●30 ストロベリー・ミルキー・ナイト
8月1日、お泊まり会初日。日中はまいちと一緒になぎさのところへ行き、昼食はラーメン。以前もこの3人で別のラーメン店に行ったので恒例になりつつある。大歓迎。今回の店はメニューが豊富で、ラーメンのほか、五目そば、焼きそばなどの麺類、焼きめし、餃子もある。同じご当地ラーメンの店ではあるが、それぞれ特色があって興味深い。わたしは生玉子と肉入りのラーメンと、なぎさが頼んだ餃子を1個分けてもらった。
お腹いっぱいになったところで、なぎさの店の2階で盆踊りの練習。まいちが動画を撮ってくれて、それを見ながらなぎさからアドバイスをもらい、動きを改善する、その繰り返し。こんなに長い時間自分の姿を見るのってすごく恥ずかしい。まだうまく踊れないけれど、本番までにはちゃんとできるようにしたい。
練習後はまいちの家へ移動、お泊まり会のはじまり。彼女の母と挨拶を交わし、「うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」と。親子揃って、こっちの台詞、言わないけれど。
夕食はまいちの両親、弟との5人で。こんな賑やかな食卓は記憶にない。献立はカレーライスととんかつ。まいちの母が昼間から煮込んでいたという濃い色のカレー、とんかつとキャベツを載せるのが彼女の出身地のソウルフードなのだそうだ。カレーは家庭の特色が出るというが、確かに色も味も全然違う。初めて食べる感触だったが、完食、美味しかった。うちでカレーを作ると翌日もカレーになるが、まいちの家では即日なくなるのが普通だそうだ。いいような悪いような。
食事中、まいちの父が「真衣は明るくて良い子なんだけど、いくつになっても心配」という話をしたとき、まいちはそれを、やれやれという感じで迷惑がっていた。わたしも父が健在であったら同様に心配してくれただろうか、それを迷惑と思うのだろうかと考えたが、答えが出ないのもわかっていた。羨ましいのと、まいちがつらい思いをしていない嬉しさの半々。
まいちの弟は小学2年生で、比較的大人しそうな感じではあったが、あとで聞いたところだと、普段は靴やスマートフォンを隠したり、おかずを奪ったり、生意気なクソガキだが、対外的には人見知りで、わたしに緊張していただけなのだそうだ。こちらはわたしには想像できない領域の話なので、そういうものなのだろうと納得した。
夕食後、お風呂、先に入ってと言われ、いったんは断ったが、まいちがどうしてもというので、結局わたしが一番風呂をいただく。洗顔料もトリートメントも充実していて、先日のどこぞの風呂とは大違い。
髪を洗い流している最中、ふと脱衣場から気配がすると思ったのもつかの間、何者かが侵入してきた。目を開ける隙もなく身体に抱きつかれる。
「ひぃ!!」声が漏れる。目を閉じたまま。
「あたしだよー」まいちの声、そうだろうけれど。
「もう、だめだよ、こういうことしちゃ。次は突き出すよ」
「いいじゃなーい?せっかくの機会、なんだから、ねー?」
「せっかくって、何がしたいの?」
「背中洗う?」
「それだけ?」
「そだよー。それ以上何かお望み?」
「うん、おとなしくしていて欲しい」
「うーわかったよー。じゃあ背中、洗ってあげる」
「あ、髪、洗ってる途中」
「じゃあ、流したげる。目開けないでねー」
「変なことしちゃだめだよ、絶対だよ?」
「それ、どっちの意味ー?」
「どっちって、そのままの意味」
まいちは、わたしの髪をシャワーで流し、トリートメントを優しくまとわせ揉み込み、また流す。
「りかおん、髪とかお肌のケア、やってる?」
「ううん、あんまり」
「若いからって、油断してたらだめだよー」
「若いって、まいちと一緒だよ」
「りかおんの方が早生まれだからねー。若い若いー」
「そんな変わらないって」
「今のうちからケアしとかないとだめだよー」
「いいよ、わたしはそういうの」
「だめだって。ほら、次背中いくよー」泡だてたボディータオルでわたしの背中を撫でながら、「かわいくてちっちゃい背中…」とつぶやくまいち。
「何?もう、まいちだって変わらないでしょ?何ならわたしの方が背も少し高いし」
「違うんだよなー。あたしはさ、ほら、かわいく見せようと思ってるからさー。けどね、りかおんは素がかわいいの」
「まいちの方がずっとかわいいよ。わたしそんなの言われたこと…」
確かに言われたことはほとんどないのだが、学校でもまいちとしか雑談はしないし、そもそも母以外と会話する機会が少ない。けれど、最近なぎさとよしつねにかわいいと言われた記憶はある。どちらも見た目についてではなかったものの。
