第15話 明暗の分かれた2頭
6月。この月は星厩舎に所属している馬達が次々とレースに出走した。
出走した馬達の成績は次の通りだった。
ヘクターノア… 6月1週 昇竜S(格上挑戦) 1着(中京、ダート1700m、14頭立て、通算3勝目、鞍上は網走騎手、7番人気で勝利)
カヤノキ… 6月1週 昇竜S(格上挑戦) 14着(中京、ダート1700m、14頭立て、鞍上は久矢騎手、ノアと一緒に出走)
ウェーブマシン… 6月2週 500万下 3着(東京競馬場、15頭立て、鞍上は坂江騎手)
そして3週目には、スペースバイウェイとオーバーアゲインの2頭が未勝利戦に出走することになった(スペースバイウェイは牝馬限定戦)。
鞍上はどちらも久矢君だった。
また、2歳馬の4頭は、それぞれの特徴を見極めながら調教が積み重ねられていた。
・トランクハイエスト… 根性があり、血統もいい方なので、これまで良血馬を集めることができずにいた厩舎にとって、まさに期待の星だった。しかし少しオクテのため、デビューは11~12月にずれこみそうな状況だった。
・トランクレッツゴー… 当初は8~9月デビューを目指していたが、どうも脚を気にしながら走っているような素振りを見せていた。さらに大型馬であることを考慮し、思い切って放牧に出すことにした。
・ナイトオブファイア… 晩成のタイプなので、デビューは後になりそうだった。そのため、じっくりと育てていくための調教が行われていた。。
・ソーラーエクリプス… ナイトオブファイアと同じタイプなので、こちらもじっくりと育てていくための調教が行われていた。
星調教師は4頭の馬主と頻繁に連絡を取り、近況について詳しく伝えた。
そんなある日、トランクハイエストの馬主から連絡が入った。
内容は、この馬を栗東の一流厩舎に移したいということだった。
せっかくの期待の馬だけに、星調教師は何とか引き止めようと、懸命に馬主を説得した。
しかし馬主さんは「走りそうならGⅠ勝ちの実績があり、今抜群の成績を収めている厩舎で鍛えてもらいたい。そしてこの馬にGⅠタイトルをもたらしたい。」と言ってゆずらず、結局引き止めることはできなかった。
ただ移籍先は関西の人気厩舎だけに、馬房は常に満タンで、当然空きなどはなかった。
そのため、そこに預けている「トランクキャップ」という馬を星厩舎に転厩させ、交換トレードという形を取ることになった。
トランクキャップはセリで550万円と、トランクハイエストの10分の1近くの値段で買われてきた馬で(ハイエストは5100万円)、目立った短所こそないものの、これと言った長所も見受けられなかった。
そのため、どこをどう伸ばしていけばいいのかこれから模索していかなければならなかった。
村重君と星調教師は厳しい表情を浮かべながらトランクキャップを見つめた。
「先生、本当に悔しいですね。馬主さんに実力があると言ったが故にこんなことになるなんて。」
「残念だが、よくあることだ。競馬の世界にはプロ野球のようなドラフト制度があるわけでもないし。それに同じ預託料を支払うのなら、結果を出している厩舎に有力馬を預けたくなるのは当然のことだろう。」
「とにかくこの馬を鍛えて強くし、賞金を稼いでいくしかないですね。」
「そういうことだ。厩舎というのは厳しい世界だ。厩舎だけに限らず、競馬の世界では馬も賞金も名誉も、集まるところに集まってくる。結果を出せば鬼に金棒だが、ひとたび結果を出せなくなれば泣きっ面に蜂になってしまう。」
「それはそうでしょうけれど、でもこれからも有力馬の引き抜きとかがあったら、本当に心が折れそうになりますね。僕が先生のように調教師になったら、その現実に耐えていけるかどうか…。」
「それでも、お前は調教師になりたいと思っているんだろう?」
「はい。あきらめたくはないです。」
「ならば、どんな現実を突きつけられても、あきらめないことだ。あきらめたら全てが終わってしまう。いいな。」
「はい。頑張ります。」
「では、このトランクキャップを立派な競走馬に育て上げてみろ。」
「はいっ!」
村重君はこれからのことに不安を感じながらも、力強く返事をした。
その週の日曜日、レースに出走するオーバーアゲインとスペースバイウェイが東京競馬場にやってきた。
オーバーアゲインは1レースの3歳未勝利戦(芝2400m)に出走した。
