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第9話 79馬身という現実

 この章ではスペースバイウェイ目線で物語が進行します。

 また、馬と人間が会話をする設定になっています。

 前走で再びタイムオーバーになってしまった私は、次走に向けて調整しているさなかで体調を崩してしまった。

 そのため、しばらくの間食欲が落ちて馬体重が減り、充分に運動ができないまま過ごすことになってしまった。

 その間、カヤノキや、憎きヘクターノアとオーバーアゲインは順調に調教を積み重ねていた。

 ノアは相変わらず私をいじめて楽しんでいた。

 アゲインも(ノアにそそのかされる形ではあったが)私に冷たく当たっていた。

 その頃、1歳年上のウェーブマシンさんは右前脚に不安が発生し、6歳のホーソンフォレストさんは疲労のために2頭とも放牧に出されてしまった。

 幸い、サキおねーちゃんが私の味方になってくれたことが救いだった。

 しかし彼女がいない時には、誰もノアとアゲインを止めることはできなかった。

 唯一の頼みの綱であるカヤは、巻き添えになるのが怖いのか、私とどう接すればいいのか分からないようだった。そのため、結局私は一頭で耐えるしかなかった。


 楽しいと思えることがほとんどない中、私は11月の終わりになってようやく調子が上向いてきた。

 その日、サキおねーちゃんは私のところに来て

「スペースバイウェイ、今度12月に行われる中山競馬場、ダート1800mの2歳未勝利戦に出走するわよ。少頭数になるはずだから、あんたにもチャンスはあるわ。だからレースに向けて気持ちの準備をしておいてね。」

 と言ってきた。

『ええっ?またレースに出るの?』

 私は過去2戦ともタイムオーバーという惨めな惨敗を繰り返してきただけに、まだ素直にレースに出たいという気持ちになれずにいた。

「もちろん。だってあんた達はレースで走るためにここにいるわけなんだから。馬主さん達も月60万円の預託料を支払い、私達を信じてここに預けてくれた以上、私達はあんたを勝たせることが使命よ。だから頑張ってちょうだい。Chin Up, Byway, OK?」

 おねーちゃんはそう言いながら私にハッパをかけてきた。

(そんなこと言われても、私のような弱い馬がレースになんて勝てるわけがないわよ…。)

「バイウェイ!弱いなんて考えちゃダメ!You can be strong!Do you understand?」

 私が首をひねって考え事をしていると、おねーちゃんは突然表情を変えてそう言ってきた。

 私は思わずビクッとした。どうやら気持ちがお見通しだったようだ。

「いい?もう一度言うけれど、レースに向けてきちんと準備しておきなさい。こちらもやれるだけのことをしておくから。」

 おねーちゃんはそう言って私の世話を済ませると、今度はカヤの世話をしに行った。

(You can be strong!なんて言われても…。調教で私よりいいタイムを出しているカヤ、ノア、アゲインでさえもまだ未勝利なのに…。)

 私はやっぱり前向きな気持ちにはなれなかった。


 しかしいくら考え事をしても時間は待ってくれず、2歳未勝利戦に出走する日はやってきてしまった。

 レースは9頭立てと少頭数だった。

(というより、おねーちゃんがわざわざ少頭数のレースを選んでくれたため、こうなったというのが本当だった。)

 今回私に騎乗するのは、坂江陽八という騎手だった。

「バイウェイ。今日はこの人に依頼をしておいたわ。彼はすでにGⅠを何勝もしていて、今年のジャパンカップも勝っている、関東では指折りの騎手だから、きっとあんたの力をうまく引き出してくれるわよ。」

 おねーちゃんは前向きな表情で私に語りかけると、「さあ、Let’s Go!」と言って、私をつないでいる手綱を引き、6番のトランクベニーに続いてパドックの周回を始めた。

 7枠7番に入った私は、単勝42.2倍の最低人気だった。

(やっぱり私なんかレースに出ればこうなる運命なのよ…。)

 私は電光掲示板で厳しい現実を突きつけられながら、パドックを歩いた。

 おねーちゃんが坂江騎手に出した指示は、なるべく前に行ってほしいということ。そして他馬を怖がるため、馬群の中に入ることはできるだけ避けてほしいということだった。

「では、少しでも上の順位になれるよう、精一杯がんばってきます。」

「お願いします。スペースバイウェイに明るい未来を授けてください。」

「了解です。」

 坂江騎手は短い会話を交わすと、「さあ行くぞ!」と言って、私に気合いを入れた。

『はあい…。』

 私は渋々返事をした。すると「気合いを入れろ!」という厳しい一言が飛び、ムチが一発ビシッと入った。

『はいっ!』

 驚いた私は思わずそう叫ぶと、コースに入ってレース前のウォーミングアップに入った。


 正面スタンド前のゲートからレースがスタートすると、まず5番人気のライジングホースが先頭に立ち、2番人気のトランクリベラがそれに続いた。

 1番人気のトランクベニーはピッタリと私の右側を走り、左側には大外から発走したタマモロッジが逃げるように私を追い抜いていった。

(馬群、怖いっ!)