「そりゃあたしは客観的にかわいいと思われる風貌だけどさ、ふふーん、あるのね?なぎささん?」
「うん。何か言われた、そういえば」
「練習のときかわいいもんね?」
「え?どこが?」
「手と足の動きがずれてるとこ」
「う…頑張らないとね」
「でどうする?背中以外もやろうか?」
「いや自分でやるよ」とタオルを奪い取る。
「あとミイラね」
「え?何が?」
「かわいいって言われた話」
「え…あったかな?それにもうミイラじゃないよ」
「そうだねー、人間体になってたね?みうらさん」
「違うよ。みよしさん、ね?」
「ひゃー惜しい。2文字違い」
「惜しくないよ。み、しか合ってないよ。何ならミイラですら2文字違いだから」
「じゃあもうミイラでいいか」
「だめ、もう流すよ」と身体全体をシャワー。
「最近会った?」
シャワーで聞こえないふり。数十秒。流し終わって「じゃあ、入るよ」と湯船へ。
まいちがシャンプーを始めたので安心していたら「で、最近会った?」
チッ。
「ぬ、何が?」
「だーかーらー、ミイラ?」
「だーかーらー、みよしさん、ね?」
「うん、その人」
「はい」おしまい。
「だからさ、最近会った?映画の日のあとで」
「あ、うん、三日前、かな?」
「え、何ー?何でー?」完全に捕まった。
「あ…その、宿題?」
「手伝ってもらったの?」
「…ていうか、その…わからないとこあったら聞こうと思って、中学をなんか…、中学卒業してるみたいだし」
「つってもだいたいの人は中学卒業してるよねー、ギムキョーだし。でもりかおんがそんなの珍しいね?全部自分で何とかしたいタイプでしょー?」なかなか解放してくれないまいち。
「あは…利用できるものは利用していこうかなー、なんて」
「それもミイラの影響?」
「それも、って?」
「あー、だってさー、あたしの家泊まりたいなんてさー、りかおんがそんなこと言うわけないなって思ってさー、そう考えるとミイラの入れ知恵なわけよ。この前さー、喧嘩ーじゃないけど、まあ、あったでしょー、それをミイラは見てたからさー、りかおんにつらい思いして欲しくないとか思っちゃってさー、夏休みだし泊まり行けばなんて、考えたんじゃないかなーって、わたしの勝手な憶測だけどねー」
「確かに言われたけど、そんなつもりだったのかな…」
「やっぱりねー、ミイラの策略にまんまとはまったかー。ミイラ採りがミイラになったねー」
「いつミイラ採りに…」
全部洗い終わって、一緒の湯船に入ってくるまいち。
「じゃ、あたしも入るねー」
ドキドキする。隣り合う。
「…でもそうだったとしたらね、つらい思いして欲しくないのはわたしだけじゃなくて、まいちにもって思ったんじゃないかな?あのとき、まいちがわたしをミイラから守ろうとしてくれて、それでまいちがわたしの一番の友達だってわかったんだと思うから」
「…ふーん。そうなんだ。だとしたらさすがだねー。伊達に何千年も生きてないねー?」
ん、何かとんでもないことを言い出すまいち、もしかしてご存知なのだろうか?焦る。とても焦る。
「…な、な、何が…?」動揺が全部口から出る。気付かれた?
「え?だってミイラって何千年も前に作られてるんでしょー?あ、でも干からびてるから生きてないのかー?一回死んで蘇っているだけかー?」
気付かれていないようだが、より真実に迫って来ている。これ以上ここにいてはまずい、のか。
「じゃあ、わたしのぼせてきそうだから出るね」
何とか秘密は守った、と思う。
お風呂から上がって、貸してくれたパジャマに着替える。まいちの部屋で彼女がわたしの髪をドライヤーで乾かしてくれた。誕生日プレゼントに買ってもらったものらしい。いつも自分ではタオルでゴシゴシ拭いて終わりだが、それだと髪に良くないようなので、今度から母に借りてみようかと思う。まいちのかわいさの裏には努力があるのだと思ったが、それを言うと何やら蒸し返されそうな気がしたのでやめておいた。
お風呂のあとは、お話しタイム。まいちの母が牛乳で薄めるタイプのいちごミルクを用意してくれた。学習机をカウンターに椅子を並べて、まいちと隣り合ってバー気分。もちろん行ったことはないが。いちごミルクを一口、お風呂上がりにはとても美味しい。生き返ると言葉が出そうになったが、これまた蒸し返されるのを危惧してやめた。
「そういえばさー、三者面談、どーだったー?」と突然にまいち、何か気になることでもあるのだろうか?
