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第39話 我が仔

あれから1年半。クリスタルリングはかつてダイヤモンドリングを競り落とした馬主によって2000万円で落札された後、2歳の3月に母と同じ栗東の相生厩舎に預託された。

 翌月、7歳のスペースバイウェイは、受胎していたホワイトマズルの仔を無事に出産した。

 とても元気なメス馬で、名前をつける順番に該当していた珪太は「前線に立って走る馬になってほしい」という願いを込めて「フロントライン」と命名した。

「母さん、良かったね。ダイヤモンドリングも無事に2頭目となる牡馬「クリスタルロード」を出産したし。」

「そうね。でも油断は禁物よ。これからしばらくは昼夜交代でリングとバイウェイ、そしてクリスタルロードとフロントラインの面倒を見ていきましょう。」

「分かりました。」

 珪太とケイ子はそう言いながら、愛馬の誕生を心から喜んだ。

『さあ、愛しい我が仔よ。慌てなくていいわ。ゆっくりとでもいいから立ち上がりなさい。』

 まだ横たわったままのスペースバイウェイも、初めての仔であるフロントラインを無事に産み落とせたことに安堵し、懸命に立ち上がろうとする愛馬の様子をじっと見守っていた。


 それから10日後の夜遅く。馬の当番を任されていた井王君は、アンダーライン、ダイヤモンドリング、スペースバイウェイ。さらには幼いクリスタルロードとフロントラインの様子を見て回った。

「うーーん…。ダイヤモンドリングは元気そうなんだけれど、スペースバイウェイは体力が戻っていないようだな。まだ出産疲れが残っているのかな?とにかく気付いたことはどんな小さなことでも伸郎さん達に伝えておこう。」

 そうつぶやいた彼は、早速みんなで共有しているノートにそのことを書きとめた。

 翌日の朝。伸郎とケイ子は井王君のメモを読むと、早速スペースバイウェイの体調をチェックすることにした。

 2人が馬房に入ると、母親に寄り添っていたフロントラインが驚き、『なんなの?このひとたち?』と言っているかのように後ずさりを始めた。

「心配しないでいいよ。スペースバイウェイの様子を見に来ただけだから。」

 伸郎はそう言いながらフロントラインをなだめ、スペースバイウェイから離した。

「それじゃ、早速診察を開始するわね。」

 ケイ子は聴診器を取り出し、体のあちこちを調べた。

 15分後、ケイ子が診察を終えて聴診器を耳から放すと、伸郎は

「どうだ?体調は?」

 と、問いかけた。

「ちょっと検査を受けた方がいいですね。なるべく早いうちに馬の診療所に連れていこうと思います。」

 ケイ子は少し心配そうに答えた。

「でもそんなに慌てることないんじゃないか?フロントラインもいることだし、もう少し様子を見てからでもいいような気がするが。」

「いえ。メープルパームの時は、そうやって様子を見ていたのが結果的にあだとなってしまいました。ですから、今度は早めに手を打っておきたいと思っています。」

「…そうか。フロントラインには酷かもしれんが、君がそう言うのならそうしてみよう。」

 伸郎もメープルパームを救えなかったことを今でも悔やんでいるだけに、潔く従うことにし、すぐに馬運車を手配した。

 スペースバイウェイは井王君と長谷さんの手で馬房から出され、馬運車に乗せられていった。

『ママになにするの?つれていかないでよぉっ!!』

 まだ生後10日のフロントラインは怒りながら暴れだしたが、そこは珪太がうまくなだめてくれた。


 検査の結果は、細菌による病気だった。

 どうやら出産で体力が落ちていた時に感染してしまったようだった。

 スペースバイウェイはすぐに投薬治療を施されることになった。

「ケイ子さん、今年の種付けはどうしましょうか?」

 長谷さんが問いかけた。

「今年は取りやめた方がいいですね。しっかりと病気を治し、来年に備えて体力をつけることにしましょう。」

「分かりました。では、その分の資金をダイヤモンドリングにまわすことにします。そうすれば少し値段の高い種牡馬を選ぶこともできますから。」

「そうですね。」

 2人は診療所で今後の予定について話し合った。


 抗生物質を投与された後、ケイ子、長谷さんと共に牧場に戻ってきたスペースバイウェイは、馬房で寂しそうに待ち続けていたフロントラインを見ると、すぐに我が仔のところに行って寄り添った。

