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短、短短、短短編  作者: 夜凪慶


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5/10

全知全能のパラドックス

人生とは、バグだらけのクソゲーである。 これは比喩ではない。 顔面偏差値のランダム生成、親ガチャによる初期ステータスの格差、理不尽なイベント発生率、そして何より「セーブ&ロード」の実装漏れ。 開発者がいるなら、今すぐ小一時間問い詰めたいレベルの欠陥品だ。


そんなことを考えていた僕――業田カルマは、ある日、世界の裏技を見つけた。 深夜2時、スマートフォンの音声アシスタントに向かって、ある特定の文字列――円周率の逆唱と、般若心経のラップアレンジ――を唱えたところ、画面がブラックアウトし、見知らぬ番号に発信されたのだ。


『お電話ありがとうございます。創造主カスタマーサポートセンターです。担当のガブリエルが承ります』


スピーカーから聞こえてきたのは、やけに慇懃無礼な女性の声だった。 創造主? ガブリエル? 新手の詐欺か、あるいは僕の脳がついにバグったか。


「あの……神様、ですか?」 『左様でございます。正確には、地球シミュレーション第3サーバーの管理AIですが。本日はどのようなご用件でしょうか? バグ報告? 課金トラブル? それともアカウント削除(自殺)のご相談ですか?』


あまりにもスムーズな対応に、僕は毒気を抜かれた。 しかし、これはチャンスだ。 もし本当に神様なら、このクソゲーのバランス調整を要求できるかもしれない。


「苦情です。僕の人生、難易度設定がおかしいんですよ。運は悪いし、金はないし、彼女もできない。これ、バランス崩壊してますよね?」 『お客様のIDを確認いたします……ああ、業田様ですね。ステータスを確認しました。ふむ、「幸運値:E-」。確かに、これはハードモードですね。前世での徳ポイントが不足していたようです』


「ふざけないでください。パッチを当ててください。今すぐ修正を」 僕は畳み掛けた。 『申し訳ございません。個別のステータス変更は、規約により禁止されておりまして』 「じゃあ、運営に通報しますよ? SNSで拡散しますよ?」 『……はぁ』


電話の向こうで、ガブリエルが重たい溜息をついた。 キーボードを叩く音が聞こえる。 『わかりました。特別措置として、お客様に「管理者権限」を付与します』 「デバッグモード?」 『はい。いわゆる「全知全能」です。パラメータの自由変更、物理法則の無視、無敵、無限リソース。なんでもありのチート状態です。これなら文句ないでしょう?』


「本当ですか!?」 『ええ。ただし、ご利用にあたっては「利用規約」に同意していただく必要がありますが』 「同意します! 全同意です!」 細かい文字など読むものか。僕は二つ返事で承諾した。


『承知しました。では、権限を譲渡します。……適用完了。よい人生を』 プツン、と電話が切れた。


その瞬間、世界が変わった。 指を鳴らせば札束の山が現れ、念じれば空を飛べた。 嫌な上司は思考一つで消去し、憧れのアイドルとは相思相愛の設定に書き換えた。 すごい。すごすぎる。 僕は神になったのだ。


……しかし。 その全能感は、わずか3日で飽和した。


つまらないのだ。 何でも思い通りになるということは、「驚き」がないということだ。 宝くじを買っても、当選番号を「知っている」からドキドキしない。 映画を見ても、結末を「知っている」から感動しない。 恋愛も、相手の好感度パラメータが見えてしまうから、ただの作業に成り下がった。


全知全能とは、究極のネタバレだった。 人生というゲームの攻略サイトを、脳内に直に流し込まれているような不快感。


「……戻してくれ」 僕は再び、あの番号に電話をかけた。


『はい、創造主カスタマーサポートセンターです』 「ガブリエルさん! もういいです! チートは飽きました! 元の一般ユーザーに戻してください!」


『おや、早かったですね。3日は持つ方だと思ったのですが』 声のトーンが、少し意地悪く響く。 『ですがお客様、規約にもありました通り、一度付与された管理者権限の剥奪には、「解約違約金」が発生します』


「金ならいくらでも払います! 無限に出せるんだから!」 『いいえ、お支払いいただくのは通貨ではありません。「存在容量メモリ」です』 「メモリ?」


『管理者は、ゲームの外側の存在です。プレイヤーに戻るためには、管理者としてのデータを削除し、再びキャラクターとして生成し直す必要があります。ですが、現在のサーバーは満員でして……』


「どういうことだよ!」 『つまり、「主要キャラクター(PC)」としての枠は空いていないということです。ですので、再契約の場合は「背景オブジェクト(NPC)」か、もしくは「テクスチャ(壁の模様)」への格下げとなります』


「は? 壁? 僕が、壁になるってこと?」 『ええ。公園の公衆トイレの壁のシミ、あたりなら空きがありますが。いかがなさいましょう?』


冗談じゃない。 全知全能の退屈か、壁のシミとしての虚無か。 究極の二択。


「……クーリングオフは!? あるだろ!?」 『ございません。……おや、そろそろ定期メンテナンスの時間ですね』 ガブリエルは淡々と言った。 『管理者権限をお持ちのままだと、メンテナンス作業も手伝っていただきますよ? 具体的には、全人類の煩悩データを1件ずつ手作業で削除する業務ですが』 「そんなの何億年かかるんだよ!」 『永遠です。神とは、そういう仕事ですので』


僕は絶望した。 バグっていたのは世界ではない。 安易に力を求めた、僕の欲望システムだったのだ。


『では、業務開始です。まずは「隣の家の犬がうるさい」という苦情の処理からお願いしますね、神様・・


ブツッ。 通話が切れると同時に、僕の目の前には、無限に積み上がった書類の山――全人類のどうでもいい願い事の山――が現れた。


ああ、願わくば。 来世はバグのない、ただの石ころにでもなりたい。

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