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第36話 お帰りなさい

 スペースバイウェイが潮来特別を勝ってから間もなく、星厩舎には2歳馬が次々と入ってきた。

 その中には、かつて厩舎を救った馬として語り継がれているトランクバークの仔、トランククラフトがいた。

 村重君と星調教師は、一緒に馬体をチェックして回った。

「先生、いよいよ期待の馬が入ってきましたね。」

「ああ。母親に似て気性こそ激しそうだが、ブリンカーで何とかできそうだし、これは走りそうだな。」

「もしかしたら重賞も取れるかもしれませんね。」

「取れるかもではない。絶対に取れる逸材だ。そう考えて育てていかねばな。」

「あっ、そうですね。」

 2人は約束どおりこの厩舎に預託してくれた木野牧場の人達に感謝しながら、会話をしていた。

 その素質を見込まれたトランククラフトは、早速スペースバイウェイを始めとする古馬と併せ馬で調教された。

 当然現段階では先輩達に叶うはずもなく、遅れを取ってばかりだったが、スペースバイウェイもその素質を見抜いた。

『あんたなかなか走りそうじゃない。うちの稼ぎ頭のノア君より稼ぎそうね。』

『そ、そうでしょうか?スペースバイウェイキャプテン。』

『ええ。私の予想では逃げ戦法が合っていそうね。そして展開次第では大きなレースでも逃げ切りで勝ちを収められると思うわ。』

『逃げですか?ってことは、母さんが現役時代に取っていた戦法と同じですね。』

 トランククラフトは(やっぱり仔は母に似るもんだな。)と思いながら、スペースバイウェイのアドバイスに耳を傾けていた。


 5月終わり。トランククラフトは馬体も絞れ、だいぶ競走馬らしい体つきになってきた。

「先生、これならもうすぐ始まる新馬戦に出せそうですね。」

「ああ。この走りなら母親と同じくデビュー戦で勝てるかもしれんな。」

「勝てるかもではなく、絶対に勝てると思いましょうよ。」

「おお、そうだったな。」

 村重君と星調教師は馬体を見ながら色々と会話をしていた。


 日本ダービーを翌日に控えた土曜日、星厩舎からはメロディーオブラヴ、オーバーアゲイン、ソーラーエクリプス、スペースバイウェイの4頭が東京競馬場にやってきた。

 出走するレースは順番に3レース3歳未勝利戦(ダート1400m)、4レース4歳以上障害未勝利戦(直線ダート3000m)、7レース4歳以上500万下(芝1600m)、12レース4歳以上1000万下(芝2400m)だった。

 ちなみにオーバーアゲインはこれが障害のデビュー戦だった。

 天気は朝からどんよりとした曇り空で、時間が経つにつれて段々雲の色が濃くなってきた。

 レースの結果はメロディーオブラヴが見事に1着になって未勝利を脱出し、オーバーアゲインは6着、ソーラーエクリプスは7着に敗れた。

 そしてソーラーエクリプスが走り終えた頃からついに雨が降り出した。

 雨が本降りになり、馬場状態がやや重に変更になった最終レース。いよいよスペースバイウェイがパドックに姿を現した。

 このレースは16頭と多頭数になり、5枠9番の本馬は、前走で勝っているにもかかわらず、単勝23.2倍の8番人気だった。

 ポンチョを着た道脇君に引かれながらパドックを周回するスペースバイウェイは、ある場所でピンク色の傘をさしながらこちらを見つめている女性の姿が気になった。

(あの人はもしや…?)

