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第7話 デビュー戦

 スペースバイウェイはその後も他の馬との輪に入ろうとせず、一頭で寂しく過ごす日々が続いた。

 厩舎の同僚であり、元々気性の荒いヘクターノアは、そんな姿を見て次第に冷たい態度を取るようになった。

 彼はスペースバイウェイと一緒になると、意図的に体をぶつけたり、威嚇したりしてちょっかいを出した。

 それはまるで「やーい、弱虫!」とか「悔しかったら調教で追い抜いてみろ!」と言い放っているようだった。

 ヘクターノアはさらに同僚のオーバーアゲインにも呼びかけ、一緒に憂さ晴らしをしようとする手段に打って出た。

 オーバーアゲインは最初、「僕はその…、ちょっと…。」という感じを見せていた。

 しかし、他の馬や厩舎スタッフがいない時にスペースバイウェイを見かけると、やがてそっぽを向いて無視するようになり、渋々ヘクターノアに加担するようになった。

 この2頭を除く他の馬達はいじめにこそ加担しないものの、見て見ぬ振りをしたり、あるいは自分まで巻き添えになることが怖くて近づけずにいた。

 その結果、スペースバイウェイはますます他馬に心を開くことができなくなり、すっかり萎縮しながら厩舎での日々を過ごすようになってしまった。

 それはまるで「友達なんかいらない。一人(一頭)でいる方がいい。」と言っているようだった。

 一方でスクーグさんはえさやりや、馬房の掃除などの仕事をしながら、馬達の様子をじっと観察し、スペースバイウェイの異変を突き止めた。

 そしてその原因がヘクターノアで、オーバーアゲインも一役買っていることを見抜いた。

「あんた達!スペースバイウェイになんてことするのよ!厩舎の同僚なんだから仲良くしなさい!」

 彼女は馬房でこの2頭を叱りつけ、何とかしていじめを解消させようとした。

(最も、彼女はかわいらしい声をしているので、怒っても全然怖くなかったが…。)

『うっせーな!こっちは一杯調教ばかりさせられてストレスたまってんだよ!』

 ヘクターノアは叱られる度にそう言いながら反抗を繰り返した。

(※その後、この馬はますます一杯調教をやらされるという悪循環に陥ってしまいました。)

 一方、オーバーアゲインはスクーグさんの言うことを聞こうとはしたものの、ヘクターノアのお仕置きが怖くて、ただただ萎縮するばかりだった。

 その後、2頭は厩舎スタッフ(特にスクーグさん)がいる時にはおとなしくなったが、馬だけの状態になると、手のひらを返したようにスペースバイウェイにちょっかいを出した。

(オーバーアゲインは嫌々やっていたが…。)

 一方で、カヤノキを始めとする他の馬達は、ヘクターノアのガキ大将ぶりに手が出せずにいた。


 馬達による不協和音が解消されない中、いよいよ新馬戦がスタートする時期になった。

 2歳馬のうち、ヘクターノアとカヤノキの2頭は、7月最初の週の土曜日、日曜日に函館競馬場で行われる新馬戦でデビューすることになった。

 鞍上はヘクターノアが久矢騎手、カヤノキが今年デビューしたばかりの道脇 長伸ながのぶ騎手だった。

 彼こそがスペースバイウェイの馬主である道脇伸郎、ケイ子夫妻の次男だった。

 結果、ヘクターノアは逃げた末に最後の直線でバテて馬群に沈み、10頭立ての9着。カヤノキは出遅れが響いて10頭立ての7着に敗れた。

(2頭はレース後、美浦に戻らずにそのまま放牧に出された。)


 オーバーアゲインは翌月の8月に新潟競馬場で行われる新馬戦でデビューした。

 鞍上は関東で有数の実力者である坂江陽八騎手だった。

 しかしレースでは終始後方を走ったまま、最後までいいところなく13頭立ての10着に敗れた。

「どうやら最近の暑さで夏バテになっていたことが影響したようです。それに今朝降ったにわか雨による重馬場もマイナスに働いたかもしれません。この馬はもっと涼しくなってから走らせた方がいいでしょう。今回は単にデビューが早過ぎただけですから悲観的になる必要はありません。」