(本来このレースは2レースの予定だったが、9頭立てと少頭数だったため、スペースバイウェイが出走する3歳未勝利戦(ダート1600m、こちらは12頭立て)と入れ替わる形になった。)
スクーグさんは久矢君と作戦について話し合った後、オーバーアゲインを連れてパドックを周回した。
そして地下馬道を通ってオーバーアゲインが馬場に飛び出していくのを見届けた後、スペースバイウェイの所に向かっていった。
3枠3番のオーバーアゲインはスタートすると、1番プロミネンスと2番のトランクパレードを先に行かせて3番手につけ、1コーナーを曲がっていった。
先頭からシンガリまではやや縦長の展開になり、オーバーアゲインの後ろには4番のユーキャンゴーゼアがいて、ちょうど番号順に馬が整列しているような形になった。
「何か、面白い展開になったなあ。このまま行ってくれると本当に笑えるなあ。」
モニター越しにレースを観戦している伸郎は思わず吹き出してしまった。
(その頃、スクーグさんはスペースバイウェイを連れてパドックを周回していたため、この状況を見ていません。)
レースはそれから何の動きもないまま4コーナーまでやって来た。
他の馬に乗っている騎手が手綱をしごき始める中で、久矢君の手は動かないままだった。
プロミネンス、トランクパレード、ユーキャンゴーゼアが少しずつ外に振られていく中で、オーバーアゲインは内ラチ沿いのまま最後の直線に姿を現した。
(よし。絶好の位置につけることができた。後は思いっ切りスパートをしていくだけだ。いくぞ、オーバーアゲイン!)
久矢君は9頭の中で最後にムチを振るい始め、スパートを開始した。
オーバーアゲインはスタミナに物を言わせて伸びていき、坂に差し掛かると先行していた2頭を交わしてついに先頭に立った。
「さすがだな、久矢君。馬の能力を見事に引き出している。」
レースを見ていた星調教師は勝利を確信したように言い放った。
坂を登りきると、久矢君も勝利を確信したのか、手綱をしごくのをやめた。
後方からはユーキャンゴーゼアが懸命に食い下がって2番手まで上がり、オーバーアゲインとの差をじりじりと詰めてきた。
しかしまだ4馬身のリードがあるため、一見すると先頭を狙うと言うよりも、2着を死守しようとしているかのように見えた。
久矢君はその後も馬なりのまま走らせ、結局2馬身半のリードをつけて悠々とゴールインした。
2着はユーキャンゴーゼア。トランクパレードは3着、プロミネンスはシンガリの9着だった。
(よし!これでオーバーアゲインも勝ったぞ!あとはスペースバイウェイだけだ。この勢いで次のレースも取ってやる!)
彼はガッツポーズをしながら馬をクールダウンさせた。
1レースが確定し、記念撮影を終えた久矢君は、服を着替えると急いで2レースの準備をした。
そしてパドックにいるスクーグさんと合流し、オーバーアゲインの勝利を報告した。
「おめでとう、久矢君。」
「どうも。この勢いでスペースバイウェイも勝たせてやるから、待っていてくれよ。」
「うん。楽しみにしているわね。」
2人は短い会話をすると、スペースバイウェイと共にパドックを周回した。
スクーグさんと星調教師は直前のレースを勝った久矢君の勢いに賭けてみることにし、一切の指示をせずに全てを任せることにした。
その彼は、このレースはハイペースになると読み、後方待機する作戦を心の中で描いていた。
レースがスタートすると、まず外からトランクリリーが先頭に立ち、スペシャルデイオフ、ローマンオリンピアが中段につけた。有力馬の一頭であるオーバーカムは後ろから3~4番手辺りにつけ、6枠7番のスペースバイウェイ(単勝4.4倍、2番人気)は後ろから2番目の位置につけた。
「久矢君、前回とは反対の手段に打って出たわね。」
「前回は最後の直線でバテたからな。今度は末脚勝負に賭けたんだろう。」
「そうね。とにかく3歳馬4頭を全て勝たせてあげたいわね。」
「そうだな。今はすっかり仲良しの4頭だからな。」
スクーグさんと星調教師は久矢君とスペースバイウェイをじっと見守った。
その久矢君は4コーナーでスパートをかけ、外から他馬を一気にゴボウ抜きにする作戦に打って出た。
しかし直線入り口で前を走っているスペシャルデイオフとローマンオリンピアがよれたせいで壁になってしまい、不利を受けてしまった。
(わっと!危ねっ!!)
