第35話 突破口を探せ
この章は、スペースバイウェイの一人称で物語が進行します。
レースで7着に敗れた翌週のある日、私は厩舎にいる馬達を集めてミーティングをすることにした。
『みんな、集まってくれてありがとう。今日集まってもらったのは、ヒロミチおにーちゃんから教わったことを打ち明けるためです。』
私はそう言うと早速本題に入り、おにーちゃんがサキおねーちゃんに英会話講師として再びここに戻ってきてもらうために、お金が必要だということを話した。
『そういうわけです。みんなでたくさんの賞金を稼ぐことがおねーちゃんを助けることにつながるので、頑張っていきましょう。』
『はい。』(一同)
みんなは首を縦に振りながら、応えてくれた。
しかし、みんな成績がぱっとせず悩んでいる状態だったため、表情は晴れやかではなかった。
むしろ、じゃあどうすればいいのかと言いたげな感じだった。
私もキャプテンとしてその雰囲気は感じ取っていただけに、続けざまに自分の秘策についても話すことにした。
『私は1000万クラスでもがいている状態ですが、今度のレース、ヒロミチおにーちゃんと相談してハンデ戦の特別レースに出ることにしました。』
『ハンデ戦ですか?』(ナイトオブファイア)
『そう。これまでは3戦続けて牝馬限定の1000万下に出走してきたけれど、どうやら他馬と同じ斤量では分が悪いので、今度は軽ハンデが予想されるハンデ戦に出走しようと思うの。おにーちゃんは減量は大変だけれど、おねーちゃんの幸せのためなら、たとえ48kgでもやってやるという意気込みだし。』
『そんな手があるんですね。』(ソーラーエクリプス)
『そのとおり。だからみんなも何かアイデアを搾り出してみて。きっと突破口が開けるはずよ。』
私はそう提案をしながら、自分もみんなのために何ができるのか考えた。
『僕も重賞を捨てて、オープン特別のハンデ戦に出てみようと思う。これなら勝負になるかもしれないし。』
ノア君は真っ先にそう言って、自分のアイデアを打ち明けた。
去年のエプソムCを勝って以来、重賞2勝目を狙っては惨敗を繰り返し、周囲から燃え尽き馬のように見られていた彼は、私と同様に軽ハンデのレースに活路を見出そうとした。
『いいわね。でもこの先、オープン特別のハンデ戦と言ったら阪神競馬場で行われる仁川Sと大阪城Sしかないから、遠征しなければならない上に、関西馬に打ち勝たなければならないわ。決して簡単なことではないけれど、頑張ってね。』
『もちろん。でも有力馬は中京記念やオーシャンS(両方ともGⅢ)に向かいそうだから、少しは手薄になると思う。だから、やってやるよ。』
ノア君は闘志をみなぎらせながら言ってきた。
『次は僕、いきます。』
今度はアゲイン君が続けざまに手を上げた。
『僕は平地の長距離に出走しながら、障害レースにも挑戦したいと思います。』
『えっ!?』
意外な提案に、私は思わず驚いた。もっとも、驚いたのは私だけではなかったけれど。
『僕は2500m以上で真価を発揮するタイプだけれど、なかなかそんなレースはないし、あっても厳しいマークに遭って掲示板止まりだし…。だけれど、障害なら必ず2500m以上の長距離だから、これならいけるんじゃないかと思うんだ。』
『でも、どうやって練習するの?先生も村重さんもおにーちゃんも障害未経験よ。』
『道脇君に調教してもらう。幸い、彼は騎手時代に障害レースで1勝を挙げているから。障害は常に落馬競走中止と隣り合わせだけれど、これに賭けてみたいんだ。』
これまでどうしても4勝目を挙げられず、フラストレーションがたまっていたアゲイン君は、悔しさをみなぎらせながら言ってきた。
『私はレースうんぬんではなく、大ケガをしながらこの命を救ってくれた咲さんのために、命と引き換えにしてでも次のレースを絶対に勝ちたいです!』
カヤは闘志をみなぎらせた目で言った。
