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第22話 運命のレース 決着

 この場面は時間的に見て「走れバイウェイ!(前編)」の途中からスタートします。

 また、スクーグ咲さんが両親と会話をするため、「咲」という表記になっています。


 朝10時20分。病院の305号室にいる咲は、アーロンと共に3歳未勝利戦の発走を待ち続けていた。

 その時、ドアをノックする音がし、続いて「寿さん、検温します。」と言う声がした。

「はい、どうぞ。」

 咲が横たわったまま声をかけると、扉がスーッと開き、織川さんが姿を現した。

 織川さんは慣れた手つきで体温を測り、健康状態を確認した。

 検査が終わると、咲は

「あの、もうすぐ未勝利戦が始まるので、そろそろ携帯電話で通話ができる場所に移動したいんですけど、いいですか?」

 と、声をかけた。

「いいですよ。事前に桜さんから『勝ったら連絡をする。』と聞いていましたので。それでは車椅子に乗りますか?」

「はい、お願いします。」

 咲がそう言うと、織川さんは点滴の針を外してくれた。

 彼女は痛みをこらえながらゆっくりと上体を起こすと、アーロンと織川さんの補助を受けて車椅子に乗り、アーロンから自分の携帯電話を受け取った。

「Here we go, Saki.(行くぞ、咲。)」

「Yeah.」

 彼女はアーロンに向かってそう言うと、今度は織川さんの方を向いた。

「それでは、行ってきます。」

「いい知らせを待っていますよ。」

 織川さんはそう言うと、病室を後にしていった。


 咲はアーロンの押す車椅子に乗って、3階の通話可能エリアにやってきた。

 携帯電話の電源を入れると、時刻は10時40分だった。

 発走時間が近づくに連れて、彼女の緊張感はどんどん大きくなっていった。

「Are you alright?(大丈夫か?)」

「…I’m so scared.(…怖い。)」

「Don’t worry. They are sure to win.(心配するな。きっと勝ってくれるよ。)」

「I hope so….(それならいいけれど…。)」

 咲は携帯電話を持つ右手を震わせながら、不安げに言った。

 10時45分。いよいよ運命のレースが発走する時間になった。

(バイウェイ…。久矢君…。)

 咲は右手をガタガタと震わせながら、じっと携帯電話の画面を見つめていた。

 その様子を、アーロンはかたわらから無言でじっと見つめていた。

 時刻表示はやがて10:46に変わった。

(もうすぐレースが決着するわね…。お母さん、果たして連絡してくれるのかしら…。)

 咲は恐ろしいまでの重圧の中で「6」の部分を食い入るように見つめた。

(早くこの数字が7になってほしい。でも、もし連絡が来なかったら…。いや、きっと連絡は来る。だって私があれだけ頑張って鍛えたんだもの…。)

 彼女はこれまで経験したことのない程、この1分という時間を長く感じていた。

 そして、時刻表示はついに10:47になった。

(お母さんっ…!)

 咲は心臓を高鳴らせながら、着信を待った。

 …しかし、着信は来ない。

 そうしているうちに、7の数字はやがて8になった。

「Why doesn’t she call?(どうして電話してこないの?)」

「I guess the winner hasn’t been guaranteed, yet.(まだ勝ち馬が確定していないからだろう。)」

「But, she must know which horse passed the goal first!(でも、お母さんはどの馬が最初にゴールしたかを知っているはずだわ!)」

「Why don’t you call her?(それなら電話をしてみるか?)」

 咲はアーロンからそう言われると、電話帳登録の画面を開き、桜の電話番号を選んで発信ボタンを押そうとした。

 しかし、手が震えるばかりで押すことができなかった。

 一方のアーロンも彼女をせかすようなことはせず、じっと様子を見つめていた。

 時刻は10時50分になった。

 しかしまだ連絡はない。

 もしかしたら1着が写真判定になっているのか、審議になっているのか、それとも…。

 いや、そんなことは考えたくない。きっとスペースバイウェイは勝っている!きっと写真判定になっているだけ…!

 咲は電話をかけられないまま、ひたすらそう考え続けた。


 しかし、10時55分になっても桜からの着信はなかった。

 最初は気丈に考えていた咲も、時刻表示が進むに連れて、段々絶望的な気持ちがわいてきた。

「Byway…. I guess it lost….(バイウェイ…。負けたんだわ…)。」

 彼女はそうつぶやくと、とうとう耐え切れなくなり、目からは涙が流れ出した。

 一方のアーロンもかける言葉が見つからず、何もできないまま彼女を見つめた。

 咲の鳴き声は時間がたつにつれて大きくなり、ついには大声で号泣してしまった。

(そういうことだったのね…。私も勝利を期待していたけれど…。)

