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第33話 涙

 スクーグさんが村重君に抱えられるようにして関係者エリアに戻ってきてから5分後、いよいよ1000万下(牝)が、いよいよ2コーナーポケットの芝生エリアからスタートした。

 8番のスペースバイウェイは好スタートを切ると、4番のジャスティスライトと並んで先頭に立った。

 後ろには3番のトランクチャーチがつけ、2番のトランクビーケーは中段、大外10番のメロディフォーユーは後ろから2頭目に控えた。

(よし。短距離のレースだから出遅れずに済んでよかった。あとは気性難のジャスティスライトのペースに乗せられないように気をつければ十分にいけそうだ。6番人気だけれど、絶対に勝ってやる!)

 久矢騎手は気合いの入った表情でレースを進めた。

 一方、7番のカヤノキは出遅れこそしなかったものの、すぐに最後尾に立ってしまった。

(うーーん、長期休養明けに加えて格上挑戦だから、これは仕方ないか…。正直、勝つのは非常に厳しいだろうけれど、何とか完走だけはさせて、レースに対する不安を取り除いてやらなければ…。)

 道脇騎手は勝ち負けはともかく、現役最後のレースを悔いのないものにしようと意気込んでいた。

 ジャスティスライトはスペースバイウェイとの並走を嫌ったのか、急にペースを上げ、単騎で先頭に立った。

 鞍上の騎手も特になだめる様子はなく、馬の走りたいように走らせていた。

(この馬に惑わされるなよ。自分のペースで走るんだ。)

 久矢君はスペースバイウェイにそう言い聞かせていた。

 後方にいたメロディフォーユーは向こう正面で徐々に上がっていき、トランクビーケーと並んで6番手になった。

 カヤノキは全くレースについていけないまま、まるで出遅れたかのようにポツンと一頭取り残されてしまった。

(この位置に立っているのは悔しいけれど、最後に乗せてもらえただけでも感謝しなければな…。せめてタイムオーバーにだけはならないようにしよう。)

 道脇騎手はこれで騎手人生が終わってしまう寂しさを感じながらも、冷静にカヤノキを走らせた。

 3コーナー。先頭はジャスティスライト。

 2番手は外からスペースバイウェイ、内からトランクチャーチが並走していた。

 メロディフォーユーはトランクビーケーを交わして5番手に上がると外に持ち出し、4コーナーで一旦スパートを止めた。

 そして各馬は4コーナーを回り、いよいよ最後の直線。

 メロディフォーユーは大外で一気にスパートをかけ、先行馬をゴボウ抜きにする作戦に打って出た。

 先頭のジャスティスライトは、一旦は後続と差をつけたものの、段々その差が詰まってきた。

(さあ、頑張れ!引退してここを去っていくサキのために、絶対に勝つんだ!)

 久矢君は歯をむき出しにしながらスペースバイウェイにムチを入れた。

 スペースバイウェイはそれに応えて伸び、ジャスティスライトを射程圏に入れた。

 並走していたトランクチャーチも伸びてはいるものの、徐々にスペースバイウェイに遅れを取り始めた。

 外からはメロディフォーユーがぐんぐんと伸びてきた。その後ろにはトランクビーケーもつられるようにやってきた。

 先行馬が粘りきるか、それとも後ろから来た馬が差し切るか。レースは最後まで読めない状態だった。

「カヤノキは結局何もできないまま終わりそうですね。」

「そうだな。タイムオーバーにならなければ良しとしよう。」

「ですね。鞍上の弟にはかわいそうな気がしますが。」

「まあ、レースが終わって関係者エリアから出てきたら、今までの労をねぎらってやることにしよう。」

 珪太と伸郎の2人は、前を走っている馬達には見向きもせず、長伸騎手ばかりを見つめていた。

 そんなカヤノキと長伸騎手を尻目に、レースは白熱の展開を見せていた。

 残り100m。スペースバイウェイはそれまで先頭を走っていたジャスティスライトを交わし、ついに先頭に立った。

「もう少しだ!頑張れ!」

「そのまま行け!バイウェイ!」

 星調教師と村重君は懸命に叫んだ。

「久矢君…。バイウェイ…。」

 かたわらのスクーグさんは左腕を押さえて痛みをこらえながら、祈るような気持ちでつぶやいた。

 スペースバイウェイのすぐ後ろにはメロディフォーユーとトランクビーケーがぐんぐん迫ってきた。

 少し伸びあぐねていたトランクチャーチも負けじと粘り続けていた。

『先頭はスペースバイウェイ!外からメロディフォーユー!間からトランクビーケー!』

『粘り切るか!それとも差し切るか!?』

『バイウェイ!メロディ!ビーケー!3頭が並んだ!並んでゴールイーーーン!!』

 アナウンサーが絶叫する中、3頭は一斉にゴールインした。

 少し遅れてトランクチャーチが4、5番手辺りでゴールインし、ジャスティスライトはゴール前で一斉に他馬に交わされ、7着にまで沈んでしまった。

 先頭がゴールインしてから4秒後、カヤノキが最後にゴール板を駆け抜けた。

(終わった…。これで騎手人生が…。シンガリだったけれど、どうにかタイムオーバーだけは免れそうだ。それだけでも良かった…。)

