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第10話 Help me, Dad

 ここではスクーグ咲さんが両親と会話をするため、「スクーグさん」ではなく、「咲」という表記にしています。

 なお、彼女は母親と話す時は日本語ですが、父親と話す時には英語で会話をしますので、あらかじめご了承ください。


 スペースバイウェイは3戦走って79馬身差という、あまりにも屈辱的な現実を突きつけられたまま、失意の底で育成施設に放牧に出されていった。

 一方、星厩舎では12月にも関わらず、今年はたった1勝(2月のウェーブマシン、未勝利戦)しか挙げられず、とうとうリーディング・トレーナーランキングで最下位になってしまったことに頭を痛めていた。

 当然、2歳馬はみんな未勝利の状態だった。


 ある日の午後、厩舎での仕事を終えたスクーグ咲さんは、寮にある自分の部屋に戻るとすぐに国際電話でハワイにいる両親と連絡を取ることにした。

 時差が-19時間ある現地はすでに夜になっていたが、幸い向こうの家には彼女の母親、スクーグ桜さんが家にいたため、電話はすぐに通じた。

『Hello.』

「もしもし、お母さん。」

『あっ、咲。久しぶりね。しばらく連絡していなかったけれど、元気だった?』

「うん…。」

『どうしたの?元気なさそうじゃない。』

「ちょっとね…。」

 咲はうつむいたまま返事をすると、そのまま黙ってしまった。

『何か悩みでもあるのなら、話してちょうだい。そのためにうちに電話したんでしょ?』

「うん…。」

 咲は少し迷いながらも、自分が管理しているスペースバイウェイのことを打ち明けた。

 桜はその話を一言たりとも聞き逃すまいと、真剣に聞いていた。

「そういうわけなのよ。オーナーの道脇さん達は、こんな状況でも私のことを叱りもせずに我慢して見守っていてくれるから、何とか期待に応えたいんだけれど…。」

『あなたも苦労しているわねえ…。』

「うん…。ねえ、お母さん。スペースバイウェイのこと、どう思う?」

『何だかあなたの幼い頃を思い出すわねえ。』

「やっぱりそう思う?」

『ええ。体が弱くて大変な思いをしたことは似ているわねえ。あなたがそのスペースバイウェイという馬のことで頭を痛めるのも無理はないでしょうねえ。』

「うん…。それでね、私…、スペースバイウェイを鍛えて強くしたいと思っているの。私が幼い頃、お父さんが私を鍛えて強くしてくれたように。でも…。」

『でも、何?』

「…。」

 咲は少し黙った後、坂江陽八騎手に

『確かに鍛えて強くするしかありませんが、ミホノブルボンのようなスパルタ調教でないと勝つのは難しいでしょうね。』

 と言われたことを打ち明けた。

「でもね、今の私にはそこまでして調教する覚悟が持てないの。体の弱い馬にスパルタ調教をしたら故障の原因になるだけだし、オーナーさんや馬に迷惑をかけるだけだから。それでね、私、お父さんが私を鍛えてくれた時にどのような気持ちでいたのか知りたいの。それを知った上でスペースバイウェイを鍛えたいの。」

『そう…。咲の気持ちはよく分かったわ。それじゃ、アーロンが帰ってきたら連絡を取るように伝えておくわね。』

「ありがとう、お母さん。それで、お父さんはいつ頃帰ってくるの?」

『そうねえ…。あと1時間もすれば帰ってくると思うわ。だから部屋で待っていなさい。』

「分かりました。じゃあ、電話切るわね。」

『じゃあね、咲。』

 桜はそう言って会話をしめくくり、電話を切った。


 アーロンからの連絡を待っている間、咲は部屋で自身の幼い頃のことを思い出した。

 それは彼女がとても小柄な上に病弱で、医者からは20歳まで生きられるかどうかと宣告され、両親が頭を痛めていた時のことだった。


『咲、ごめんね。あなたを体の弱い子に産んでしまって。でも私達が守ってあげるから、安心して。もしデイケアセンターでいじめを受けたりしても、必ず守ってあげるからね。そうでしょ?アーロン。』

