04 トゥーロン攻囲戦
トゥーロン。
この、王党派が占拠し、港からイギリス、スペインの艦隊も招き入れ、反革命の一大要塞と化した都市を囲む革命軍の中に、ナブリオーネ・ディ・ブオナパルテという青年士官がいた。
ナブリオーネはその日も、敵要塞を砲撃するのに最良の点を求めて偵察していたところ、ローヌの川岸に、何か変なものがあることに気がついた。
「何だ、あれは」
ナブリオーネが馬を寄せていくと、それは筏だった。
筏は次から次へと上流から流れて来る。
「……筏の上に、何かある」
どの筏にも、上に何かあった。
その何かは、さらに近づくと――大砲によって撃たれ、破壊された死体だということがわかった。
「これは」
さすがに激戦地トゥーロンで戦っているだけであって、ナブリオーネの反応は眉をひそめるだけだった。
だが、つき従っていた従卒は耐えられずに吐き出した。
ナブリオーネはその背中をさすってやりながら、これらの筏がなぜ流れて来たのかを考えた。
「ローヌの上流……リヨン、否、解放市か」
たしか、革命軍が新たな派遣議員を差し向けたと聞く。
それまでぬるかった仕置きが、苛烈なものとなったか。
そう考えている間にも、筏の数々が、敵の陣地へと流れていく。
「……好機だ」
トゥーロンの王党派は、解放市に期待していた。
物資なり、金銭なり、情報なりを寄越してくれる――もしかすると、再挙兵して、兵力までも、と。
「だがそれも潰された。最悪な形でそれを知ったらどうする?」
ナブリオーネは従卒を励まし、すぐに本営へと戻った。
急がなくてはならない、この心理的衝撃を敵が味わっているうちに。
「トゥーロンを攻め落としてくれる。このナブリオーネ・ディ・ブオナパルテが」
ナブリオーネはこの言葉どおり、トゥーロンを陥落させる。
このトゥーロン攻囲戦の勝利は、国内外で追い詰められていた革命政府を救い、攻勢へと向かう。
ナブリオーネはその波に乗り、やがてフランスに――そしてヨーロッパ全土にその名を轟かせるようになる。
この翌年にフランス風に改めたその名――ナポレオン・ボナパルトという名を。
*
「フーシェは何をやっているのだッ」
ロベスピエールは罪のない執務室の卓をたたいた。
びりびりと震えるのは、卓だけではなく、執務室の空気もだ。
「奴は! 解放市の人口を一割減らすのをノルマとしていると聞くッ」
さらに、トゥーロンの勝利を祝って、三百人追加で殺したといううわさも伝わって来た。
革命戦争の勝敗の天秤が革命政府に傾いた今、派遣議員たちは死肉に群がるハゲワシのように、敗者を啄んでいた。
命を。
財貨を。
ロベスピエールは、弟のオーギュスタンから、トゥーロンの派遣議員のバラスが、処刑した住民から財産を没収したと報告を受けた。
「どいつもこいつも……革命を何だと思っているッ! 私有財産は不可侵だぞッ」
それは、一七九六年の国民議会にて採択された「人間と市民の権利の宣言」、通称「人権宣言」の第十七条に定められていた。
ロベスピエールはそのことを言っており、いかにも弁護士出身の彼らしい言い分だった。
つまり、このような卑劣なやり方で私有財産を侵す、バラスのような輩は惡だ。
そして何より許せないのは――
「フーシェを呼べッ! 召喚しろッ! なぜ、このような惡を演じるのか、この私みずから、問いただしてやるッ」
激昂するロベスピエール。
公安委員会の面々は執務室から出て行く。
フーシェを呼ぶため、と称して。
その意味をロベスピエールはわからない。
かつての彼なら、いともたやすく類推できただろうに。
*
「それで」
フーシェは、呼び出された公安委員会の執務室で、無表情で立ち尽くしていた。
なみいる公安委員たちに、恐れげもなく一瞥をくれると、ロベスピエールを見て、そう言った。
「ロベスピエール、君は何を聞きたいのか?」
「すべてだッ! フーシェ、君は……君は……派遣議員として解放市におもむいたまではいい! しかし! そこで何をやったのかッ」
だん、とロベスピエールが卓を叩く。
それがまるで、惡であると言わんばかりに。
だがフーシェは眉ひとつ動かさず、こう答えた。
「トゥーロンへ向けての筏なら、即興だが……」
「即興!?」
それではまるで、決められた台本にしたがっており、トゥーロンへの筏は単なる派生である、と言いたげではないか。
そう凄むロベスピエールに、フーシェはこともなげに答えた。
「ああ、解放市での処置のことか。あれなら、国民公会の議決にしたがったまでだ。他意はない」
「……何だと」
執務室の空気が重くなった。