 長伸騎手は全ての力が抜けたようにそう考えながら、カヤノキをクールダウンさせていた。

 しばらくして、ターフビジョンにはレースのリプレイが映された。

 内にはスペースバイウェイ、真ん中からトランクビーケー、外からメロディフォーユー。

 3頭は一斉に並ぶようにしてゆっくりと決勝線に接近していき、ついに1頭の馬の鼻先が線にかかった。

「うわああっ!だめだったか…。」

 星調教師はそう言いながら頭を抱えた。

 最初にゴールインした馬は、メロディフォーユーだったのだから、無理もないだろう。

 それから一瞬遅れて、スペースバイウェイとトランクビーケーが並んだままゴールインした。

 この2頭は写真判定になるのは間違いないだろう。しかし、いずれにしても1着ではないことだけは確かだった。

 レース前には「勝って咲を送り出してやろうじゃないか。」と言っていただけに、それがあとわずかのところで潰えたことは、彼にとってとても悔しいことだった。

「バイ…ウェイ…。」

 スクーグさんは勝てなかったショックのあまり、その場に座り込んでわっと泣き出してしまった。

 それを見た村重君は、右手を彼女の背中に当てながらねぎらった。

 一方、まだ結果を知らない久矢君はスペースバイウェイをクールダウンさせた後、「結果はどうなった?」と問いかけるように、足早に星調教師のもとに戻ってきた。

 しかし彼の渋い表情や、座り込んだまま動けずに入るスクーグさんの姿を見て、現実を思い知らされることになってしまった。

(ダメ…だったのか…。サキのために勝ちたかったのに…。)

 久矢君は途端に耐え切れないほどの悔しさに襲われ、目からは涙があふれ出した。

『おねー…ちゃん…。』

 スペースバイウェイも自分が勝てなかったことを悟り、途端にわなわなと震え始めた。

 着順掲示板には1着のところにメロディフォーユーの10が点滅し、2、3着のところには写真の文字が出ていた。

「先生、すみませんでした。」

 久矢君は馬から降りると、涙を流しながら頭を下げた。

「6番人気だったのだから仕方がない。よくやってくれた。」

「でも…、勝ちたかったです…。サキ、ごめんっ!!」

 彼はスクーグさんの方を向いて、懸命に謝った。

「ううん…。いいの…。」

 スクーグさんはよろめきながらゆっくりと立ち上がると、泣き崩れた表情のまま返した。

 それを見て久矢君は思わず両腕を伸ばし、泣きながら彼女の体をゆっくりと包み込んだ。

 かたわらでは、2人の状況を知っているメロディフォーユー鞍上の坂江騎手が、複雑は表情を浮かべながら通り過ぎていった。

 別のところでは、騎手人生を終えた長伸君が、兄と父親に囲まれながら泣き崩れていた。

 そしてねぎらいの言葉を色々とかけられた後、泣きながら検量室へと向かっていった。

 着順掲示板では、すでに写真判定が終わり、2着のところにトランクビーケーの2番が表示され、スペースバイウェイはハナ差の3着となっていた。


 久矢君と長伸騎手が検量室へと向かっていった後、スクーグさんは村重君に抱えられるようにして医務室へと向かっていった。

 そして治療を済ませると医務室にやってきた久矢君と一緒に関係者入り口へと向かっていった。

 その場所ではアーロンと桜の2人が待っていて、4人はタクシーでホテルへと向かっていった。

 一方の長伸君はその日のうちに、伸郎と珪太に連れられて北海道へと向かっていった。


 5歳1月の時点におけるスペースバイウェイの成績

 17戦3勝

 本賞金:1200万円

 総賞金:3450万円

 クラス:1000万下


 名前の由来コーナー その22


・メロディフォーユー(Melody For You)(メス)… TUBEの歌う「Melody(君のために…)」という曲から命名しました。厩務員を引退し、自分のもとから去っていく咲さんに対する、久矢君の気持ちを歌で表現するとしたら、これが合っていると思ったので、競走馬としてここで登場させてみました。


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