『ママーッ!さみしかったよぉっ!』

『ただいま。ごめんね、心配をかけて。でもおかーさんは大丈夫だから、もう心配しないでね。』

『うんっ!ママ、あたしのそばにいてね。』

『もちろんよ。』

 2頭が仲良く接する様子を、伸郎達は温かい目で見守り続けた。


 6月。フロントラインはすくすくと成長し、クリスタルロードと一緒に遊ぶようになった。

 その様子を、スペースバイウェイと3頭目の仔を身ごもっているダイヤモンドリングは傍らから優しく見守りながら、これからの子育てについて話し合った。

 その中でダイヤモンドリングは、スペースバイウェイが咳き込むシーンが目立つことが気になった。

『バイウェイ、やっと元気になったと思ったら、また体調を悪化させたの?』

『ちょっとね…。まあ、今はまだ投薬治療を続けているけれど、来年までにしっかりと体力をつければ済む話だから、あせらずにじっくりと治していくわ。』

『でも、そんなに長引くのは何か変よ。やっぱりもう一度お医者さんに見てもらった方がいいんじゃない?』

『大丈夫よ。ここでフロントラインを放ったままにすることなんてできないわ。以前、診療所に行った時には、彼女はとても寂しがっていたんだもの。あんな思いはさせたくないの。』

 スペースバイウェイ自身もなかなか上向かない体調を気にしながら、それでも強がる素振りを見せた。

 だが、その様子をケイ子は見逃さなかった。

「みなさん、どうやら投薬では限界があるようです。この際精密検査を受けさせ、必要なら手術をするべきだと思います。」

 彼女はみんなの前でそう言い切った。

 伸郎を始めとする他の人達はそこまでしなくてもと思いながらも、ケイ子の意見に同意することにした。


 翌日、フロントラインがいつものとおりクリスタルロードと遊んでいる時に、井王君と長谷さんはスペースバイウェイを馬房から連れ出した。

 途中、スペースバイウェイは何度も嫌がる素振りを見せたが、2人はそれでも引き返そうとはせず、力ずくで馬運車へと連れていった。

「こんなことをしてごめんね。でも悪いところがあったら早いうちに治しておいた方がいいの。」

「少しの間、我慢してくれ。またすぐにフロントラインと一緒に過ごせるようになるから。」

 彼らはそう言いながらスペースバイウェイの綱を馬運車の壁につなぎ、外へと出ていった。


 精密検査の結果は、内臓に病気があるということだった。

 しかも投薬では治せないため、助けるためには手術をしなければならなかった。

 だが、そうするともう仔を産むことはできなくなってしまうため、陣営は難しい決断を迫られることになってしまった。

「生きるためにはスペースバイウェイを繁殖牝馬から引退させるしかないのか…。」

「そうなると、この馬は牧場で余生を送るだけになってしまいますね。」

「フロントラインと一緒の間はいいけれど、親離れした後のことが気になりますね。」

 伸郎、珪太、井王君は思わず頭をしかめた。

「でも、あきらめない大切さを教えてくれた馬ですし、これからもここに置いておきましょう。」

「そうですね。私達の勝手な都合で馬を粗末に扱いたくはないですし。」

 長谷さんとケイ子はそう主張して、スペースバイウェイのことを思いやった。

 幸いアンダースローが3億円の賞金を稼ぎ、自身も競走馬として6350万円を稼いでいるだけに、金銭面は気にしなくてもいい状態だった。

 そのため、たとえ7歳で仔を産むことができない体になっても、アンダーライン同様に牧場でこれまでと同様に面倒を見ていこうということになった。


 しかし、この後スペースバイウェイを待っていた運命は…。

(次回が最終回です。)


 名前の由来コーナー その24


・フロントライン(Front Line)(メス)… PCエンジンのゲームソフト「スーパースターソルジャー」のSTAGE2のBGM「The Front Line」から取りました。仔にもスーパースターソルジャーのBGMに由来する名前を付けようと思った結果、これにしました。なお、「ザ」をつけるかどうかで迷いましたが、発音がしにくくなるため、省くことにしました。


・クリスタルロード(Crystal Road)(オス)… PCエンジンのゲームソフト「スーパースターソルジャー」のSTAGE5のBGM「Crystal Road」から取りました。ちなみにスーパースターソルジャーのBGM名に由来する馬の中では最も多くの賞金を稼ぎました。(その次がインビジブルマン号物語で登場し、インビジブルマンの前に立ちはだかる存在だったイントゥザバトルです。)



