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第18話 突然の出来事

 この章は、スペースバイウェイの一人称で物語が進行します。

 また、人間と馬が会話をする設定になっています。


 9月。いよいよ重圧と闘わなければならない1ヶ月がやってきた。

 予定しているレースは9月の最終週に行われる未勝利戦。ちょうどGⅠスプリンターズステークスが行われる週で、3歳未勝利戦が行われる最後の週だ。

 このレースに勝たなければ、私は引退となってしまい、星厩舎を去らなければならなくなる。

 せっかく仲良くなったカヤやノア君、アゲイン君をはじめとする厩舎の馬達や、サキおねーちゃん、ヒロミチおにーちゃんともお別れになってしまう。

 そんなことにはなりたくない。

 私はその一心でおねーちゃんの調教に付き合い、レースに向けて毎日懸命に調整し続けた。

 その気持ちはカヤ、ノア君、アゲイン君も理解していた。

『たしかに多くの馬達が最後の望みを賭けて出走してくるだろうけれど、人気になる馬はそんなに多くないはずだ。君はきっと人気を集めるだろうから、とにかく自分を見失わないでくれ。』(ヘクターノア)

『僕はスタミナ以外長所がないけれど、その唯一の長所を咲さんが徹底的に伸ばしてくれたおかげで勝つことができた。そんなボクに負けないくらい走れるようになったんだから、恐れることはないよ。』(オーバーアゲイン)

『私もその週にレースに出走する予定だから、今週の追い切りは私達2頭で併せ馬になるわね。その時にお互い全力で走りましょう。すでに2勝をあげている私を追い越せば、きっと大きな自信になるはずよ。』(カヤノキ)

 彼らはそう言って私を励ましてくれた。


 ちなみに9月に入った時点での3頭は次のような成績だった。

・ヘクターノア:8戦3勝、クラス:オープン。昇竜Sで番狂わせを起こして勝った後、8月の関屋記念(GⅢ)に出走し、人気薄で3着に激走した。

・オーバーアゲイン:7戦1勝、クラス:500万下。6月に初勝利を挙げて放牧に出された後、8月初めに厩舎に戻ってきた。

・カヤノキ:8戦2勝、クラス:1000万下。前走の3歳以上1000万下では休み明けが響いて16頭立ての13着に沈んでしまったが、1度使ったことで調子は上向いており、今度は勝算十分だった。

(※なお、この時点で2歳馬はまだ勝ち馬がおらず、4歳のウェーブマシンはまだ1勝馬の身だった。)


 その後、アゲイン君とノア君は同じ日にそれぞれ3歳以上500万下(中山、芝2500m)、オールカマー(GⅡ、中山、芝2200m)に出走した。

 レース後、厩舎に戻ってくると、アゲイン君は

「みんな~!500万、勝ったど~!」

 と、満面の笑みで勝利の報告をしてくれた。

「おめでとう!アゲイン!」(私)

「やっぱり長距離なら強いわね!」(カヤノキ)

 私達は彼をもみくちゃにしながら祝福した。

「次は僕がオールカマーの結果を報告します。結果は…。」

「何?」(一同)

「15頭立ての!」

「ええっ?」

「何と!!」

「おおっ!?」

「最下位でした~。」

「あららら~~。」

 散々盛り上げた挙句のフェイントに、私達は一斉にずっこけた。

 一方、すでに結果を知っていたアゲイン君は

「んもーー、ノア最っ高~!!」

 と言いながら、それまで我慢していた笑いが一気に噴き出した。

 するとノア君や私達も含めて、みんなが笑い出し、厩舎には笑い声が響き渡った。

 私は、そんな仲間達とこれからも笑い続けていたいと、心から思った。


 数日後、私はカヤとウッドチップコースで、レースに向けて最後の調整を行うことになった。

 予定ではサキおねーちゃんが私に、ヒロミチおにーちゃんがカヤに乗り、私が2馬身程前からスタートすることになっていた。

 おねーちゃんとおにーちゃんは、星先生から色々指示を受け、私達のところにやってきた。

(さあ、いよいよ始まるんだわ。一生懸命走って、いいタイムを出して、そして週末のレースにつなげて見せるわ!)

