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短、短短、短短編  作者: 夜凪慶


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7/10

33回目の卒業式

「卒業おめでとう」 「ありがとう」 「卒業おめでとう」 「ありがとう」 「卒業おめでとう」 「うん、もう聞き飽きた。そのセリフ、33回目だから」


桜舞い散る校門の前。 僕――時不知カケルは、幼馴染であり、クラスメイトであり、そして僕と同じく「時間の迷子」である春待サクラに向けて、辟易とした溜息を吐き出した。


今日は3月15日。卒業式。 そして明日も3月15日。昨日も3月15日。 僕たちの世界は、この感動的な一日を、レコードの針が飛んだように繰り返している。 エンドレス・マーチ。あるいは、終わらないカーテンコール。


「いいじゃない、カケル。何度言ってもめでたいものはめでたいのよ。お赤飯だって33杯食べたって美味しいわ」 サクラは卒業証書の筒をバトンのように回しながら笑う。 「それに、今日の校長先生の話、12行目の『光陰矢の如し』のところで噛んだわよ。レア演出発生ね」 「よく見てるな。僕は5回目のループから、校長の話をBGMにして脳内でテトリスをする技術を習得したよ」


僕たちは並んで帰路につく。 いつもの通学路。いつもの風景。 しかし、この景色も明日になればリセットされる。 記憶だけを引き継いで、肉体と環境は朝の7時に巻き戻る。 いわゆる「タイムループ」というやつだ。


原因は不明。 ただ、僕とサクラだけが、この異常事態を認識している。 他のクラスメイトは、毎日新鮮な気持ちで涙を流し、毎日新鮮な気持ちで「また会おうな」と誓い合っている。幸せな連中だ。


「ねえ、カケル」 サクラが立ち止まる。 通学路の途中にある、古びた公園のブランコ。 「このループ、どうやったら終わると思う?」


「さあね」 僕はブランコに座り、キーキーとなる鎖の音を聞く。 「ループものの定番で言えば、『未練を晴らす』とか、『隠された真実を見つける』とかだけど」 「未練、ある?」 「ないよ。僕は平凡な高校生活に満足していたし、これといってやり残したこともない」 「私も」 サクラは隣のブランコに座り、空を見上げた。 「勉強も、部活も、恋も……まあ、それなりにやったし」


嘘だ。 僕は知っている。 彼女には一つだけ、やり残していることがある。 そして僕にも、一つだけある。


それは、互いに「好きだ」と伝えることだ。


あまりにもベタで、あまりにも陳腐な理由だが、青春なんてそんなものだ。 おそらく、どちらかが告白を成功させれば、この世界は満足して時間を進めるだろう。 33回も繰り返していれば、鈍感な僕でもそれくらいの法則には気づく。


でも、僕は言わない。 サクラも言わない。


なぜなら。


「……明日が来るのが、怖い?」 僕が問うと、サクラは寂しげに笑った。 「うん。卒業したら、カケルは東京の大学でしょう? 私は地元に残る。会えなくなる」 「電話もLINEもある」 「そういう物理的な距離じゃなくて……心の距離が、離れていくのが怖いの。大人の時間軸に乗るのが、怖いの」


彼女は足元を見つめる。 「このまま、永遠に高校生のままでいられたらいいのにって、心のどこかで思っちゃってるんだよね。だからかな、神様が執行猶予をくれたのは」


僕はブランコを揺らした。 僕も同じだ。 この心地よいモラトリアムに浸っていたい。 告白して、もし振られたら? あるいは、付き合えたとしても、遠距離恋愛で自然消滅したら? そんな未来を背負うくらいなら、確定した「幼馴染」というポジションで、永遠に今日を繰り返していたい。


「じゃあ、このままでいいか」 僕は言った。 「100回でも、1000回でも、卒業式をやろう。校長の話を暗記して、全員の泣き顔をスケッチして、この町にある全ての石ころの数を数え終わるまで」


「ふふ、それも悪くないかもね」 サクラは笑った。


その時。 公園の時計が、午後5時を告げるチャイムを鳴らした。 『夕焼け小焼け』のメロディ。 それは、世界のリセット時間が近づいている合図でもあった。


「あーあ。また明日から、第一回目の卒業式か」 サクラがブランコから飛び降りる。 着地。10点満点。


「ねえ、カケル」 「ん?」 「次のループではさ」


彼女は背中を向けたまま言った。 夕日が、彼女の影を長く伸ばしている。


「私、カケルに告白するね」


ドキリとした。心臓が跳ねる。 「え……」 「34回目は、ちょっと勇気出してみようかなって。振られるかもしれないけど、でも、もう飽きちゃったしね、現状維持は」


彼女は振り返り、悪戯っぽく舌を出した。 「だから、カケルも覚悟しておいてね。断るセリフ、今夜中に考えておくこと。宿題よ」


「……わかったよ」


彼女は手を振って走り去っていった。 僕は一人、ブランコに残された。


次のループ。明日。 彼女は告白してくるだろう。 そして僕も、それを受け入れるだろう。 そうすれば、このループは終わる。 僕らは大人になり、離れ離れになり、それぞれの時間を歩き出す。


寂しいけれど。 でも、それは「終わり」ではない。 「続き」が始まるだけだ。


僕は空を見上げた。 一番星が光っている。 33回も見飽きた星空だが、今日は少しだけ、滲んで見えた。


「……卒業おめでとう、僕ら」


僕は呟き、目を閉じた。 意識が溶けていく。 世界が巻き戻る音がする。


そして、34回目の朝が来る。 それはきっと、最初で最後の、本当の卒業式になるはずだ。

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