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アルツハイク  作者: トレト
第一章 
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第一話 最強の戦士

 両手に持つ大剣で敵を薙ぎ払う。するといとも簡単に体が千切れ、吹き飛ぶ。たったそれだけで、数人の命を奪った。

 斬りかかる敵の首を掴み、地面に叩き付ける。激しく血が噴き出し、敵の頭が潰れ、やはり死んだ。

 青年は、悲しい目で死んでいく敵を見ていた。それは同情などではない。ただ、敵の弱さに嘆き悲しんでいたのだ。つまり、己のため。

 気付けば青年の周りは死体だらけだった。殆ど、青年が殺したものだ。

 青年の近くにいた自軍の兵士は歓声を上げている。青年は思った。ああ、これでまた生き延びてしまった、と。

 仲間が喜びに身を任せている時、青年は一人悲しんでいた。




 青年の名はガンドと言う。母国語で強さを表す名だ。ガンドは名の通り強かった。幼少の頃から魔術を操り、大人を素手で倒すほどに力があった。そのため齢十二にして軍に入り、剣術を磨いた。

 十六にもなると、誰も相手にならないほどに強くなり、戦争では英雄と謳われた。

 しかし、ガンドは辛くなっていた。敵がいない、それなのに益々強くなっていく。それが辛かったのだ。だが、ガンドの成長はとどまることを知らない。戦争に参加すれば傷一つ付くことなく千人以上を殺してしまう。次第にガンドは『おに』と言われ、他国に恐れられ、味方もガンドの傍に寄りつかなくなってしまった。

 そしてガンドはそこで初めて死にたいと思った。だが、戦いに出なければ自分より強い者とは出会えない。だから、戦いに身を投げているのだ。己を殺してもらうために。

 


 ――アドウ国――


 アドウ城王の間。そこでガンドはバルフ王と対面していた。ガンドは黄土色の深い色をした鎧に身を包み、腰に二本の曲を成したサーベルを携え、背中には両刃の黒剣を背負っている。

 黒髪に鋭く光る金色の瞳。ガンドの姿は威圧を感じる程に迫力があった。

 しかし、そのガンドに負けないほどにバルフ王も貫禄を持っていた。顔中に刻まれている傷痕。それは左目に入っており、王が隻眼だと分かる。だが、右目だけでも相手を萎縮させるような闘気をバルフ王は放っていた。

 二人が漂わせる重い空気に、一般兵達は唾を飲む。

 先に口を開いたのは王だった。


「ガンドよ。此度の戦い、実に見事であった。何か褒美を遣わそう。何が欲しい?」

 

 手を組み、低音の声で王は言う。肉体的にもそうだが、王からは老いというものが感じられない。若者よりも力強く存在している。


「王よ、私が求めているのは私より強い誰かと戦って死ぬ事です。それ以外欲しいものなどありませぬ」

 

 ガンドは王の問いに答えながら、自分の要求を述べた。

 王はその言葉を聞き、意味を理解した。そして静かに首を振る。


「それはならん。儂は一国の王。自国の強力な戦力と剣を交えたりなどしない。諦めよ」


 ガンドの要求は王と戦うこと。このアドウ国で唯一戦っておらず、強者の気を纏うもの、それが王だった。

 王ならば自分を殺せるかもしれない。そんな思いが、ガンドの胸の内にあった。

 しかし、要求は断られた。たとえ食い下がっても聞き入れてはくれないだろう。そう思い、ガンドは扉に向かって歩き出す。

 自分の背中に突き付けられる視線が王のものだとは分かったが、それにどんな意味があるのかが、ガンドは分からなかった。

 

 王の間を出たガンドは城の長い廊下を歩いていた。すると、背中に衝撃が走る。


「おら、ガンド! お前また千人斬りしたんだって? 今も王の間から出て来ただろ!!」

 

 陽気に話しかけてくるこの男、名をザルディオと言う。緑の髪をオールバックにし、耳にピアスを付けている。

 ザルディオはガンドが十四の頃軍に入り、同じ年齢なのもあってかすぐに仲良くなった。その仲はガンドが孤立した時から今でも変わらず続いている。そのためガンドもザルディオだけには心を開き、接していた。二人はお互いが親友だと認め合っているのだ。

