私をまるで忘れもの常習犯のように言うとは。

 後で制裁しよう。


「ほら、優斗君はこのクラスだったでしょう?」


「違うよ?僕は一組」


「優斗君は間違えて覚えていたのですね。はい、ここでお別れです」


「え?僕は一組」


「じゃあ私はこちらですので。また後で」


「僕もそっちだよ!?」


 彼を無視して歩き出す。もちろん早足で。


「待って!四組まで一緒に行こうよ!」


 ちっ、普通に追いつかれた。足が無駄に長いのがまたイラつく。

 これもいつもの光景。変わらないやりとり。

 私たちはこうやってお互いに変化しない関係に甘え、日々を過ごすのだ。

 







3話は3/14日の19時ごろに更新します。

予約したわけではないので多少ずれますが。

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