「別に、普通だったよ」いちごミルクが美味しいのでうわの空のわたし。
「志望校とか聞かれたー?」
「そりゃ聞かれるよね?」いちごミルクが美味しい。
「答えた?」
「そりゃ答えるよ。面談だからね」美味しいねいちごミルク。
「何て?」
「いちごミルクだね」
「は?」
「あ、ごめん。美味しいなって思って」
「もー、完全に心奪われてるねー、シロップあげようか?」
「ううん、家庭崩壊するから」
「あたしとの仲は崩壊してもいいんですか?あん?」
「うん」
「え?何て?」
「ん、あ、いちごミルクのこと考えてたごめん」
「もう知らないよー化けて出るよー」
「あ、ごめんね。ほんと美味しくて。で何だっけ?」
「んあ?志望校、どこだよっつってんの?」半ギレのまいち。
「あーコウリツだよ」
「シリツじゃないのー?てっきり。ムショーカだし」
「うん、授業料以外でもさ、お金かかるみたいだから」
「でもコウリツってどこの?」身体を寄せてくる。
「うん、すぐそこの、お城の近くの」
「頭いい?」
「まあ、そこそこ」いや、たぶんもっと、だけど。
「あたし、行けるかなー?」
「ん?まいちもあそこ?」
「あたしはどこでもいいんだけどさー、りかおんを一人にできないしー」
「いや、わたしのことはいいからさ、自分の行きたいところに行きなって」
「だからー、あたしはどこでもいいんだよー。ひょっとして行けないって思ってんでしょー?」
「う、え…、ち、ちがうよ」
「うわ…絶対思った…ひどいよ…またあたしのこと…」と立ち上がり、椅子の後方、ベッドへ飛んで横たわり、顔を向こうへ向けて動きが止まる。微かに鼻をすすっている音が聞こえる。まただ、またまいちを傷付けてしまった。でも、今度はすぐに。
わたしもまいちの真うしろへ横たわり、彼女の両肩に手を添えて話しかける。
「ごめんね、まいち、高校…たぶんさ、まいち勉強嫌いだし、だから難しいかなって思っちゃったんだ。だから無理しないで欲しい、わたしのために嫌いなことしなくていいからさ…わたしもまいちがいなくてもやっていけるように、心配かけないように頑張るからさ。でも嬉しかったよ。同じ高校行けたらさ、今みたいに毎日楽しいって思うし。だから、もし勉強するならわたし協力…ううん、一緒に頑張ろう、ね?」
「クックック…」と音を発しているまいち。
「え…?」
わたしの両手から肩が離れたと思ったら振り返り、わたしに馬乗りになって両手でわたしを腕と身体ごと固定するまいち、抜かった。よしつねを嘘泣きで騙した報いか。
「カッカッカァ!ついに捕まえたぞー!珍獣りかおん!もう逃がさんぞー!」
「もう、何それ?騙したの?わたし、またまいちを傷付けたかと思って…」
「このときを待っていたのだー!そこそこ傷付きはしたが、それを利用したのだー!」全然泣いていない、満面の笑み。
「うう…」だめだ、逃れられない。
まいちは顔を近付けて、わたしの耳元でささやく。
「そっちがその気ならさ、ずっとこのままでもいいんだよ?」うって変わってトーンが低い。
「あ、その…高校別になってもさ、ほら、まいちとはずっと友達だから、ね?」何とかなだめようと、しかし本心だ。
「でもさ、高校ではさ、さすがに必要に迫られてさ、友達作るよね?」
「うーん、そうかもね」
「そしたらさ、やっぱりわたしに会わなくならない?」
「ならないよ。ここ近いし、友達も連れてくるよ。まいちのこと、わたしの親友だって紹介するよ」
「ほんとに?」
「本当だって。何なら毎日たむろするよ。連日連夜の宴だよ。いちごミルクを浴びるように飲むよ」
「またそれかー相当気に入ってるねー?いちごミルクめー」
「でもね、まいちのことの方がね、ずーっと気に入ってるんだよ」
「へへーん。じゃあさー、今日はこのままー、一緒に寝よー」ずっとわたしを固定しているまいち。
「だめ」
「えー、何でー?」
「歯、磨いてない、口ん中、いちごミルクで、いー」と歯を見せるわたし。
「ぅおのれ〜!!いちごミルクめ〜!!」