『No、Sakura!It won’t do if we just protect her! She has to be stronger by herself.(ノー桜!守るだけではだめだ!彼女が自分で強くならなければ。)

『そんなこと言っても、じゃあどうすればいいの?』

『We’ll take her to the mount climbing to train her.(彼女を鍛えるために、山登りに連れていく。)』

『山登りって、まさか咲に自力で登らせるわけじゃないわよね?』

『Yes!She has to climb by herself!(そうだ。彼女が自力で登るんだ!)』

『そんなこと、できるわけないじゃない!』

『Yes, she will!Saki will if we believe!(彼女ならできる!我々が信じれば咲はきっとできる!)』


 桜が反対する中、アーロンはゴリ押し気味に3人で山登りに行くことを決めた。

 その週末、3人は車で中腹まで行った後、徒歩で頂上を目指した。

 山登りと言っても、標高はそれ程高くはないため、アーロンと桜の2人にとってはそれ程大したものではなかった。

 しかし咲は案の定すぐに疲れて遅れを取ってしまい、なかなか前には進めなかった。

 桜はその姿を見て何度も手助けをしようとしたが、アーロンはその度に止めに入り、咲に自力で登らせようとした。

 一方の咲は、最初は父親にせかされながら何とか前に進んでいた。

 しかし、途中でとうとう耐え切れなくなり『I can’t climb any more,(もう登れない。).』と言いながらその場にへたり込んでしまった。

『大丈夫?さあ、お母さんと一緒に登りましょう。』

 見かねた桜は咲のもとに歩み寄り、手を差し伸べようとした。

 すると突然、背後から

『No, Sakura!Don’t help her!Saki needs to overcome this obstacle to be stronger!(だめだ、桜!手助けをするな!咲が強くなるためには自分でこの壁を乗り越えるんだ!)』

 と、厳しい声が飛んできた。

『だってアーロン、やっぱり無茶よこんなこと!』

 桜は懸命に抵抗をしたが、アーロンは頑として態度を変えなかった。

 すると咲は両親が口論する光景を見て、精神的にも耐え切れなくなり

『I hate Da――d(お父さん嫌――い)!!』

 と叫びながら泣き崩れてしまった。

 その姿はアーロンと桜にとっても心が痛む光景だった。

 結局、3人は頂上まで登ることなく、山登りは途中で打ち切りになってしまった。

 咲にとっては、父の厳しい表情と口調ばかりが印象に残る結果となってしまった。


(あの時のお父さんは確かに厳しかった。その後も私はお父さんに色々と鍛えられた。一時はお父さんを恨んだこともあるけれど、でもあのおかげで私は少しずつ強くなっていって、無事に大人になることができた。だからこそ、私はスペースバイウェイを鍛えて強くしたい。)

 彼女は部屋の片隅に座りながら、何度も過去の日々を振り返っていた。


 それから40分程経過した頃、部屋の置き電話が音を立てて鳴り出した。

 スクーグさんはすぐに受話器を取った。

「もしもし。」

『Hello, Saki.』

「Oh, hello Dad.」

『Thank you for making a phone call. I’ve heard everything from Sakura You really want the horse, named Space Byway, to be stronger, don’t you?(電話ありがとう。話は桜から全て聞いたよ。本気でスペースバイウェイという馬に強くなってほしいんだって?)』

「Yeah. But I don’t know how to train Sapce Byway well and I’m at a loss now. Therefore, I want to understand how dad felt when you trained me to overcome this situation.(うん。でもスペースバイウェイをどのように調教すればいいのか分からなくて、途方に暮れているのよ。だからこの状況を打破するために、お父さんが私を鍛えてくれた時、どのように考えていたのかを理解したかったの。)」