追記

 この年の6月の時点における、星厩舎所属の馬達の成績


7歳馬

 ヘクターノア… 32戦5勝(オープン、GⅢ1勝)6歳時に仁川S(オープン特別、阪神、ダート1800m)を勝ち、1年9ヶ月ぶりの勝利を挙げました。その後も走り続けましたが、今年のエプソムCがラストランとなります。引退後は東京競馬場で誘導馬になることが決まり、これからそのための調教を控えています。


 オーバーアゲイン… 平地22戦3勝(1000万下)、障害7戦2勝 (オープン)スペースバイウェイ引退後、しばらくは平地と障害を掛け持ちしながらレースに出ていましたが、6歳時の3月にケガで休養したのを機に障害のみに絞ることになりました。7歳の初春に障害のオープン特別を勝ち、現在は障害の重賞レースにも挑戦しています。


 カヤノキ… 23戦4勝(1000万下)6歳4月に勝浦特別(1000万下、中山、芝1200m)を勝って4勝目を挙げました。その後は今年の2月まで走った後、引退して繁殖牝馬になりました。


6歳馬


 ナイトオブファイア… 40戦5勝(1600万下)タフさを活かしてガンガンレースに出走し、着実に勝利を積み重ねた結果、オープンクラスまであと一歩のところまで辿り着きました。その後は格上挑戦で出走した東京新聞杯(GⅢ)で、人気薄で3着に激走し、大波乱を巻き起こした以外はなかなか目立った活躍ができずにいます。


 ソーラーエクリプス… 33戦2勝(500万下)スペースバイウェイ同様、引退ギリギリで初勝利を挙げた点は劇的でしたが、4歳7月に2勝目を挙げて以降は5着以内の入着賞金すら難しい状況が続き、現役続行に黄信号が灯っています。


 トランクキャップ… 24戦3勝(1000万下)4歳10月に3勝目を挙げて1000万クラスに昇級しました。しかし昇級後はスペースバイウェイ同様に1000万クラスの壁にぶち当たってしまいました。陣営はスペースバイウェイ同様に軽い斤量が予想されるハンデ戦に活路を見出そうとしましたが、なかなか勝つまでには至らず、星調教師は今後のことについて馬主と相談をするようになりました。


5歳馬


 ロマリア… 19戦2勝(500万下)すでに4歳12月で現役を引退しており、繁殖牝馬になりました。


 メロディーオブラヴ… 14戦1勝(500万下)4歳時に屈ケン炎を発症して休養をよぎなくされ、今年の春に復帰をしました。しかし2戦走っていずれも惨敗してしまい、馬主からは6歳になるまでに2勝目を挙げられなければ引退という条件を付けられました。


 トランクインパクト… 平地7戦0勝(未勝利)、障害7戦0勝(未勝利)3歳8月の時点で平地レースからは引退し、障害馬として再起を図ることになりました。現在のところ障害でも未勝利ですが、陣営は今度こそ勝利をと意気込んでいます。


4歳馬


 トランククラフト… 14戦5勝(オープン、GⅡ1勝)今年春に中山記念を勝ち、現在のところ厩舎の稼ぎ頭です。この後、どうなるかについてはインビジブルマン号物語をご覧ください。


※なお、トランククラフト以外の4歳馬と、3歳馬、2歳馬については省略させていただきます。何卒ご了承ください。

(3歳馬にはトランククラフトの弟のマイロングロードがいます。)



 道脇牧場所有の馬達の近況


 アンダースロー(8歳)… 42戦9勝(オープン、GⅢ3勝)重賞を3勝して賞金3億円を稼ぎ、2歳から7歳まで6年連続勝利を挙げるなど、大活躍をしましたが、今年に入ってからはさすがにレースで賞金を稼ぐことは難しくなり、次の七夕賞(GⅢ、福島、芝2000m)を最後に引退することが決まりました。引退後は道脇牧場に戻り、幼い馬達のコーチ役になる予定です。


 ワイルドウィンド(4歳)… 16戦3勝(1600万下、7月から1000万下に降級予定)アンダースローと同じく美浦の堂森厩舎に所属しています。16戦中、掲示板を外した(つまり6着以下になった)のは5回と堅実な走りを見せていますが、もう一伸びが足りずに敗れたレースも多く、陣営は勝負根性をつけようと努力をしています。


(おまけ)

 クリスタルリング(2歳)…0戦0勝(デビュー前)現在、栗東の相生厩舎で割出わりだしつばさ調教助手がデビューに向けて調教を重ねています。


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