『それは言いすぎじゃない?せっかく助かった命なのにそれを引き換えにしたら何もかも終わりよ。』
『死ぬのなんか怖くない!これまで何度も死のうと思いながらその勇気が持てず、結局生きてしまったけれど、考えてみたらこの命は咲お姉ちゃんからもらったもの。だから彼女を幸せにできるのなら喜んで捧げてやるわ!もしそうなっても、あの日以来1年半苦しみ続けた心の傷から開放されるから!』
カヤはおねーちゃんだけでなく、自身の為に命がけでレースに挑む覚悟だった。
『分かったわ。頑張ってね。レースでいい知らせを待っているわよ。』
『もちろんよ!』
すっかり生まれ変わったカヤは、これまで何度も消そうとしてきた命の火をすさまじい勢いで燃やしていた。
4歳馬や3歳馬のみんなも私達5歳馬に即発されて、それぞれで意見を出し合い、突破口を探した。
私はその光景を見て、この厩舎にはきっと明るい将来が待っているんじゃないかという気がした。
3月の中京競馬の開幕週、カヤは去年私が勝ったレースである岡崎特別に出走した。
人気は16頭立ての12番人気と低かったが、カヤは火の出るような走りを見せて見事に勝利をつかみ取った。
『やったわ…!やっと勝てた…!』
ゴール後、彼女は泣きじゃくりながら喜び、自分を助けてくれたサキおねーちゃんに感謝の言葉を言い続けた。
一方、鞍上のヒロミチおにーちゃんも今年の初勝利を挙げて長いトンネルを脱出し、やっと肩の荷を降ろすことができた。
私は、美浦に戻ってきたカヤから直接その話を聞くと、思わずもらい泣きし、ハグをしながら喜びを分かち合った。
翌週、いよいよ私が出走する番になった。
レース名は潮来特別というハンデ戦で、中山競馬場の芝2500mで行われるレースだ。
私がこれまでに走った最長距離は、去年夏に走った佐渡特別(新潟、芝2200m)で、この時は10着に敗れているため、果たして大丈夫かという気持ちはあった。
しかし、長距離のスペシャリストであるアゲイン君からペース配分などを色々と聞くことができたため、色々と対策を立てることはできた。
さらに斤量は49kgとなり、出走した10頭の中で最軽量だった。
(おにーちゃん、減量大変だったかもしれないけれど、そこまでして乗ってくれた以上、きっと勝って報いるわ。)
私は気合いを入れながらパドックを周回し、気合いを入れた。
そして本馬場でウォーミングアップをした私は、3コーナー奥に設置されたゲートの6番の位置に向かっていった。
レースがスタートするとおにーちゃんは「まずは抑えるぞ。」と言って、手綱をぐっと引いてきた。
『分かったわ。』
私は指示通りにスピードを落とし、後ろにつけることになった。
不思議なことに私より内枠にいた5頭はみんな先行していき、外枠の4頭はみんな抑えたため、1周目の4コーナーの時点ですでに縦長の展開になった。
しかも内がぽっかりと空いたため、労せずして内に入ることができた。
最初は最後方にいた私は、コーナーを回りきって直線にやってきた時にはコーナーワークのおかげで労せずして7番手にまで浮上した。
「よし、作戦通りだ。道中はこのままのペースで行くぞ。」
『はいっ!』
私とおにーちゃんはそう意思疎通をすると、かなり先を走っている先頭のトランクブルースリや離れた2番手のユーキャンゴーゼアを見ながら、7番手をキープした。
直線を過ぎて1、2コーナーではコーナーワークのために、私達はまた順位を少しずつ上げていって、外を走っているトランクハイエストとオーバーカムを交わすことができた。
そのため、向こう正面では5番手に浮上した。
「よし!後方待機にもかかわらず、スタミナをセーブしながらここまで上がることができた。いいぞ、これは。」
おにーちゃんは得意げな表情でレースを進めていた。
私もこの調子なら、勝てそうな気がしてきた。
