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短、短短、短短編  作者: 夜凪慶


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8/10

魔王城の固定資産税と、勇者の確定申告

「よくぞ来た、勇者よ。待っていたぞ」


魔王城の最上階。 玉座に座る魔王エコノミは、ワイングラスを揺らすように、手にした電卓を弄んでいた。 対する僕、勇者イサミは、伝説の聖剣エクスカリバーを構え、息を整える。


「覚悟しろ、魔王! 世界の平和のため、貴様を討ち果たす!」 「平和、ね」 魔王は鼻で笑った。 「その『平和』とやらを維持するのに、どれだけの維持費がかかるか計算したことはあるか? 勇者くん」


「……何の話だ?」 「貴様がここに来るまでに壊した城門の修繕費。倒したゴーレムたちの再生産コスト。そして何より、貴様が勝手に開けた宝箱の中身だ」 魔王は羊皮紙――いや、請求書の束をひらつかせた。 「ポーション、エーテル、フェニックスの尾。合計で金貨500万枚相当。これ、全部『窃盗』及び『器物損壊』だからな。民法709条に基づく不法行為だ」


「なっ……! あれはダンジョンのギミックだろう! 冒険者への報酬じゃないのか!」 「誰が決めた? 私が『どうぞお取りください』と書いたか? 書いてないよな。それはただの『備蓄』だ。貴様は他人の倉庫を荒らした強盗に過ぎん」


言葉の暴力。 物理攻撃よりも痛い、正論の刃。 しかし、僕は負けるわけにはいかない。


「問答無用! 魔王さえ倒せば、全てチャラだ!」 僕は床を蹴った。 聖剣が唸りを上げ、魔王の首を狙う――その瞬間。


「――待ちなさい! そこまでです!」


突然、玉座の裏からスーツ姿の男が現れた。 眼鏡を掛けた、神経質そうな男だ。片手には分厚いファイルを持っている。


「誰だ! 魔王の手下か!」 「いいえ。私は国税局・ファンタジー対策課の徴税官マルサです」


マルサと名乗った男は、僕と魔王の間に割って入った。 「戦闘行為は一時凍結してください。資産価値が変動します」


「国税局……?」 僕は剣を下ろした。魔王も嫌そうな顔で電卓を置く。


「魔王エコノミさん。あなたに再三にわたる督促状を送りましたよね?」 マルサは冷徹に言った。 「この魔王城。登記簿上の床面積が5万平米を超えています。これだけの規模の固定資産税、未納分を含めて金貨3億枚。即刻お支払いください」


「3億!?」 魔王が悲鳴を上げた。 「馬鹿な! ここは『悪の巣窟』だぞ! 公共施設みたいなものだろう! 非課税じゃないのか!」 「収益事業(世界征服活動)を行っている以上、課税対象です。ダンジョンの入場料(命)も徴収しているようですしね」


マルサは次に、僕の方を向いた。 その眼鏡がキラリと光る。


「そして勇者イサミさん。あなたもです」 「え、僕?」 「あなたが道中で拾得した金品、および王様から受け取った支度金。これらは全て『一時所得』として計上されます」 「しょ、所得……?」 「はい。計算したところ、所得税と住民税、あわせて金貨200万枚の納税義務が発生しています。まさか、申告漏れ(脱税)するおつもりですか?」


僕は愕然とした。 「ま、待ってくれ! この金は武器や防具を買うのに使ったんだ! 手元には残ってない!」 「領収書レシートは?」 「え?」 「武器屋の領収書です。それがあれば『必要経費』として控除できますが」


「も、もらってない……。『世界を救うからまけてくれ』とは言ったけど……」 「では経費として認められませんね。追徴課税が加算されます」


地獄だ。 ここは地獄だ。 魔王よりも恐ろしい、国家権力という名の怪物がここにいる。


魔王エコノミが頭を抱えた。 「3億……払えるわけがない。私の全財産を叩いても足りん。城を差し押さえられたら、私はホームレス魔王だ」


僕も膝をついた。 「僕もだ……。世界を救った後に、税金で破産して牢屋行きなんて、そんなエンディングあってたまるか……」


部屋に沈黙が流れる。 敵対していたはずの僕と魔王の間に、奇妙な連帯感が生まれた。 共通の敵(税金)を前にした、被害者同盟だ。


魔王が、小声で僕に囁いた。 「……おい、勇者」 「なんだ」 「手はあるぞ」 「え?」


魔王はマルサに聞こえないように、早口で言った。 「この城を、『宗教法人』として登録するんだ」 「宗教?」 「そうだ。『魔王教』だ。宗教活動に伴う収入は、原則として非課税。お前はその教団の『広告塔イメージキャラクター』になれ」 「僕が!?」 「お前が私を倒した(ふりをした)後、『改心した魔王が開いた愛と平和の教会』として宣伝するんだ。そうすれば、お前の報酬も『宗教活動への奉仕』とみなされ、非課税になる可能性がある」


悪魔的発想。 さすが魔王、法の抜けグレーゾーンを見つける天才だ。


「……乗った」 僕は頷いた。背に腹は代えられない。


僕たちは立ち上がった。 そして、満面の笑みでマルサに向き直った。


「あの、徴税官さん」 魔王が揉み手をする。 「実はここ、城じゃなくて『寺院』なんですよ」 「ええ、そうです」 僕も話を合わせる。 「僕は勇者じゃなくて、えーと、『巡礼者』なんです。この剣も、ほら、祭具です」


マルサは眉をひそめ、書類に目を落とし、そして僕たちを交互に見た。 長い、長い沈黙。


やがて、彼はため息をつき、眼鏡の位置を直した。


「……やれやれ。ファンタジー世界の住人は、これだから困る」 彼はファイルを閉じた。 「わかりました。今回は『調査保留』としましょう。ただし、来年の確定申告までに、きっちりと定款と活動報告書を提出してくださいね?」


「「はいっ!!」」 僕と魔王の声が重なった。


マルサが去っていく。 その背中が見えなくなった瞬間、僕たちはハイタッチを交わした。 「やったな勇者! いや、同志よ!」 「ああ、危ないところだった!」


こうして、世界は救われた。 魔王城は『テーマパーク兼教会』としてリニューアルオープンし、僕はその専属タレントとして就職した。 剣を捨て、電卓を握り、僕たちは今日も戦い続ける。 赤字という名の、真のラスボスと。

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