第21話 走れバイウェイ!(後編)
ゼッケン1番のスペースバイウェイに騎乗している久矢君は、事前の打ち合わせで、2コーナーまでに先頭に立つという作戦を立てていた。
しかし、2番のローマンオリンピアがコーナーでペースを上げてきて、スペースバイウェイを追い抜き、先頭に立った。
久矢君は一瞬動揺したが、はやる気持ちを抑え、スペースバイウェイをなだめながら走らせた。
だが2コーナーを回りきって向こう正面に差し掛かると、ローマンオリンピア鞍上の逗子騎手が手綱を引いた。
一方のスペースバイウェイは全く動揺することもなく内から並びかけ、再び先頭に立った。
(くっ…。他馬を怖がるクセはすでに克服していたか…。ならばここは一旦押さえて、バイウェイに先に行かせてみよう。後でもう一回スパートだ。)
ローマンオリンピアに乗っている逗子騎手は、スペースバイウェイのペースを崩す作戦に失敗してしまったが、素早く気を取り直した。
スペースバイウェイは先頭に立つと、向こう正面の下り坂を利用して一気に加速し、後続との差をどんどん広げていった。
会場からざわめきが起きる中、トランクベニーに乗っている坂江騎手は5番手辺りで向こう正面を走り続けた。
(スペースバイウェイはここで賭けに打って出たか。あの馬には何度か乗ったことはあるが、いかんせんスタミナが不足していた。その後、鍛えて強くなったとは言うが、あれならきっと最後の直線でバテる。とりあえずあの馬は置いておこう。)
彼は広がっていく差に動揺することもなく、冷静に馬を走らせ続けた。
3コーナーではスペースバイウェイと2番手のローマンオリンピア、スペシャルデイオフとの差は一気に6馬身にまで広がった。
(あれならスペースバイウェイは無視しても良さそうだ。そうなると相手はトランクベニーのみだ。直線ではきっと両者の一騎打ちになる。問題はベニーがいつ仕掛けるか。それだけだ。)
トランクリベラに乗っている網走騎手は、トランクベニーのすぐ後ろでマークしながらそう考えていた。
一方、先頭のままコーナーを回り続ける久矢君は、坂江騎手、網走騎手の思惑に反して、確かな手応えを感じ取っていた。
(もうかなり差をつけたはずなのに、全くバテる気配がない。1年前にはもうバテいたこの馬に、こんなにスタミナが身につくなんて…。)
彼はスペースバイウェイの変貌ぶりに驚きながら、スクーグさんの奮闘の日々を思い出した。
『厳しいのは分かっています。でもこの馬に強くなってほしいんです。お父さんが私を鍛えてくれたように。』
『久矢君がこの馬に乗りたくないなら、別にそれでもいいわ。でも私はあきらめない。私一人でもこの馬を強くしてみせる!』
『バイウェイ。あんたは強いの。きっと勝てるから、あきらめないで!』
『さあ、たくさん食べなさい。あんたは他の馬達よりもたくさん食べて、たくさん運動をして、そして強くなるの。』
(そうか、サキ。君なんだな。君があれだけ頑張って、バイウェイを強くしてくれたんだな。だったら、君のために勝つよ。絶対に勝利の報告をしてやるから、待っていてくれ。)
彼は右手を手綱から離すと、お守りがある部分にそっと当てた。
そして素早くまた両手で手綱を握りなおし、スパートの準備に入った。
後続を走っている馬達のうち、ローマンオリンピア、スペシャルデイオフ、プロミネンス、トランクリリーの4頭は、すでに3コーナーの時点で騎手の手が動き、スパートを開始していた。
普通に考えると早過ぎるだけに、関係者の人達は思わず顔をしかめた。
しかし1着以外は助かる道がないという状況だけに、どうやら騎手達が逃げるスペースバイウェイを過剰に意識してしまったようだった。
久矢君は残り400の標識を通過すると、手綱をしごき、ラストスパートを開始した。
すでに2番手とは7馬身のリードをつけており、後続馬の脚音が聞こえないが故に、彼自身は後ろの状況が把握できなかった。
そのため、仕掛けるタイミングが難しい状況ではあったが、スペースバイウェイのスタミナを信じて、ここで仕掛けることにした。
そして先頭で最後の直線に姿を現すと、場内からは大きな歓声が起こり始めた。
「さあ、走れバイウェイ!サキの願いを乗せて走ってくれ!」
久矢君はムチを入れながら懸命に馬を走らせた。
一方、トランクベニー騎乗の坂江騎手と、トランクリベラ騎乗の網走騎手は、直線に入っても確かな手応えで走り続けるスペースバイウェイを見て、表情が一変した。
「まずい!このままではリベラと勝負する以前に、あの馬に逃げ切られてしまう。」
「もうベニーとの一騎打ちはどうでもいい。いくぞ!」
彼らは懸命にムチを入れ、ラストスパートをかけた。
先頭のスペースバイウェイは残り200mを切り、ここからゴールまで続く、高低差2.3mの急な上り坂に差し掛かった。
まだ後続馬の脚音は聞こえない。
しかし途中でバテてしまえば坂で一気に大逆転されてしまう可能性もあるだけに、最後まで油断は許されなかった。
「頑張れ!走れバイウェイ!ゴールはすぐそこに迫っているぞ!」
久矢君はこれでもかと言うほどムチをビシバシと入れた。
一方、出遅れたまま後方を走っているトランクリリー、一旦は先頭に立ちながらスペースバイウェイに抜き返されたローマンオリンピアはずるずると後退していき、最低人気のプロミネンスは後方のまま一向に順位が上がらずにいた。
もはやこれらの馬達は事実上、引退という状況になってしまった。
鞍上の騎手はそれでも懸命にムチを振るい、手綱をしごいたが、スタンドにいる関係者はガックリと肩を落とし、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
もはやこのレースに勝利する可能性があるのはスペースバイウェイ、トランクリベラ、スペシャルデイオフ、トランクベニーの4頭に絞られた。
「バイウェイ!最後まで持ってくれ!バテるんじゃないぞ!」
久矢君は懸命にスペースバイウェイに言い聞かせた。
しかし手応えは徐々に怪しくなっていき、スピードが落ち始めた。
同時に後ろの方から不気味な馬の脚音が響き始めた。
どの馬かは分からないが、後続馬が接近している。
もし1頭でも追い抜かれれば引退が決定してしまうだけに、その音は彼の心に恐怖感を与えた。
「頑張ってくれ!頑張ってくれバイウェイ!!サキ!カヤ!力を貸してくれ!!」
彼は心の中で悲鳴を上げるように叫んだ。
「走れバイウェイ!サキの願いを乗せて!!」
(決着は次の話にて)