 そう思いながら気合いを入れていると、ふとおねーちゃんが私の前で立ち止まり、何か考えごとを始めた。

「どうしたんだ?サキ。この後トランクキャップやトランクレッツゴーの調教も控えているんだから、早く馬場に行こうぜ。」

 すでにカヤに乗っていたおにーちゃんは首をかしげながら問いかけてきた。

「ううん、ちょっと…。」

「何だよ?」

「今日は久矢君がスペースバイウェイに乗った方がいいような気がして…。」

「何で?何か理由でもあるのか?」

「大した理由はないけれど、あえて言うとすれば、久矢君がスペースバイウェイに乗ってカヤノキに先着すれば、バイウェイにとって自信になるかなって…。」

 おねーちゃんは何かを感じ取っているのか、私に乗ろうとはせず、先生にもその意図を伝えていた。

「まあ、スクーグがそう言うのなら、いいだろう。久矢。交代だ。今日は君がスペースバイウェイに乗ってくれないか?」

「はい、分かりました。」

 おにーちゃんはあっさりとそれを受け入れ、カヤノキから降りた。

 そして「それじゃ、頼んだぞ。バイウェイ!」と言って、私の背中に乗った。

 一方、おねーちゃんはそれに続くような感じでカヤノキの背中に乗った。

「それじゃ、2人とも頼んだぞ。」

「はいっ!分かりました!」

 おにーちゃんは先生に向かって元気に返事をした。

 一方で、おねーちゃんは少し元気なさそうな声で「はい。」と一言返事をして、コースへと向かい始めた。

 先生は私達を見届けた後、コースを見渡せる場所に移動していった。


 ウッドチップコースにやってきた私は、指示された通り、カヤの2馬身手前に立った。

 そして先生からスタートの指示が出ると、おにーちゃんはムチを一発ビシッと打ってきた。

『よおし!行くわよ!』

 私は気合いを入れて、勢いよく走り出した。

 後ろではカヤがウッドチップを蹴る音が響き、私の後を追いかけていた。

(おねーちゃんがカヤに乗ったのも分かる気がするわ。おねーちゃんは身軽だから、おにーちゃんが乗っている時よりも速く走れる。だから私も余計一生懸命走らなければ先着できない。そういうことね!)

 私は負けるもんですかと言わんばかりに懸命に走り続けた。

 それから私は、走ることに夢中になっていたせいか、途中のことはよく覚えていない。

 でもただ一つ、コーナーを回って直線にやってきた頃には、いつの間にか後ろから足音が聞こえなくなっていることには気がついた。

(よし!先着できるわ!)

 私は確かな手応えを感じながらゴールした。

「バイウェイ!これなら行けるぞ!」

 おにーちゃんはクールダウンをしながら右手で私の首もとをパチンと叩き、自信満々に言ってきた。

 カヤにも先着できたし、レースに向けてお膳立てはできた。私の心には段々と自信がわいてきた。


 しかしコースを引き返している途中、私は何か様子がおかしいことに気がついた。

「あれ?おかしいな。サキとカヤはどうしたんだ?」

 おにーちゃんもその異変には気がついていた。そう、私の後ろから追いかけてくるはずのカヤとおねーちゃんがいなくなっていた。まるでテレポートでもしたかのように。

 ふと見渡してみると、先生の様子もおかしかった。どうやら携帯電話を手に取り、慌しく誰かと連絡をしているようだった。

『何かあったのかしら?』

「ちょっと行ってみようか、バイウェイ。」

『ええ。』

 おにーちゃんからそう言われて、私はゆっくりとコースを逆走していった。

 コーナーの途中では少しずつ人が集まり始めており、どうやら馬の進入を食い止めているようだった。

(何かしら?何か嫌な予感がするけれど…。)

 そう思いながら小走りしていると、やがてコーナーの途中で一頭の馬がその場に立ち尽くしているのが見えた。

『あの馬は?…まさか、カヤ!?』

「じゃあサキはどうしたんだ?乗っていないぞ!」

 おにーちゃんもどうやら嫌な予感を感じ取っていたようだった。

 私達の視界を阻んでいた柵が途切れ、その全景が見えてくると、私は我を忘れて思わず『カヤ!』と叫んでしまった。

 無理もないだろう。カヤは調教中に故障を発生してしまい、左後脚を上げたまま、苦しそうな声をあげていた。

 私が彼女に気をとられていると、今度はおにーちゃんが「サキーーっ!!」と悲鳴のような声をあげてきた。

(えっ!?おねーちゃんが!?)