 ザルディオは剣術に長けている。模擬戦でガンドに負けはしたものの、その腕は確かなものだ。これは王からも認められているほど。


「そっちは敵の砦を落としたらしいな。そっちの方が大したもんだよ」


 普段笑顔を見せないガンドも、ザルディオと話している時は笑みを浮かべる。

 ガンドはまだ十八歳。最強の剣士、という点を除けばただの子供。同年代の、普通の友達が必要だった。ザルディオも同じだ。ガンドのような信頼し合える友がいなければ戦場を駆け回ることなど出来ない。

 二人とも、それが分かっていた。


「ああ、でもあれはカッジさんが……って、ああ!!」


「?」


「悪い! 俺、作戦会議に出なきゃいけねえんだ。もう行くよ!!」


 そう言ったザルディオは片手でガンドに謝り、走って行ってしまった。

 ガンドは特に気にする様子も無く、明日も続く戦争のために自室へ睡眠を取りに行く。

 傷は付かずとも疲弊はする。激戦続きの毎日に、ガンドの体は疲労が溜まっていた。鎧や武具を取り外し、軽装に着替える。

 ベッドに飛び込むように寝ると、次第に睡魔が襲ってくる。ガンドはそれに抗う事無く、眠った。



 うっすらと、靄がかかっているような世界にガンドはいた。

 見えるのは女性の姿。優しく、こちらに微笑みかけるその姿はあるはずの無いもの。それに気づいた瞬間、目が開いた。

 体を起こし、辺りを見渡す。窓の外を見ればまだ日は出ていなかった。

 

(母さん……だよな?)


 ガンドの母はガンドが赤ん坊の頃に病で死んだと聞かされている。そのため、母を覚えているはずが無い。あれは、ガンドが思い描く自分の母だ。だからなのか、いつも夢の中では顔が見えず、喋らない。

 父親は行方知れずとされている。つまり、ガンドには両親がいない。

 孤児院で育ち、そこで捨てられるようにして軍に渡された。それぐらいしか、ガンドには思い出が無いのだ。


(……顔を洗おう)


 ガンドは余計な考えを消すため、洗面所へ行った。



 

「第一班は右へ迂回し、敵陣営の横を突け! 第二班は中央で敵をかく乱し、第一班を手助けしろ!!」

 

 指揮官の気合を入れるために張られた大声に、兵士たちは大声で返す。

 ガンドは今、第一班十三列隊目の後方にいる。横には第二班一列隊目のザルディオもいた。


「ウォット国も何で急に仕掛けて来たのかねえ。そう急ぐタイミングでもないだろうに」


 ザルディオの疑問と同じことをガンドも思っていた。

 此処はアドウ国の領地。ウォット国にとっては慣れぬ土地だ。そこで守らず踏み込むんでくる辺りに疑問を持っていた。


「まあ、今は作戦を成功させることだけを考えてれば良いんじゃないか?」


「……そうだな!」


 もうすぐ二班が分かれる道が来る。ここで相手に動きがばれると二班は孤立状態となってしまう。それだけは避けなければならない。

 ザルディオはそう考えていた。実質、この二班が孤立すればアドウ国は圧倒的不利な位置に立たされる。

 この自分たちの庭で、それは許されない。後ろには民がいるのだから。

 ザルディオは決意を固め、気を引き締める。その表情は、十代の子が見せるには早いものだった。


「頑張れよ! 絶対死ぬんじゃねえぞ!!」

 

「…………ああ」


 二人は言葉を交わし、別々の道をゆく。


(すまんな、ザルディオ。……俺は死ぬために戦場へ来てるんだよ)


 心の中で謝罪し、道を進む。

 坂道を登り、少し高いところから平野を見渡せば、そこには大勢のウォット兵がいた。自軍も敵軍も、お互いの姿を確認するとそれぞれが雄叫びを上げる。それは、開戦の合図だった。
































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