『OK. I’m going to tell you something.(オーケー。教えることにしよう。)』


 アーロンはそう言うと、まず咲が幼い頃、3人で初めて山登りをした時のエピソードについて話してくれた。

 彼はあの時、口では頂上まで行けると言ったものの、内心では辿り着けるとは考えていなかったことを打ち明けた。

 しかし、体が弱いからできなくても仕方ないと考えてしまうのではなく、登れなくて悔しいと考えてほしかったこと。

 そして最初は達成できなくても、努力していつか登りきれるようになって、自分に自信を持ってほしかったことを話した。

 さらにはアーロン自身が体の弱い子に産んでしまったことを申し訳ないと思っていたこと、娘を強くして、医師の宣告を覆すことが自分達にできる償いだと思っていたことを打ち明けた。

 アーロンはさらに普段から「Chin up.」や「I’m strong.」、「I can do.」など、前向きな言葉を言うクセをつけてほしいと思っていたことや、笑顔を忘れないでほしいこと、最後まであきらめないでほしいと常々思っていたことも話してくれた。

(Dad, it was you that thought about me most.(私のことを一番考えてくれたのはお父さんだったんだ。)

 父親のアドバイスには自身が初めて知ったこともあっただけに、彼女にとっては大きなものだった。


 咲は翌日もアーロンと電話で話し、父親から教わったことについて話し合った。

 話した内容は次の通りだった。


・アーロンからたくさん食べて運動し、少しでも大きな体に成長できるように指導されたこと。(その結果、身長は最終的に150cmまで伸び、小柄ながらもみんなの前で堂々としていられるようになった。)

・咲が日本の学校に入学した時、最初は母の旧姓を使って「寿 咲」と名乗っていたが、アーロンはすぐに「スクーグ 咲」と名乗るように勧め、アメリカと日本をつなぐ架け橋になるべき人間だと主張するように言われたこと。

・物事を色々頼まれた時に、やらされていると考えるのではなく、やらせてもらっている、自分が必要とされていると考えるように言われたこと。

・彼女は体が小さいことをしきりに気にしていたが、背が大きい人にも悩みがあると考えるように言われたこと。

・体が小さい人の方が向いている職業はきっとあると考えるように言われたこと。(これがきっかけで、彼女は競馬の世界に足を踏み入れることになった。)


 そのようなことを話し合っているうちに、最初は途方に暮れていたれていた彼女の心に変化が見えてきた。

『Saki, your voice has been completely changed.(咲、声が明らかに変わったな。)』

「Did you notice it?(気がついた?)」

『Yeah. It seems you acquired some clues.(ああ。何か手がかりをつかんだようだな。)』

「Yes. I’ve got some ideas owing to your advice. I’ll talk about them in tomorrow’s meeting.(うん。お父さんのアドバイスのおかげでいくつものアイデアが浮かんだわ。明日のミーティングで話してみるわね。)」

『Good for you.If you need any helps, please let me know.(それは良かったな。また何か助けが必要ならいつでも知らせてくれ。)』

「Thank you, dad. I like you very much.(ありがとう、お父さん。大好き。)」

『Me, too, Saki. Good luck.(僕もだ、咲。幸運を祈っているぞ。)』

「Thanks.」

 咲は話が終わると、うれしそうな表情を浮かべて受話器を置いた。

(さあ、明日このことを先生や久矢君、村重さんの前で話してみよう。お父さんが私のためにやってきたことがスペースバイウェイに応用できるかどうかは分からないけれど、やってみるしかない!)

 悩みから解放された彼女は、気合いを入れながらそう考えた。


 名前の由来コーナー その7


・アーロン(Aaron)… 僕が英会話でお世話になった人のファーストネームをアルファベット順に並べた時、最初に来る名前を選びました。(ちなみに最後はZyan。)


さくら… 咲とリンクするような名前にしようと考えた結果、「桜咲く」から命名しました。


寿ことぶき… 何かおめでたい駅名を桜さんの旧姓に使おうと考えた結果、富士急行の「寿駅」から取りました。


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