 私はおにーちゃんの顔をチラッと見た後、その顔が向いていた方向を見た。

 するとそこには一人の人間が、地面の上にうつぶせになって倒れていた。

 あの服装は間違いなく、サキおねーちゃんだった。

 近くにいる人間の数はどんどん増えていき、物々しい雰囲気で

「しばらく調教は中止だ!コースに馬をいれないでくれ!」

「これはひどいな。カヤノキは重傷だぞ。」

「この娘も重傷だ。一刻も早く病院に連れていかないと!」

「救急車と馬運車はまだか!?早く来てくれ!」

 という声が飛び交っていた。

「嘘だろ?カヤが故障して、サキが落馬して…。こんなの嘘だ!夢だ!幻だ!」

 おにーちゃんは50m先で起きている現実が受け入れられず、ひきつった表情を浮かべながら呆然としていた。

『カヤーーっ!!おねーちゃーーん!!』

 私はそう叫びながら、とっさに彼女達のところに駆け寄ろうとした。

 すると、おにーちゃんが手綱を思い切り引き、私を食い止めた。

「ダメだバイウェイ!行っちゃダメだ!」

『何で止めるのよ!カヤが!おねーちゃんが!!』

「分かっているよ!でも行って何になるんだ!みんなの邪魔になるだけだぞ!」

『邪魔も何も、とにかく行かせてよ!』

「ダメと言ったらダメだ!あそこにいる人達に任せるんだ!」

『でも…でも…。』

「バイウェイ…。そりゃ僕だってあそこに行きたいさ。行って、サキとカヤを助けたいさ。でも馬に乗ったままじゃダメなんだよ…。」

 おにーちゃんは涙声になりながらそう言ってきた。

(私だけじゃないんだ…。おにーちゃんも同じ気持ちなんだ…。私も助けたい。でも、言われてみれば確かに何もできない…。ただ野次馬になってしまうだけだ…。)

 私はしばらく時間をかけて我に返った後、やっと冷静に物事を考えられるようになった。

「さあ…、厩舎に帰ろう。」

 おにーちゃんは涙をボロボロ流しながら言ってきた。

『うん…。』

 私は泣きたい気持ちを懸命にこらえながらうなずき、厩舎に向けてゆっくりと歩き始めた。


『バイウェイ、どうしたんだよ。ずいぶん暗い顔をしているじゃないか。』

『それよりどうして一頭で戻ってきたんだ?カヤは一緒じゃなかったのか?』

 厩舎では、何も事情を知らないノア君とアゲイン君が問いかけてきた。

『……。』

『黙ってちゃ分からないよ。話してくれ。』

『まさか、カヤに何かあったのか?』

 私の雰囲気を感じ取ったのだろう。彼らの表情も段々曇ってきた。

『うん…。』

 私は彼らにウッドチップコースで起きたことを打ち明けることにした。


『嘘だろ…。カヤがこんなことになるなんて…。』

『咲さんも落馬して重傷だって!?』

 アゲイン君、ノア君もその現実が受け入れられず、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。

『カヤとおねーちゃん、助かるのかな?ねえ!』

 私はすがるような気持ちで2頭に問いかけた。

『……。』

『……。』

 彼らは何と言えばいいのか分からず、オロオロするばかりだった。

『もしも…、もしも死んじゃったらどうしよう…。』

 そう言いながら、私はとうとうこらえきれなくなり、目からは涙があふれ出した。

『バ、バカ!何言ってんだよ!そんな風に考えちゃダメだ!落ち着けバイウェイ!』

『大丈夫だ!きっと帰ってくる!馬も人間も、そんな簡単にくたばってたまるか!』

 アゲイン君、ノア君は泣きじゃくる私に寄り添い、懸命に励ましてくれた。

 彼らはその後もそばにいて、私が泣き止むまで色々と声をかけてくれた。

 それはありがたかったけれど、それでも私の不安は消えなかった。


 カヤ…。おねーちゃん…。お願いだから、生きて帰ってきて!

 生きて帰ってきて…!!

 私は懸命に神様に向かって祈り続けた。


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