2週目の3、4コーナー。この時点でそろそろスパートする馬が出始めた。
現に後ろに付けているライジングホースは外に持ち出して私の横をするすると通り抜けていった。
「よっしゃー!ライジングホース!そのまま先頭に立てえっ!どお~ん!」
観客席からは誰か男性の声がしたような気がしたけれど、私は気にすることなく、スパートの時を待ち続けた。
(※声の主は錦 里谷です。)
先頭のトランクブルースリはすでに手応えが怪しくなり、後ろとの差がどんどん詰まってきていた。
一方の2番手、ユーキャンゴーゼアは手応え十分の状態だった。
そして最後の直線。すでにトランクブルースリを含む何頭かの馬は長距離のせいでバテてしまい、ずるずると後退を開始していた。
(中には終始後方を走ったままバテてしまっているという、なんとも情けない馬もいた。)
「さあ行け!ここから瞬発力勝負で行くぞ!」
『OK!』
私はおにーちゃんからのゴーサインを受け、一気にスパートを開始した。
長距離のレースでありながら、最後の瞬発力勝負に持ち込んでいる馬は、私の他にトランクハイエストなど何頭もいた。
それはまるで2500mのうち最初の数百mは単なる助走であって、そこから本当のレースが始まるという図式に見えた。
(なるほど。長距離でありながら純粋なスタミナ勝負ではなく、最初を捨てて千八から二千くらいのレースに持ち込み、最後のスピードで勝負するわけね。こんな展開が主流になってしまっては、アゲイン君が苦戦するのも無理はないわね。でも今回はそのアドバイスが役に立ちそうだわ。勝ったらお礼を言わないと。)
私はスパートをしながら、アゲイン君に感謝をした。
そうしているうちに、バテたトランクブルースリは私の横をずるずると後退していき、逃げ粘りを図るユーキャンゴーゼアも段々視界にとらえてきた。
一方、外ではライジングホースやトランクハイエストが私と一緒に懸命に先頭に立とうと順位を上げていた。
(オーバーカムはバテて後退しています。)
私は馬場の荒れつつある内を走りながら、馬場のいい外を走る2頭を振り切ろうとした。
そしてゴール手前50mの時点でユーキャンゴーゼアをとらえ、あとはライジングホースとトランクハイエストを振り切るだけになった。
「あと少しだ!頑張れ!」
おにーちゃんは懸命に手綱をしごきながら、ラストスパートを促した。
私は無我夢中で走りながらゴール板を通過した。
ゴールしてすぐに、おにーちゃんは白い歯を見せながら、「勝ったぞ!」と言わんばかりに右手でガッツポーズをした。
それを見て、私は『本当に勝ったんだ!』と思い、途端に嬉しさが込み上げてきた。
リプレイ映像では、確かに私が頭一つ抜け出してゴールインしており、クビ差でライジングホース、さらにクビ差でトランクハイエストが続いていた。
『やった!これでおねーちゃんのための資金を稼ぐことができたわ!それに1000万クラスのレースで勝つことができたわ!』
私は8ヶ月ぶりの勝利の味を噛みしめることができ、久しぶりに大きな喜びに酔いしれることができた。
「んもーーーっ!!何でスペースバイウェイに勝てないんだよおっ!!」
少し離れたところでは、錦 里谷という人がそう言いながら悔しがっていた。
「ふう…。よかった、このレースのために必死で減量をして…。ハラ減っているし、のどカラカラだけれど、勝てば気分いいや。」
緊張から解き放たれたおにーちゃんは、私をクールダウンさせながら、気が抜けたようにそう言ってきた。
(良かったわね、その努力が報われて。そして私のためにそこまで減量してくれてありがとう。)
私はおにーちゃんに感謝をしながら、サキおねーちゃんが英語の先生となって1日も早くここに戻ってきてくれることを願った。
5歳3月の時点における私の成績
19戦4勝
本賞金:1800万円
総賞金:4900万円
クラス:1000万下