彼はとっさにスピードを緩めて接触を回避すると、素早く外に持ち出し、もう一回スパートをかけ直すことにした。
内からはそれまで脚をためていたオーバーカムがスパートを開始し、スペースバイウェイを含む3頭を一気にゴボウ抜きにしていった。
一方のスペースバイウェイは接触しそうになった影響からか伸びが見られず、一向に順位が上がらなかった。
(頼むバイウェイ!上がれ!1着でゴールしてくれ!)
久矢君はオーバーアゲインの時とは対照的に、坂を登りきった後も懸命にムチを振るい続けた。
レースは末脚をいかんなく発揮したオーバーカムが先頭でゴールした。
逃げたトランクリリーは3着、スペースバイウェイは8着に沈んでしまった。
(スペシャルデイオフは5着、ローマンオリンピアは11着。)
(あちゃーー。不利で走る気をなくしてしまったな…。今回は後方待機を選択したのが凶と出てしまった。今度は前から行くべきだな…。)
彼は馬をクールダウンさせている間、作戦が失敗に終わったことを悔やんでいた。
この時、着順掲示板には審議の文字が点灯していた。
そしてしばらくすると
『ただいまの競争は、4コーナーで、7番、スペースバイウェイ号の、進路が狭くなったことについて、審議を行います。』
という場内アナウンスが流れた。
「審議になったからって、この着順ではどうしようもないわね…。」
スクーグさんは大きなため息をつきながら、引き上げ場所に向かってくる久矢君とスペースバイウェイを見つめていた。
その後、場内アナウンスでは
『ただいまの競争は、4コーナーで、7番、スペースバイウェイ号の、進路が狭くなったことについて、審議を行いましたが、到達順位の通りに確定します。』
という声が流れ、審議の文字は確定に変わった。
(※なお、2013年から審議の定義が変わったため、現在は審議の対象にはならないと思います。)
レース後、厩舎に戻ったオーバーアゲインとスペースバイウェイはそれぞれ放牧に出されることになった。
だがその理由は全く対照的なもので、オーバーアゲインは未勝利を脱出したご褒美。
スペースバイウェイはこれまでのハード調教のツケが回ってしまい、疲労困ぱいになっていたが故の放牧だった。
(まずいわね。未勝利戦がなくなるまであと3ヶ月しかないのに、この状況になるなんて…。とにかくオーナーの道脇さん達には早く疲れを取ってもらって、できるだけ早くここに戻ってきてもらわないと…。)
スクーグさんはスペースバイウェイが乗っている馬運車が厩舎から出ていくのを見ながら、はやる気持ちを必死に抑えていた。
あと3ヶ月…。仮に1ヵ月後に戻ってくれば、今度レースに出られるのは8月末。それで勝てなければ残るは9月のみ。
つまりチャンスはあと2回しかない。
すでに未勝利を脱出したオーバーアゲインは、これからじっくりと調教して育てていくことができる。
しかしスペースバイウェイはこれから熾烈な残留争いに巻き込まれることになる。
今日のレース結果が大きな分岐点になったことを、彼女はまざまざと思い知らされていた。
3歳6月の時点におけるスペースバイウェイの成績
7戦0勝
本賞金:0円
総賞金:180万円
クラス:未勝利
名前の由来コーナー その12
・トランクキャップ(Trunk Cap)(オス)… 「トランク」は冠名。「キャップ」は父親が「オグリキャップ」だったことに由来します。現実の競馬では活躍馬を輩出できませんでしたが、せめてゲームの中でと思い、この名前にしました。
追記
僕はゲームの中で、競走馬のデビュー前に厩舎を変えるということは度々行っています。
ただし、キノ牧場とトランク牧場ではその目的が異なります。
・キノ牧場… 各厩舎の戦力や勝利数をなるべく均等にする。
・トランク牧場… 好成績を残している厩舎に有力馬を送り込む。
つまり、キノ牧場では所属している馬が好成績を収めると、それからしばらくの間有力馬が来にくくなり、結果が残せていない厩舎にいきなり有力馬がやってくることがあります。
一方、トランク牧場では最初こそキノ牧場と同じやり方でしたが、途中からは本編にもあるとおり、所属している馬が好成績を収めれば鬼に金棒、そうでなければ有力馬が来にくくなり、来てもデビュー前に引き抜かれてしまうなど、泣きっ面に蜂となるやり方に変えました。
現実の競馬ではトランク牧場のやり方がまかり通っているだけに、本当に競馬の世界は厳しいものだなと実感しています。




