第25話 アンダースローと再会
この章では、スペースバイウェイの一人称で物語が進行します。
なお、2012年から中京競馬場のコース形態が変わったため、この作品では新しい方の形態で書くことにします。
3月。私は岡崎特別(500万下、芝1200m、牝馬限定戦)というレースに出走するために、中京競馬場にやってきた。
これまで関東を本拠地とする競馬場にばかり出走してきた私にとって、初めての関西圏への遠征となった。
当然出走する馬はこれまで見たこともない関西馬が多いため、何だか萎縮してしまいそうだった。
水曜日。私は競馬場のダートコースで追い切りを行うことになった。
追い切りは2頭による併せ馬だったため、村重さんと共に先に馬場に出てきた私は、パートナーとなる馬の登場を待った。
数分後、ダートコースには私よりも一回り体格の大きい、栗毛の牡馬が姿を現した。
(えっ?あの馬は…?)
私はその馬を見て、思わず目を疑った。
『あの…、もしかして、アンダースロー…、さん…、ですか?』
私はまさかと思いながら、その馬に名前を問いかけてみた。
『そうだよ、スペースバイウェイ。調教では度々見かけていたけれど、こうやって話すのは久しぶりだね。』
アンダースローさんは事前に私が調教パートナーということを知っていて、さらには私のことをしっかりと覚えていてくれたこともあって、冷静に話しかけてくれた。
『はい、お久しぶりですっ!今日は精一杯走りますので、よろしくお願いしますっ!』
『こちらこそ。こちらは君より2馬身程後ろからスタートするけれど、ゴールでは君よりも先着するつもりだから、手加減はしないよ。』
アンダースローさんは気合い満々の声で答えると、スタート地点に向けて歩いていった。
打ち合わせ通り、前からスタートした私は、向こう正面から3コーナーまでは馬なりで走り続け、4コーナーで一気にスパートを開始した。
一方、アンダースローさんは4コーナーまでは私との差を詰めることもなく、じっと我慢の走りをしていた。
そして直線入り口でスパートを開始すると、坂で私に並びかけ、一気に抜き去っていった。
結局、ゴール板を通過した時には、アンダースローさんが2馬身先着していた。
(やっぱりこれが重賞勝ち馬の実力なのね。とても私が勝てる相手ではないわ…。)
私は道脇牧場を資金難から救い、すっかり牧場の英雄となったアンダースローさんとの実力差をまざまざと見せ付けられてしまった。
調教終了後、私はアンダースローさんと一緒の馬房でゆっくりと会話する機会ができた。
彼は新潟記念優勝後、堂森調教師さんからローカルの競馬場の方が向いていることを見出され、その後は裏開催の重賞レースに出るためのローテーションが組まれた。
そして去年の11月に福島記念(GⅢ、芝2000m)に出走して2着になった後、そのまま道脇牧場に放牧に出された。
放牧後は小倉大賞典を目標にしたため、美浦ではなく栗東の厩舎に入ることになり、堂森厩舎のスタッフを現地に派遣して調整が進められた。
そして小倉大賞典に出走してハナ差2着になった後、さらに1ヶ月間栗東で調整が進められ、中京記念(GⅢ、芝2000m)に出走するためにここにやってきたということだった。
『大変そうですね。あちこちの競馬場を転々とするなんて。』
『まあね。確かに環境がコロコロ変わって大変だし、競馬ファンからは「ローカルスター」というあだ名を付けられているけれど、それでもレースに勝って賞金を稼ぐことが僕の役割だから、何と言われようと頑張り抜くつもりなんだ。』
アンダースローさんは牧場の馬達や人間達の期待を一心に背負いながら走っていることを教えてくれた。
一方で、私は未勝利戦すらなかなか勝てずにもがき苦しんだこと、カヤノキや咲おねーちゃんが大ケガをしてしまったこと、そのおねーちゃんがもうすぐ厩舎に戻ってきてくれたことなどを話した。
『大変だっただろうね、その女性厩務員さん。』
『うん…。馬の世話は何とかできるそうけれど、まだ左手の握力が戻っていない影響で、調教ができないの。おねーちゃんはもう一度馬に乗りたいという意気込みで、懸命にリハビリに取り組んでいるけれど…。』
『そうか…。早く元の状態になるといいね。』
『ええ。治療費もかなりかかっているみたいだから、何としても今日のレースに勝って、おねーちゃんを金銭面で援助したいと思っているの。』
私はこのレースにかける意気込みを、アンダースローさんに話した。
レース当日、10頭立ての3枠3番に入った私は、何と単勝倍率2.6倍の1番人気に支持された。
私としては人気はあまり気にしていないつもりだったけれど、星先生や村重さん、ヒロミチおにーちゃん、オーナーさん達には自然と気合いが入っていた。
それを見て、私もがぜんと気合いが入ってきた。
ただ、咲おねーちゃんが中京競馬場に来ていないのが残念ではあったけれど…。
レースは、10頭の馬達が一斉にスタートし、まずまずの出だしとなった。
私は内の馬を見ながら先行策を取ることにした。
しばらくすると、1番のトランクビーケーは控えて後ろに行き、2番のジャスティスライトがかかるようにして私を追い抜いていった。