 2頭の馬に挟まれた私は思わず心の中でそう叫んでしまった。

 しかし、そこは私の気持ちを察知した坂江騎手がうまくなだめてくれた。

 正面の直線を走っている時、4~5番手辺りにいた私は、1コーナーに差し掛かるとコーナーワークで徐々に順位を下げていった。

(※コーナーワーク:横に並んで走っている馬がコーナーに差し掛かると、内を走っている馬が前に行き、外を走っている馬が後ろに行くこと。)

 一方のタマモロッジとトランクベニーはコーナーで馬群に割り込んで内に入っていき、コーナーワークによる影響を最小限に食い止めようとしていた。

(何よ、この馬!ずるい!)

 私は心の中で嫉妬しっとしながらも、馬群に入っていく勇気がなく、結局外を回り続けた。

 2コーナーを回りきり、向こう正面に差し掛かった時、先頭はトランクリベラに変わった。

 トランクリベラはその後もどんどん加速し、後続との差を広げていった。

(注:実際にはかかっています。)

 2番手に下がったライジングホースはトランクリベラを追いかける素振りも見せず、マイペースで後続を引きつけていた。

 トランクベニーは最内を走るユーキャントライと並走しながら中段につけていた。

 一方、私はコーナーワークが響いて8番手にまで下がってしまい、後ろには出遅れたシーラカンスしかいなくなってしまった。

「このままではまずい。内に入るぞ。」

 坂江騎手は私にそう指示を出し、手綱を右に引っ張った。

『嫌っ!』

 私は思わずそう言って指示を拒んだ。

「コーナーで距離をロスするだけだぞ!さあ、内に入るんだ!」

『やっぱり怖いっ!』

「…。」

 結局坂江騎手は指示をあきらめ、私達は外を走り続けた。

 案の定、3コーナーに差し掛かると再度コーナーワークの影響を受け、内につけていたシーラカンスにも抜かされてついにシンガリになってしまった。

 私は再々度内に入るように指示を受けたが、やっぱりできず、外を回ったまま最後の直線に差し掛かった。

 すでにトランクリベラはかなり先に行っており、勝つのは絶望的な状態だった。

 それでも坂江騎手はビシバシとムチを入れ、私をスパートさせた。

 まるで「3度もタイムオーバーになることは許さん!最後まで全力で走れ!」と言っているようだった。

 すでにバテていた私は、心の中で悲鳴を上げながらも、必死に走り続けた。

 先頭は直線の坂で脚が止まったトランクリベラが一気に後退していき、一瞬ライジングホースが先頭に立った。

 しかしユーキャントライ、トランクベニー、タマモロッジが並んで交わしていき、3頭による先頭争いになった。

 勝つのはユーキャントライか?トランクベニーか?タマモロッジか?

 観客がかたずを飲んで見守る中、まずユーキャントライが頭一つ抜け出した。

 しかしすぐにトランクベニーが追い上げ、2頭が並んだところがゴールだった。

(勝負は写真判定に持ち込まれた。)

 最後まで先頭争いを繰り広げたタマモロッジは、一瞬遅れて3番目にゴール板を通過していった。

 その後にはライジングホースが4着、シーラカンスが6着と続き、トランクリベラはまたも人気を裏切って7着に沈んだ。

 一方の私は最後の直線で先頭からどんどん引き離されていき、また大差をつけられてしまった。

 すでに何も考えられないほど息が切れていた私は、周りの景色がぼやけて見えてしまい、どこがゴールなのかも分からない状態だった。

 ふと、場内からは大きなどよめきが起きているような気がしたが、そんなことを気にしていられる状態ではなかった。

 結局、坂江騎手が手綱をしごくのを止め、減速するように指示を出したことで、私はようやくゴールしたということが分かった。

 ゴール後はもう脚が前に出ず、まるでつったような状態だった。

(要するにハ行です。)

 走り終えたことでようやく周りの景色が見えてきた私は、まだどよめきが続いていることが不思議に思えてきた。

『何…かしら…?ハア…ハア…。』

 そのどよめきの原因を探るべく、辺りを見渡してみると、1頭だけ騎手が下馬し、その場に立ち尽くしている馬が見えた。

 立ち尽くしているのは…、何とユーキャントライだった!

