意外な結末
「意外な結末、なんてものは存在しない」
放課後の教室、西日が黒板に焼き付くような時間帯に、彼女――怪野くるりはそう言い放った。
彼女は僕の所属する『ミステリー研究会』、通称『ミス研』の部長であり、唯一の部員であり、そして僕がこの世で最も関わりたくない人間ランキングの不動の一位だ。ちなみに二位は自分自身である。
「存在しない? それはまた、物語という概念に対する大胆なアンチテーゼですね、部長」
僕は文庫本から目を離さずに応じる。どうせ彼女の言動に意味などない。彼女の言葉は、中身のないシュークリームのようなものだ。甘くもなく、腹も膨れず、ただ口の周りが汚れるだけ。
「アンチテーゼじゃないわよ、語部くん。これは真理。あーりーのーまーまーのー、ってやつよ」
「古いですよ」
「古くて何が悪いの? 歴史は繰り返すのよ。でね、意外な結末なんてものは、読者が『そうくるとは思わなかった』と勝手に思い込んでいるだけの、ただの『認識の齟齬』に過ぎないって話」
怪野部長は、手元にあったチョークを指先で回しながら続ける。
「例えば、私が今からこのチョークを窓から投げ捨てるとするわね」
「やめてください。備品損壊です」
「投げ捨てたふりをして、実は飲み込んでいたとしたら?」
「病院へ行きましょう。胃洗浄が必要です」
「それが『意外な結末』? 違うわね。それはただの『奇行』よ。物語における意外性というのは、論理の積み重ねの上に咲く徒花であって、脈絡のない狂気とは違うの。その辺を勘違いしてる作家が多すぎるのよ、最近は」
彼女はため息をつくと、チョークを黒板の溝に戻した。
「だから私は、『5分後に死ぬことが確定している男』の話を書こうと思うの」
「……はい?」
僕はついに文庫本を閉じた。彼女が創作活動? それは明日の天気が『槍』である確率よりも低い事象だ。
「僕の記憶が確かなら、部長は『小説を書くくらいなら辞書を書き写す方がマシ』と言っていたはずですが」
「気が変わったの。恋する乙女は気まぐれなのよ」
「誰に恋をしてるんですか」
「自分自身に決まってるでしょ。ナルシシズムこそが人類最後の希望よ。で、聞いてる? 5分後に死ぬ男の話」
彼女の語り口は、いつものように唐突で、そして不快なほど流暢だった。
「男はね、ある部屋に閉じ込められているの。密室よ。窓もドアも溶接されていて、換気口すら塞がれている。部屋の中にあるのは、椅子が一脚と、机が一つ。机の上には、一通の手紙と、拳銃が一丁」
「ありがちなシチュエーションですね。クリシェの博覧会だ」
「うるさいわね、黙って聞きなさい、この駄犬。男は知っているの。あと5分で、この部屋に神経ガスが充満することを。解毒剤はない。脱出も不可能。唯一の救いは、手元の拳銃で自ら命を絶つことだけ。苦しんで死ぬか、一瞬で楽になるか。究極の二択ってわけ」
僕は腕組みをする。「なるほど。で、男はどうするんです?」
「男は手紙を読むの。そこにはこう書いてある。『お前の罪は、お前自身が知っている』。ありふれた告発文ね。男は記憶を辿る。誰かを傷つけたか? 誰かを騙したか? 思い当たる節がありすぎて、特定できない。男は絶望するの。ああ、俺はここで死ぬのか、と」
怪野部長は演劇がかった仕草で天を仰ぐ。
「残り時間は1分。男は拳銃をこめかみに当てる。引き金に指をかける。震える指先。走馬灯のように駆け巡る、過去の悪行。そして、残り10秒。男は決意する。『さらば、クソったれな世界!』……バン!」
「……で? 男は死んだんですか?」 「死んだわよ。即死。脳漿ぶちまけてジ・エンド」 「意外な結末は?」 僕が尋ねると、怪野部長はニヤリと笑った。その笑顔は、猫が鼠を甚振る時のそれに似ていた。
「ここからが本番よ、語部くん。男が死んだ直後、部屋のスピーカーからファンファーレが鳴り響くの。『おめでとうございます! ドッキリ大成功!』ってね」
「……悪趣味ですね」
「実はその部屋、テレビ番組のセットだったのよ。神経ガスなんて嘘。閉じ込められていたのも嘘。壁は発泡スチロール製で、蹴れば壊れた。拳銃も、弾が出るように見せかけたモデルガン……のはずだった」
彼女は声を潜める。 「でも、男は死んだ。なぜか? スタッフが用意したモデルガンが、何者かによって本物の拳銃にすり替えられていたからよ。驚くスタッフ、悲鳴を上げる観客、生放送で流れる男の死に顔。これぞまさに、意外な結末!」
彼女は両手を広げて、拍手を求めた。僕はため息をつく。
「……部長。それ、どこが意外なんですか」
「は?」
「『ドッキリでした』というオチも、『実は本物でした』という二重のオチも、使い古されていますよ。手垢まみれだ。5分で読める物語としては及第点かもしれませんが、あなたの言う『論理の積み重ね』が欠如している。誰がすり替えたのか、動機は何か、伏線がない」
怪野部長はむっとした顔をした。「じゃあ、語部くんならどうするのよ。この凡庸な物語を、どう料理するわけ?」
「僕なら、」 僕は立ち上がり、カバンを肩にかける。
「男が引き金を引いた瞬間、銃口から飛び出したのが『旗』だった、という結末にしますね」
「は? 『バン!』って書かれた旗? それこそギャグじゃない」
「ええ。ですが、その旗の棒が、男のこめかみを貫通して死ぬんです」
「……物理的に無理がない?」
「それともう一つ。その様子を見ていたスタッフたちが、全員、死んでいるんです」
「どういうこと?」
「実は、そのテレビ番組自体が、男が見ていた『死ぬ間際に見る夢』だった。男は最初から、孤独死していたんですよ。狭いアパートの一室でね」
怪野部長はしばらく黙り込み、それからつまらなそうに言った。
「夢オチ? 最低ね。一番やっちゃいけない禁じ手よ」
「意外性とは、納得感とのバーターです。ところで部長」
「何よ」 「部室の鍵、閉めました?」
「あ」
彼女の顔が凍りつく。 「え、ちょっと待って。さっき入ってきた時、私、鍵を……内側から……」 僕たちは部室のドアを見る。そこには、古びた南京錠がかかっているはずのフックがある。
「さっき、部長は言いましたよね。『窓もドアも溶接されていて』と」
「言ってないわよ! それは小説の話!」
「この部室、ドアノブが壊れていて、内側からは開かないんですよ。外から誰かに開けてもらわないと」
「嘘でしょ!?」
ガチャガチャとドアノブを回す部長。開かない。当然だ。
「ねえ語部くん、開けて。ねえってば」
「僕は外に出ようとして、立ち上がりましたよね」
「うん」
「でも、ドアの前には部長が立ちはだかっていた。つまり、僕もまだ中にいる」
「……ってことは」
教室には、僕と部長の二人きり。 時刻は午後6時。下校時刻のチャイムが鳴る。 この学校の警備員が見回りに来るのは、翌朝の7時だ。
「……ねえ、語部くん」 「はい」 「これ、意外な結末?」
「いいえ。これは『自業自得』という、極めてありふれた結末です」
僕は床に座り込み、再び文庫本を開いた。 「さて、朝まで長いですよ。怪談でもしましょうか。5分で終わるやつを」 部長の絶叫が、放課後の校舎に虚しく響き渡った。