 身長は150cmくらいで、まるで外国人のような顔立ち。まさしくその人はスクーグ咲さんだった。

(おねーちゃん。戻ってきてくれたんだ。)

 スペースバイウェイはそう思いながら、以前のことを思い出した。

 去年の12月、自分の目の前で腕を骨折した時のこと。

 翌月、自分が3着になり、カヤノキがシンガリながらも完走したことを見届けてここを去っていった時のこと。

 久矢君が彼女を助けようと、すがるような気持ちで自分に賞金をたくさん稼いでくれるようにお願いをしてきたこと。

 そんな紆余曲折を経て、再びこの場所に戻ってきてくれたことに、心の底から喜びが込み上げてきた。

(よおし、絶対に勝とう。勝って、ヒロミチおにーちゃんと一緒におねーちゃんを笑顔にさせてあげよう。)

 スペースバイウェイはそう思いながら、闘志に火をつけていた。

 一方、事前にスクーグさんが来るという連絡を受けていた道脇君と久矢君は、メロディーオブラヴに続く、本日2勝目を彼女にプレゼントしようと意気込んでいた。


 雨が降りしきる中、正面スタンド前のゲートから発走したスペースバイウェイは、久矢君の出ムチに応えて先行の作戦に打って出た。

 しかし内枠のほとんどの馬達が横一線で先頭集団を形成したため、内にもぐることができなかった。

(あちゃー、ちょっとミスったかなあ。半分以上は後方待機すると思ったら…。)

 久矢君は一瞬顔をしかめたが、すぐに気持ちを立て直し、そのまま先頭集団の中で走り続けた。

 コーナーでは少しスピードを抑えたため、スペースバイウェイと久矢君は向こう正面までの間に少しずつ順位を下げてしまった。

(最後まで持つかしら。でも前走は2500mを勝ったわけだし、あとはおにーちゃんを信じるしかないわね。)

 スペースバイウェイは距離を気にしながらも、中段の位置をキープしながら走り続けた。

 3コーナー。久矢君はすでにボコボコに荒れている部分を避けて、外に誘導した。

(最後の直線に来たら、大外に持ち出すぞ。雨に加えて馬場も悪くなってきているし、少しでも足場のいいところを走ろう。)

 彼はそう思いながら、遠心力を利用して外へと出ていった。

 最後の直線。スペースバイウェイは足場のいい大外からラストスパートを仕掛けた。

 しかしレース前に雨に打たれ続けたことや、最初で飛ばしてしまったこと、3、4コーナーで大回りをしたことが響き、思うように伸びなかった。

(まずいっ!せっかくサキに勝利をプレゼントしようと思っていたのに!)

 久矢君の額には冷や汗が流れ出した。

 スペースバイウェイも懸命にスパートはしたものの、すでにスタミナを浪費してしまったために体がついていかず、後続の馬達に追い抜かれていくばかりだった。

 結局ゴール寸前で最後方にいた馬にも追い付かれ、16着とシンガリ負けをしてしまった。

「うーーん…。前走で2500mを勝ったのになあ…。やっぱり長距離はペース配分をミスると一気にこうなるものなのかあ…。」

 道脇君は頭を抱えながらつぶやいた。


「サキ、ごめんっ!」

 引き上げ場に戻ってきた久矢君は馬から降りるなりヘルメットを脱ぎ、観客エリアから柵越しにこちらを見ているスクーグさんに向かって謝った。

『おねーちゃんごめんなさいっ!』

 スペースバイウェイもつられるようにそう言いながら頭を下げた。

 それを見たスクーグさんは怒るどころかにっこりと笑い、右手の人差し指でまず自身のあごを指差し、続いて今度はその指を上に向けた。

(そうか。Chin up!という意味なんだな。)

 久矢君はそう思うと、悔しさをそっと胸にしまい、にっこりと微笑み返した。

(サキ、君があれからアーロンさんの指導を受けて英会話講師の資格を取り、再びここに戻ってきてくれてありがとう。これからは一緒に頑張っていこうな。)

 彼は星調教師から検量室に行くようにせかされるまで、スクーグさんを見つめながらそう考えていた。

(うーーん、長距離もきついけれど、みんな同じ斤量で走るレースでは分が悪いわね。やっぱりハンデ戦で戦うしかないかしら。今日は惨敗してしまったけれど、これで次回は斤量が軽くなるかもしれないし…。)

 スペースバイウェイはそう考えながら、気持ちを切り替えていた。


 5歳6月の時点におけるスペースバイウェイの成績

 20戦4勝

 本賞金:1800万円

 総賞金:4900万円

 クラス:1000万下


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