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第34話 久矢君の願い

 この章から道脇長伸元騎手は星厩舎の一員となるため、君付けの表記となります。

 2月。道脇牧場で英気を養った道脇長伸君は、星厩舎で調教助手として働くことになった。

 それからしばらくして、スペースバイウェイは4歳以上1000万下(牝)(東京、ダート1300m)に出走した。

 鞍上は相変わらず久矢君だったが、彼は今年に入ってからまだ1勝も挙げていないこともあってか、単勝は30.4倍で、10頭立ての8番人気と低めだった。

(牝馬限定戦なのにだんだん評価が下がってきているな。このままではバイウェイに黄信号が灯ってしまう。何とかしなければ。)

 彼はその低評価を覆そうと意気込んだが、仕掛けが早過ぎたことが響いて直線で失速し、7着に敗れてしまった。

 この時点での星厩舎所属の馬達の成績は次の通りだった。

5歳馬

 ヘクターノア… 17戦4勝(オープン、GⅢ1勝)スペースバイウェイと同じ週にダイヤモンドS(GⅢ、東京、芝3400m)に出走し、13頭立ての11着に敗れた。)

 オーバーアゲイン… 19戦3勝(1000万下)(長距離のレースで毎回のように掲示板には入るものの、他陣営の厳しいマークにもあって勝ちきれずにいた。)

 スペースバイウェイ …18戦3勝(1000万下)

 カヤノキ… 9戦2勝(500万下)(先月バイウェイと一緒に出走した後一旦短期放牧に出し、先週厩舎に戻ってきた。)

4歳馬

 ソーラーエクリプス… 14戦1勝(500万下)(間もなく4歳以上500万下のレースに出走予定)

 トランクキャップ… 14戦2勝(1000万下)(2週前に500万下のレースを勝ち、1000万下に昇級。鞍上は短期免許で来日していたベニー騎手)

(※ベニー騎手はこの作品では初登場ですが、過去トランクバーク号物語の「乗り替わりは突然に」の回で登場しています。)

 ナイトオブファイア… 12戦2勝(1000万下、現在放牧中)

3歳馬

 ロマリア… 5戦1勝(500万下)(スペースバイウェイが出走した週の未勝利戦に出走し、初勝利。鞍上はベニー騎手)

 メロディーオブラヴ… 4戦0勝(未勝利戦で2着にはなったものの、まだ未勝利)

 トランクインパクト… 5戦0勝(まだ5着が1回あるだけの状態だった。)


 久矢騎手はスクーグさんがいなくなって以来、スランプに陥ってしまい、今年はまだ未勝利だった。

 そのため騎乗依頼がみるみる減ってしまい、ますます1勝が遠くなるという悪循環の状態だった。

「ちくしょう…。サキのために少しでもたくさん稼ぎたいのに…。どうすればいいんだよ…。」

 久矢君の悩みは日を追うごとに深くなっていった。

 星調教師や村重君、道脇君は何度も悩みの相談に乗り、何とか糸口を見つけ出そうとした。

 しかしそれとレースは別物だったため、彼への騎乗依頼には踏み切れないこともあった。

 その度に久矢君のプライドは傷つき、厩舎に不協和音が立ち込めることもあった。


 そんなある日、自分の仕事を終えた坂江陽八騎手が星厩舎にやってきて、久矢君と話がしたいと申し出てきた。

 久矢君は急いで自分の仕事を済ませると、坂江騎手についていって、応接室へと入っていった。

「さて、久矢君。いきなり本題に入ってしまうが、君はどうしてそんな切羽詰ったように頑張ろうとするんだね?」

 坂江騎手は話が始まると、間髪入れずに本題に入ってきた。

「もちろんサキのためです。僕の身代わりになって大ケガをし、失意の底でこの場所を去っていってしまった。そんな彼女を救えるのは僕しかいない。僕の手で彼女を幸せにしてあげたい。だから頑張ってお金を稼ぎたいんです!」

 久矢君は続けざまに、スクーグさんがハワイに帰った後に再度手術を受けてリハビリを行い、弱りきった左腕の骨を少しでも丈夫にしようと奮闘しているものの、目標を失い、これからどうすればいいのか分からない状態になっていることなどを話した。

「そうか…。僕も彼女には色々とお世話になってきただけに、何とかしてあげたいのだがな…。」

「えっ?坂江さんもですか?」

「ああ。僕自身あの落馬事故を目撃し、救急車を呼んで彼女を収容した身だし、彼女の復帰後は外国人騎手と会話する時に度々英語で補助をしてもらったからな。それに君は知らないかもしれないが、僕が彼女の相談に乗った時、色々と本音を打ち明けてくれたよ。」

「本音って何ですか?」

 坂江騎手は、久矢君が当たり前のように馬に乗る光景を見ることが本当は辛かったこと、自分に大ケガを負わせたカヤノキに何度も当り散らしたくなったことなどを話してくれた。

「彼女はそのような本心を何度も君に打ち明けたいと思いながら、どうしても言えずにいたそうだ。だからこそ、僕は彼女の治療費を負担していたし、彼女がここを去った今でも何かできることがあればと考えているんだ。」

「そうなんですか…。」

「久矢君。君は稼いだ賞金で彼女のために何をしようとしているんだね?」

「実は、ここに英会話教室を作りたいんです。」

「ほう。英会話教室かね?」

「はい。彼女の父親、アーロンさんは元々日本で英会話学校の講師をしていましたので。彼女がそのノウハウを教えてもらえば講師の資格は取れると思いますし、彼女にとっても立派な目標になると思ったんです。ただ、そのためにはお金が必要ですし、うちの厩舎は資金が豊富ではないので、どうしても自分の手で稼がなければと思って…。」

「なるほど…。」

 坂江騎手はそう言うと、腕組みをして黙り込んだ。

 そしてしばらく考え込んだ後、その腕をほどいた。

「君の気持ちは良く分かった。僕も協力することにしよう。いや、僕だけでなく、他の騎手仲間達にも声をかけて、みんなで英会話教室開講にこぎつけようじゃないか。」

「いいんですか?坂江さん!」

「ああ。僕を含めて英語をマスターしたいと考えている人は多いし、それに彼女も君のもとに戻ってこられるからな。ぜひ君の願いを実現させようじゃないか。」

「ありがとうございますっ!」

「どういたしまして。では、僕はこれからみんなに呼びかけていくことにする。だから君はもう1人で悩んだりせずに、自然体でレースに望んでいきなさい。そして彼女には立派な目標を与えてあげなさい。」

「分かりました。ではこれから国際電話をかけて、サキにこのことを伝えてみます。」

「よし。では、僕はこれで失礼してもいいかな?」

「はい。色々話を聞いていただき、誠にありがとうございました。」

 久矢君は深々とお辞儀をしながらお礼をした。

「こちらこそ。」

 坂江騎手は、微笑みながらそう言うと、応接室を後にしていった。

(サキ。厩務員の夢は絶たれても、僕達の手で英語教師としての新たな夢を与えてやるからな。待っていてくれ。)

 すっかり悩みから開放された久矢君の心には、新たな闘志が満ち溢れていた。


 5歳2月の時点におけるスペースバイウェイの成績

 18戦3勝

 本賞金:1200万円

 総賞金:3450万円

 クラス:1000万下


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