 乗っていた騎手は右手を上げながら「早く馬運車を!」と叫んでいた。

 どうやら馬に故障が発生したようだった。

 現に、ユーキャントライは右後ろ脚を上げながら、『助けて…。』苦しそうな声をあげていた。


 勝負は写真判定の末に1着がユーキャントライとなり、トランクベニーはハナ差の2着に敗れた。

 しかし、ユーキャントライが痛々しい姿を見せ、馬運車に乗せられて運ばれていく光景を目の当たりにしたため、喜ぶ人はほとんどいなかった。

 一方の私はシンガリの9着に沈んでしまった。


 引き上げ場所に戻ってきた坂江騎手は、厳しい表情を浮かべながら星先生やおねーちゃん達にレースで感じたことを色々と話した。

 当然、前向きなコメントなどはなかった。

 せめて一つ挙げるとすれば、タイムオーバーにならなかったことくらいだった。

 しかし3戦走って1着馬からつけられた着差は合計79馬身(28馬身+31馬身+20馬身)にもなってしまったため、走れば走るほどおねーちゃんの気は重くなっていった。

「以前より少しは着差が縮まったとはいえ、このままではダメですね…。坂江さん。この馬、鍛えて強くするしかないんでしょうか?」

 おねーちゃんはうつむきながら、顔だけを坂江騎手の方に向けて言った。

 私としては「おねーちゃん、こういう時、私によくChin up.って言っているくせに。」と言いたくなる光景だったが、それさえも忘れてしまう程彼女はショックを受けていた。

「確かに鍛えて強くするしかありませんが、ミホノブルボンのようなスパルタ調教でないと勝つのは難しいでしょうね。しかしスペースバイウェイは元々丈夫な馬というわけではないですから、強くなる前に壊れてしまう可能性の方が高いです。それでも勝たせるためには、それを覚悟の上で鍛えぬくしかないでしょう。」

「…そうですか…。」

 おねーちゃんは下に伸ばした両手を握りしめ、わなわなと震わせていた。そしてついにこらえ切れなくなったのか、目からは涙があふれ出した。

「咲さん、君には酷な言い方をしてしまったかもしれませんが、どうか現実を受け止めてくれませんか?」

「…はい…。」

 おねーちゃんは震えた声でそう言うと、人目もはばからずに泣き出してしまった。

 その様子を坂江騎手は何も言わずにじっと見つめていた。

 星先生もおねーちゃんを叱ろうとはせず、ただ悔しそうな表情で彼女を見つめていた。

 競走馬として生き残るためには鍛えるしかない。しかし、私の体が壊れてしまう可能性の方が大きい…。

 私にとっても、おねーちゃん達にとっても重過ぎる現実を突きつけられ、私自身どうすればいいのか分からなくなった。

 かといって、3戦走って79馬身という屈辱を背負った状態では、繁殖牝馬という立場に逃げるわけにもいかない。

 八方ふさがりの状態の中、私はふとおかーさんのことを思い出した。

 おかーさん…。どうして私を産んですぐに死んでしまったの?

 あれから私がどんな目に合ってきたか分かっているの?

 牧場で寂しい日々を送り、セリでも買い手が付かず、十分に成長できないまま競走馬になって、こんな屈辱的な結果しか残せなくて。挙句はノアとアゲインにいじめられて…。

 私、こんな目に合うためにこの世に生を受けたわけじゃないのよ!

 おかーさんのバカ!いるなら私の前に出てきて謝って!

 そしてどうか私を助けて!

 私、今まで色々我慢してきたけれど、もう耐え切れない!

 助けて、おかーさん!

 お願い…!!


 2歳12月の時点における私の成績

 3戦0勝

 本賞金:0円

 総賞金:0円

 クラス:未勝利


 名前の由来コーナー その6


・ライジングホース(Rising Horse)(オス)… この馬は小説オリジナルの馬で、名前は読者の方から寄せられたものです。その人の話では出世する馬という意味と、雷神のような馬という意味をかけているそうです。どうもありがとうございました。


・トランクベニー(Trunk Benny)(オス)… 「トランク」は冠名、「ベニー」は「星野求次の英会話ジョーク」に登場するベニー先生から取りました。なお、このレースでハナ差の2着に敗れた後、屈ケン炎を発症したため、休養を余儀なくされてしまいました。


・ユーキャントライ(You Can Try)(メス)… 母が「メイビーユーキャン」だったので、「ユー」と「キャン」を使って命名しました。なお、メイビーユーキャンはこの馬(父:ヒシマサル)を受胎した状態でセリに登場し、4500万円で落札しました。良血馬の割には安く買えたため、最初は喜んでいたのですが、この馬はSecretariatの2×3、Bold Rulerの3×4、Nasrullahの4×5、Princequilloの4×5、Nearcoの5×5×5のクロスを持っており、かなりの近親交配でした。当然競走馬としては戦力にならず(13着、9着、8着、9着)、5戦目のレース中に故障を発生して帰らぬ馬になってしまいました。これではあまりにもかわいそうだったため、作中では一瞬だけでもスポットライトを浴びさせてあげることにしました。


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