 坂江騎手はレース後、星調教師にそのようなアドバイスをした。

 それを受けて、陣営は少し出走を待つことを決断した。


 スペースバイウェイはそれに続いて、9月の中山競馬場の開幕週に行われる新馬戦(芝1800m)でデビューすることになった。

 鞍上は久矢騎手だった。

 レース当日。中山競馬場では伸郎と星調教師が、パドックの様子を見ながら話し合いをしていた。

「先生、スペースバイウェイですが、単勝74.8倍の最低人気ですね。」

「まあこういうこともあります。ただ、これは馬券を買った人達が決めることであって、勝てる確率というわけではではないですからねえ。」

「それはそうですが、勝算はあるんでしょうか?」

「とにかく走らせてみないことには何とも言えません。先月デビューしたオーバーアゲインの場合では、走ってみて初めて分かったことがいくつかありましたから。」

「なるほど、そうですか。」

 伸郎は、心の中ではこれからどうなるのか不安だったが、星調教師の言葉を受けてその気持ちをそっと胸にしまいこんだ。

 やがてパドックが終わり、13頭の馬達は地下馬道を通って芝コースに姿を現した。

「それじゃ、頼んだわね。」

 スクーグさんは久矢騎手に一声かけると、つないでいたロープを外した。

「ああ、頑張ってくるよ。」

 久矢騎手はそう一言返すと前を向き、

「さあデビュー戦だ。頑張れよ。」

 と、馬に向かって一声かけた。

 スペースバイウェイは「ヒヒーン」と鳴いてうなずくと、勢いよく駆け出していった。


 各馬はウォーミングアップを終えると、正面スタンド前にあるゲートの後方に集まり、スタートに備えた。

 そしてファンファーレが鳴ると、いよいよゲートの中へと入りだした。

 5枠7番のスペースバイウェイは4番目にゲートに入り、後はゲートが開く時をじっと待った。

 そして全馬が納まると、いよいよ新馬戦が始まった。

 出遅れた馬はおらず、13頭はきれいなスタートを切ることができた。

 スペースバイウェイはスタートから約130m先にあるゴール板を通過する時点ですでに後方についており、そのまま1コーナーへと入っていった。

 そして2コーナーに入る頃には11番手辺りを走っていた。

「なるほど。大道君は後方待機を選択したわけですね。」

 伸郎は納得したような口調で言った。

(うーーん…。久矢君に出した指示は前の方につけてほしいということだったんだが…。もしかしてこのペースについていけないのか?だったらまずいことになるかもしれんな…。)

 星調教師は伸郎の問いかけに答えないまま、渋い表情でそう考えていた。

 彼の予感は的中した。

 向こう正面で徐々にペースが速くなってくると、先頭からスペースバイウェイまでの距離は少しずつ広がっていった。

(やはりな…。ペースについていけていない。もしかしたらタイムオーバーになるかもしれないな…。)

 星調教師の表情はさらに厳しくなった。

 鞍上の久矢騎手もそれには気付いていたようで、3コーナー途中からスパートをかけ始めた。

 しかし順位は一向に上がらず、スペースバイウェイは3頭でシンガリ争いをしていた。

「ちょ、ちょっと!これじゃ…。」

 伸郎もやっとその状況に気が付き、思わず声をかけた。

「…。」

 星調教師は腕組みをしたまま、何も言わずに伸郎の顔を見た。

 4コーナーを回り切って最後の直線に姿を現した時、スペースバイウェイにはすでに余力が残されていなかった。

 実際、久矢騎手は懸命にムチを振るったものの、先頭からの差はみるみるうちに大きくなっていった。

 そして3頭の馬達はなす術がないまま、まるで調教のような走りになってしまった。

 先頭の馬は2着に5馬身の差をつけてゴールに飛び込み、見事1番人気に応えた。

 そして後続の馬達も次々と駆け抜けていった。

 その頃、スペースバイウェイを含むシンガリの3頭は、ヨタヨタとしたような走りで最後の坂を駆け上がっていた。

 結局、スペースバイウェイは先頭から5秒近く引き離されて、11着でゴールインした。

 それに続いて、残りの2頭もどうにかゴール板だけは通過した。

「先生、これではタイムオーバーで1ヶ月の出走停止ですね。」

「ああ。1着の馬が差をつけてゴールした影響もあるが、それにしても最悪の結果になってしまったな…。」

 伸郎と星調教師は落胆の表情をしながら言葉を交わした。

 その気持ちは久矢騎手とスクーグさんも同じだった。

「…ごめん、サキ。どうすることもできなかった。」

「気にしないで、久矢君。でもこれからどうすればいいのかしらね。」

「さあな。とにかく鍛えるしかないな。」

「それで何とかなればいいけれど…。」

 2人は出口の見えないトンネルに入り込んでしまったような気持ちだった。


 伸郎は不安な気持ちを抱えたまま星厩舎の4人と別れた。

 そして翌日のアルゴンランプのレースを見るために、中山競馬場から電車を乗り継いで阪神競馬場へと向かっていった。


 2歳9月の時点におけるスペースバイウェイの成績

 1戦0勝

 本賞金:0円

 総賞金:0円

 クラス:未勝利


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