第24話 年が明けて
アーロンと桜の2人は、病院で娘とスペースバイウェイの初勝利を祝った後、月曜日の朝に再びハワイに戻っていった。
両親と別れたスクーグ咲さんは、病院で久矢君と何度かデートを重ねながら、1ヶ月後に退院した。
そして退院した翌日、リハビリと療養のために両親のいるハワイへと飛び立つことになった。
見送りには久矢君が駆けつけた。
彼はしばらく会えなくなることを残念に思いながらも、再び会うことを約束して、笑顔で彼女を見送っていった。
一方、道脇牧場で約2ヶ月間じっくりと休養を取ったスペースバイウェイは、11月下旬に美浦トレセンに戻ってきた。
そして、スクーグさんの代わりに飼育担当になった村重君の下、じっくりと時間をかけて調整された。
この年、星厩舎は合計8勝を挙げ、前年の1勝から大きく飛躍することができた。
年が明け、スペースバイウェイは4歳になった。
1月前半、星厩舎では所属馬が次々とレースに出走した。
ソーラーエクリプス… 1月1週 未勝利(中山、ダート1200m)11着(15頭立て、13番人気)
ウェーブマシン… 1月1週 500万下 (中山、ダート2400m)1着(2勝目、12頭立て6番人気)
トランクキャップ… 1月2週 未勝利(中山、ダート1800m) 4着(16頭立て、3番人気)
スペースバイウェイ… 1月2週 500万下(中山、ダート1200m) 6着(14頭立て9番人気)
オーバーアゲイン… 1月2週 成田特別(1000万下、中山、ダート2400m) 3着(10頭立て、4番人気)
この時点での各馬の成績は次の通りだった。
5歳馬
ウェーブマシン… 15戦2勝(500万下、2勝目を挙げた後、放牧に出された。)
4歳馬
ヘクターノア… 9戦3勝(オープン、オールカマー以降は未出走。)
オーバーアゲイン… 9戦2勝(1000万下)
カヤノキ… 8戦2勝(1000万下、現在離脱中。)
スペースバイウェイ… 10戦1勝(500万下)
3歳馬
ソーラーエクリプス… 5戦0勝
トランクキャップ… 4戦0勝
ナイトオブファイア… 3戦0勝(現在放牧中)
トランクレッツゴー… 未出走
2月。アンダースローとスペースバイウェイは同じ日にレースに出走することになった。
しかし、スペースバイウェイは東京競馬場(500万下、ダート1600m)、アンダースローは小倉競馬場(小倉大賞典、GⅢ、芝1800m)での出走だったため、道脇牧場の4人は二手に分かれて行かざるを得なかった。
話し合いの結果、3人が小倉、1人が東京に行くことになり、くじ引きで誰が東京に行くかを決めることになった。
そして、長谷さんが最初にくじを引いた。
「ああっ!いきなり何よもう!私が東京行きじゃない!」
彼女は赤線が引かれたくじをぎゅっと握りしめながら悔しがっていた。
レース当日、東京競馬場にやってきた長谷さんは、そのことを星調教師に打ち明けた。
「すまないな。同じ日になってしまって。だが、このレースは少頭数(8頭立て)だし、出すならこれしかないと思ってな。」
「まあ、いいです。スペースバイウェイが未勝利戦を勝った時と同じ2番人気ですから。縁起がいいです。」
「そうだな。僕ももっと人気が低いと読んでいたが、このクラスで2番人気だなんて意外だった。」
「これで久矢騎手がレースで結果を残してくれれば言うことなしですね。」
「ああ。」
2人は楽しく会話をしながらレースの発走を待った。
8枠8番のスペースバイウェイは、ゲートが開くと好スタートを切り、先頭に立った。
その他の馬も、5番のトランクビーケーが一頭出遅れた以外は横一線でスタートを切った。
スペースバイウェイは50m程先頭を走った後、少しずつ後退していった。
代わりに先頭にはトランクブルースリが立ち、タマモロッジ、ライジングホース、ユーキャンゴーゼアが続いた。
一方のスペースバイウェイは5番手まで控え、馬群を避けながら外目を追走していた。
出遅れたトランクビーケーも内を走りながら次第に集団に追いついて行き、レースは団子状態のままスローペースで流れていった。
スペースバイウェイは3コーナーでさらに後退していき、内を走っていたトランクビーケーにも抜かされて、4コーナーでついにシンガリになってしまった。
最後の直線。先頭は相変わらずトランクブルースリ。
2番手は内からタマモロッジ、ライジングホース、ユーキャンゴーゼアが横一線で並んでおり、まだけん制し合っているような状態だった。
スペースバイウェイは大外に持ち出し、7頭の馬を左手に見ながら、一気に抜き去る作戦に打って出た。
