●32 タイム・アフター・タイム
お泊まり会と登校日の放課後、ほぼ四日間をまいちと共に過ごし、充実の夏休み。迎えた山登りの日。母は夜勤なので昼食を一緒に食べてから出かける準備。
事前にいろいろ調べてあるが、登る方法、徒歩かロープウェイかをまだ決めていない。ロープウェイだとものの数分で展望台まで行ける。徒歩だと30分くらい、わたしの足だともう少しかかるかもしれない。
よしつねに聞いたらおそらくどちらでもいいと言うだろうから、わたしが決める。できれば徒歩が良いけれど登れるだろうか、途中で倒れないだろうか、あのときみたいに。予報では真夏日でもある。でも絶対に助けてくれるだろうという確信がある。
徒歩で行くことにして、まいちに選んでもらった黒のバンツと白いシャツを着る。勾玉も持っていく。ペットボトルの水、日傘、タオル、ペンなど、それに伝えないといけないことをひとまとめにしてトートバッグに詰め込む。
御代史堂へ、シャッターは閉まっているが、右脇の玄関への道付近に、白いTシャツに黒いパンツのよしつねが立っているのが見える。駆け寄る。
「そこで待ってたの?」
「ああ」
「心配?」
「ちょっとな」正直に答えるよしつね。
「もう。まだ早いから、入るよ」
ここまで30分くらい歩いてきているので、リビングでいったん休憩させてもらう。涼しい。
「水飲むか?」
「持ってきたから大丈夫。日傘も差してきたしね」
「けっこう」
「今日はさ、歩くけどいいよね?」
「ここからはそんな歩かんやろ?ロープウェイやし」きょとんとしている。
「そのロープウェイじゃなくてさ、歩いて登りたい」
「上まで?」
「そりゃ上で夕焼け見るのが目的だからね」
「ほんま?」
「だめ?」
「いや、だめやないけどな〜この暑さやしな〜難儀やろな〜」とキョロキョロしながら答えるよしつね。
「嘘つかないんじゃなくてつけないのかな?」
「何で?」
「身体中から、嫌そうオーラがとめどないよ」
「あ、すまん」
「ならロープウェイで。無理言ってごめん」残念な顔を見せる。
「ちょい待っててくれな」と、よしつねは店の方へ降りていく。
5分ほどして黒いバケットハットを持ってきて、
「これ、被ってくれへん?」と差し出してきた。
「何これ?」
「帽子やけど。新品やで」
「それはわかるけどさ。何で?」
「日傘やと山登るのきついやろ?」結局歩いて登るのを了承してくれたようだ。
「え、あ…そうだね」と帽子を被ると紐とクリップがついているので締める。
「どうや?」
スマートフォンのインカメラを起動して、自分の顔を確認する。
「うん、少し大きいけど問題ないかな?どう?似合う?」
「…答えなあかん?」はにかむよしつね。やはり嘘がつけないよう。
「ううん。ありがと」
「そういえば、前にも登ったことあるん?」
「うん。ママと。でもロープウェイで昼間にね。だから夕焼けも夜景も見てない。よしつねは?」
「昔、現世でもやけど、若い頃なぎさとな。ロープウェイで」
「ふーん。それデート?」
「ちゃうやろ?脅されも殴られもせんかったけどな」
「じゃあさ、これ」バッグから、先日ショッピングモールで購入した、何の変哲もない南京錠を取り出して、「半分くらいのところに縦に名前書いて」と、ペンを添えて渡した。
「名前って何て?」
「よしつね?」
「りかおんしか呼ばん名前やけどええの?」
「うーん、どうしようかな?神社でお参りするときさ、自分の名前何にしてる?」
「滅多に行かんけどな、そりゃフルネームやな」
「そうだよね。でもまあ神様サイドならいろいろ知っているはずだしね。うん、ひらがなでよしつねで」
「わかったわ」キュッキュとペンで『よしつね』と書いて渡してくる。
「ありがと。前に、そのなぎささんとこういうの書いたことある?」
「あらへんよ、現世も前世も。何かのおまじない?」
「うん、そんなとこ」
「けど山登んのにそんなカバンでええの?両手空いてた方がええんちゃう?」
「そうだね。その口ぶりだと何かあるね?」
「せや、前世からの蓄積があるからな。いろいろ用意してんねん。ちょっと待ってな」と再び店の方へ行き、今度は1分もせずに、白いショルダーバッグを持ってきて「これ、どうや?」と渡してきた。
「ありがと」と受け取り、掛けてみる。布製で軽いが、生地は丈夫そう。それに何だかしっくりくる。
「全身白黒やな?」と茶々を入れてくるよしつね。
「そっちもでしょ?」
「ぺアルックみたいやな」
「う…違うよ。まいちに選んでもらったんだから。たまたま。それにほら、首のところとか紺色だし」
「それ言うならわしもロゴがグレーやし」
「グレーは白黒の一味だから、全身で白黒だよ」
「わかったわ、わしの負けや。んで、カバンどうすん?」
「うん、ありがたく使わせてもらうよ。もしかして、前世でもこれ使った?山登りした?」
「山登りはしてへんよ。けど、りかおんがそんなようなカバン持ってたことあってな。用意してて、機会があったら渡してるんや」
持ってきたトートバッグから、必要なものを白いバッグに移し替えながら、「じゃあ、今日もらわなくても、こういうのいずれわたしが買う可能性があったってことだね?」
「こっちの方がだいぶ高いけどな?」
「もう、悪い大人が出てるよ」
「すまんな」
「けど、これもだし帽子も、もらっていいの?」
「りかおんにあげよう思てたからな」
「それ、前にも聞いたね」そう、今しがた移し替えた勾玉をもらったときのこと。
「せやな。何遍も言ってるな」
前世のことを言っているのだろう。時折感じるこのずれがわたしを不安にさせるが、それが現実化するのはまださきのことだろうと思い直しながら、白いバッグを探る。
勾玉を取り出してよしつねに見せながら「でもこれ、あの山で見つかったんだよね?持ってって返さないで、バチ、当たったりしないかな?」
「そんなんやったらわしに来るやろ?りかおんは悪うない。気にしてたんか?」
「うん、ちょっと」
「気に病むようなら山から放ったらええわ。もうりかおんのものやし」
「うん。そうだね」
「準備できたら、出発しよか?」
「うん」