 陰で様子を見にきていた織川さんは、無言のままその場を立ち去っていった。

 そんな中、アーロンは一縷いちるの望みに賭けて、咲から携帯電話を受け取り、自分で桜に電話をすることにした。

「Hello. Aaron speaking.(もしもし、アーロンです。)」

『……。』

 咲の耳には母の声がかすかに聞こえてきた。しかし、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

 アーロンは咲の携帯電話で電話をかけた理由を話した後、恐る恐る勝ち馬を聞いてみた。

『……。』

「What? It won!?(何?勝った!?)」

 アーロンは突然大声で返した。それを聞いて、泣いていた咲はビクッと反応して父親の方を見た。

『……。』

「OK, OK. I see. I tell her right now.(オーケー、オーケー。分かった。今彼女に伝える。)」

 彼はそう言うと、携帯電話を耳から離した。

「Saki! Great news! Space Byway won!(咲!最高の知らせだ!スペースバイウェイが勝ったぞ!)」

「Is that true?(本当なの?)」

「Yes, it’s true!!(ああ、本当だ!!)」

 アーロンは喜びながら彼女に携帯電話を差し出してくれた。

 咲は痛みをこらえながら右手を伸ばし、携帯電話を受け取った。

「お母さん…。」

『咲!スペースバイウェイ、1馬身半の差で逃げ切り勝ちを収めてくれたわよ!あなたの願い、久矢君が叶えてくれたわ!良かったわね!』

 桜は久矢君がゴール後に派手にガッツポーズをしながら喜んだことや、顔をくしゃくしゃにしながら引き上げ場に戻ってきたこと、咲のお守りを高々と掲げながら記念写真の撮影にのぞんでいたことを話してくれた。

「お母さん。勝ったのは嬉しいけれど、どうしてすぐに連絡してくれなかったの?」

『ごめんね。確かに連絡するって伝えていたけれど、スペースバイウェイのあまりの劇的な勝利を見て、嬉しさのあまりに忘れちゃったのよ。遅くなっちゃったけれど、もう喜んでいいからね。』

「この状況からどうやって喜べばいいのよ!」

『えっ?』

 てっきり娘が喜んでくれるとばかり思っていた桜は、驚いて言葉に詰まってしまった。

「お母さん!私、連絡がなかったせいで負けたと思ってさっきまで泣いていたのよ!これじゃぬか悲しみじゃない!私が流した涙返してよ!」

『ごめんね…。ごめんね、咲…。私が電話をしなかったせいで…。』

 娘の気持ちをやっと理解することができた桜は、さっきまでとは打って変わり、震えるような声で謝った。

 2人はそれっきりかける言葉が見つからなくなってしまい、辺りには何とも言いようのない沈黙が漂った。

「Saki, may I speak?(咲、僕が話してもいいか?)」

 この状態を何とかしようと、アーロンは咲に声をかけてきた。

「Yeah, sure!(ええ、いいわよ!)」

 すっかり泣きやんだものの、まだ気持ちを整理できない彼女は、吐き捨てるような言い方で携帯電話を手渡した。

「Sakura, it’s me.(桜、僕だ。)」

『……。』

「Don’t be so nervous. I don’t know how to say in this situation, either. But time can solve everything. (そんなにナーバスになるな。僕もこんな状況では何て言えばいいのかは分からない。だが、時が全てを解決してくれるさ。)」

『……。』

「By the way, are you leaving the horse track now and coming back?」(ところで、君は今から競馬場を後にして、ここに戻ってくるのか?)」

『……。』

「I see. Don’t worry anymore. Saki will be OK soon. Let’s share the delight together when you get to the hospital.(分かった。もうそれ以上心配するな。咲ならきっと大丈夫だ。病院に着いたら一緒に喜びを分かち合おうじゃないか。)」

 アーロンはそう言って話を締めくくり、電話を切った。

「Saki, could you forgive Sakura?(咲、桜を許してあげられるか?)」

「Yeah, don’t worry. I’m on top of the world now. I would celebrate Hisaya-kun and Space Byway saying “Congratulations!” if they were here.(ええ、心配しないで。今はこの上なく幸せよ。もし久矢君とスペースバイウェイがここにいたら、「おめでとう!」と言って祝福するわ。)」

 咲はそう言うと、やっと満面の笑顔を父親に見せた。

 そして右手一本で携帯電話のインターネットのページを開き、3歳未勝利戦の結果をチェックした。

 着順は2着がトランクベニー、3着がスペシャルデイオフ、4着がトランクリベラ。

 そして1着馬の欄に表示されていた馬名は、確かに「スペースバイウェイ」だった。


 3歳9月の時点におけるスペースバイウェイの成績

 9戦1勝

 本賞金:400万円

 総賞金:680万円

 クラス:500万下


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