レースはそのまま淡々と流れていき、先頭はジャスティスライト。
私は前に6番のオーバーカム、後ろにトランクビーケー、横に10番のトランクナデシコに包まれる形で5~6番手辺りを走った。
他馬に取り囲まれるのは好きではないけれど、鞍上のおにーちゃんは「大丈夫だよ。」と私をなだめてくれた。
私達は3コーナーから4コーナーにかけての下り坂を一団となったまま通過して、いよいよ412.5mある最後の直線に姿を現した。
前半でかかってしまったジャスティスライトはゴール前340mから始まる坂の入り口で早くもバテて後退を始めた。
一方のオーバーカムは懸命に逃げ切りを図っていたが、果たして最後まで持つのだろうかという状態だった。
「よし、行け!バイウェイ!」
おにーちゃんは私にムチを入れ、ラストスパートの合図を送った。
『まかせといて!』
私は懸命に坂を駆け上がり、最内からジャスティスライトを交わして2番手にまで上がった。
一方のトランクビーケーとトランクナデシコは、私を終始マークしていたのか、ぴったりとくっついたまま私と一緒に坂を上っていった。
(気持ち悪いわね、この2頭。)
走りながらそう思っていると、その雰囲気を察知したおにーちゃんは、またムチを入れて気合いを入れ、走ることに集中するように促してきた。
坂を上り切り、残り200mとなっても私とトランクビーケー、トランクナデシコの追い比べはまだ続いていた。
私達は3頭で一斉にオーバーカムを交わし、全速力でゴールを目指した。
(早くゴール来て!)
僅差で先頭に立っている私は懸命にそう願った。
ビーケーとナデシコは最後まで後退することなく、私に食い下がり続けた。
しかし差は最後まで縮まらず、私は見事に先頭でゴールを駆け抜けることができた。
「やったぞ!1着、取ったぞーー!」
おにーちゃんはゴール板を通過すると、ムチを持った右手でガッツポーズを見せた。
私も去年の未勝利戦以来、半年ぶりの勝利を収めることができ、思いっきり喜びをあらわにした。
一方、かたわらではトランクナデシコが外枠に泣いて敗れたことをかなり悔やんでいる様子だった。
レースは私が1着。2着には2分の1馬身差でトランクナデシコ、クビ差でトランクビーケーが入った。
記念撮影は星先生、村重さん、おにーちゃんに加え、道脇牧場の4人も加わり、かなりの人数がそろった状態で行われた。
「スペースバイウェイおめでとー!おかげで馬券、見事に的中したわよーーっ!」
ウィナーズサークルの近くでは、木野牧場のお嬢さんである、木野可憐さんが手を振りながら、私に声をかけてくれた。
『そ、それはどうも…。』
私は少し照れながら彼女に向かってお辞儀をした。
こんなにたくさんの人に囲まれた中で写真を取ることはとても嬉しいことだった。
記念撮影を終えた後、私はしばらく競馬場にとどまり、この後行われる中京記念を見ることにした。
このレースに出走したアンダースローさんは、隣のゲートから発走したワンダフルワールドと並走しながら、有力馬であるトランクアースやミラクルロッジを終始マークする形でレースを進めていった。
しかし、最後の直線で彼は自慢の末脚が見られず、ワンダフルワールドに置いていかれた後は、ずるずると後退していくばかりだった。
結局レースは2戦続けてトップハンデの59kgを背負ったトランクアースが、ワンダフルワールドを何とか振り切って2連勝を飾った。
一方のアンダースローさんは単勝4.9倍の3番人気を裏切って、9着に敗れてしまった。
「んもーーーっ!何よアンダースロー!さっきの儲けが台無しじゃない!!」
可憐さんは今度はふくれっ面をしながら、アンダースローさんに厳しい視線を浴びせていた。
レース後、私とアンダースローさんはそろって放牧に出されることになり、中京競馬場から一緒の馬運車に乗って、道脇牧場に向かっていった。
その中で、彼はこれまで3回一緒に走って1度も先着していないトランクアースを何とか倒したいと考えていることや、いつかはGⅠに出たいと思いながらも、実力や賞金を考えると、やっぱり勝てるGⅢで我慢するしかないのかと悩んでいることなど、私に心の内を色々話してくれた。
(そんな色々なものを背負いながら、彼は走り続けているんだ。有名になって厩舎や牧場の期待を一身に背負うって大変なことね…。)
私はそう思いながら、アンダースローさんの話に最後まで付き合い続けた。
4歳3月の時点における私の成績
12戦2勝
本賞金:800万円
総賞金:1920万円
クラス:1000万下
名前の由来コーナー その17
・ジャスティスライト(Justice Light)(メス)… 五條真由美の歌う「Justice of Light」という歌から命名しました。スペースバイウェイの進退をかけた最後の未勝利戦で、大ケガをしたスクーグさんのために勝とうとする久矢君の気持ちを歌で表現した場合、この曲が合っていると思ったので、馬名に使ってみました。
・ワンダフルワールド(Wonderful World)(メス)… Mr. Childrenのアルバム「IT’S A WONDERFUL WORLD」から命名しました。好きな曲がたくさん収録されているので、馬名に使ってみました。