再びシンガリになったトランクビーケーは全く伸びが見られず、先頭のトランクブルースリとの差がどんどん開いていった。
2番手を争っていた3頭のうち、タマモロッジは坂の途中で後退を始め、先頭争いから脱落していった。
続いて、トランクブルースリも手応えが怪しくなったのか、後続との差が縮まり出した。
スペースバイウェイはバテることもなく坂を登りきり、懸命に走り続けたが、先頭に立つためには前にいる馬達がバテることを期待しなければならない状態だった。
残り150m。ここでユーキャンゴーゼアが、それまでずっと並走していたライジングホースを振り切り、単独2番手におどり出た。
「こらーーーっ!バテるなライジングホース!伸びろーーーっ!!お前の複勝買ってんだぞーーっ!」
錦 里谷は大声を上げて愛馬の奮起を促した。
しかしその思いとは裏腹に、ライジングホースはスペースバイウェイにも交わされて4番手になり、的中圏外になってしまった。
ユーキャンゴーゼアはゴール寸前でトランクブルースリも交わし、見事に1着でゴールした。
2着にはトランクブルースリが粘りきり、スペースバイウェイは3着に入った。
そしてライジングホースが4着、タマモロッジは6着、トランクビーケーは7着だった。
「くっそーーっ!8頭立てだから複勝なら絶対に当たると思っていたのにーーーっ!!」
必勝を期していた錦 里谷は、やり切れない気持ちで地団駄を踏んでいた。
「星先生、脚色は良かったんですが、勝つまではいきませんでしたね。大外だったことに加えてちょっと距離をロスしたことが響いたようですね。」
「そのようだな。まあ、スペースバイウェイは相変わらず馬群の間を抜け出すことが不得意だから、久矢君は外に出すしかなかったようだな。」
「去年9月の未勝利戦のように内枠だったら、違う結果だったかもしれないのに。」
「それは時の運だから仕方がない。また今度だ。」
長谷さんと星調教師は、こちらに戻ってくるスペースバイウェイと久矢君を見つめながら、レースを振り返った。
その後、長谷さんはスペースバイウェイを見送り、星調教師と別れた後、一人で競馬場に残って馬券を買いながら、アンダースローのレースを見守ることにした。
それから2時間後、小倉競馬場ではいよいよ小倉大賞典がスタートした(レースは11頭立て)。
単勝3.2倍で僅差の1番人気に支持された5枠5番、斤量56kgのアンダースローはスタートすると先行策を取った。
ハナに立ったのは1枠1番、トップハンデの59kgを背負い、単勝3.4倍の2番人気トランクアースだった。
レースはトランクアース、ミラクルロッジ、アンダースローの順で流れていき、トランクミヤジマとユーアーザヒロインがそれに続いた。
トランクアースは先頭のまま4コーナーを回り、293mの直線を逃げ切る作戦に打って出た。
4コーナーで外を回り、トランクミヤジマに交わされて4番手になったアンダースローは、最後の直線で再び抜き返し、ミラクルロッジと並走しながら懸命にスパートをした。
トランクアースは厳しい斤量と闘いながら逃げ続けたが、最後に脚が鈍り、後ろから来たアンダースロー、ミラクルロッジとの差が見る見る縮まっていった。
そしてミラクルロッジをゴール直前で振り切ったアンダースローと並んだところがゴールだった。
結果は写真判定に持ち越された。
「うわあ、これは微妙ねえ。これで勝てたら最高なんだけれど…。」
長谷さんは遠く離れた東京競馬場から、懸命に愛馬の勝利を祈った。
しかし、軍配は無常にもトランクアースに上がり、アンダースローはハナ差の2着に敗れた。
(ミラクルロッジは3着、ユーアーザヒロインは5着、トランクミヤジマは8着だった。)
「あ~あ、負けちゃったわね。でも、牧場に入るアンダースローとスペースバイウェイの賞金を合わせれば、ダイヤモンドリングとワイルドウィンドの購入資金と飼い葉代を取り返せるから、今回はこれで良しとするしかないわね。」
彼女は勝てなかった悔しさを懸命にこらえながら、一人で東京競馬場を後にしていった。
4歳2月の時点におけるスペースバイウェイの成績
11戦1勝
本賞金:400万円
総賞金:870万円
クラス:500万下
名前の由来コーナー その16
・トランクビーケー(Trunk B K)(メス)… 「トランク」は冠名、「ビーケー」は前々作の競馬作品の主人公馬「トランクバーク(Trunk Bark)」から、BとKを取りました。
・トランクアース(Trunk Earth)(オス)… 「トランク」は冠名、「アース」は地球という意味で、僕のペンネームから取りました。




