新たな希望
再会の翌日、マシューが目を覚ますとすでに昼だった。テーブルの上にサミュエルと用事を済ませてくると書かれたメモと朝食が置かれていた。
「普通の人間扱いされるの久しぶりだな」
テーブルに置かれた朝食を見てマシューはこれまでの自分の生活がどれほど無残だったのかを笑う。
食事をしながらサミュエルと母が自分に会いに来たのが夢ではなく現実だと実感し始めた。
久しぶりに清潔なベッドでぐっすりと眠ることができたので頭がすっきりしている。
「ナルプタス国に帰ろう。国のために戦った人間を大切にしない国に何ですがりついてたんだ。というか俺らしくなくまったく金にもならないくだんねえことして何やってたやらだ」
マシューはサミュエルに革命に参加すると言った時に「革命に参加してもお金にならないんだよ」と言われたことを思い出し笑いがこみ上げた。
「まったくその通りだよ、サミュエル。金にうるさい俺が何を金持ちみたいに金はどうでもいいなんてなってたやら。金にならないどころか大損だ」
革命活動で指示されたことを成功させた時の無敵感にひたっていた自分の姿を思い出し笑っていると、母がサミュエルと一緒に帰って来た。
「なに笑ってんのよ?」母が部屋に何かあるのかと見回している。
「ナルプタス国に帰ろう。すぐに。この国にいる必要なんてまったくなかったわ」というと母がマシューに抱きつき、サミュエルは「帰ろう。一緒に帰ろう。よかった。一緒に帰ろう」と言いながら泣き始めた。
マシューがまったく金にならないプライドでこの国にしがみついていたことに気付いたと説明すると、「その切り替えの早さはあんたらしくて涙がでるわ」と母が泣き笑いした。
サダゴ国の出入国は昔に比べ厳しくなっていた。サミュエルはマシューが国を出られるか心配していたがあっさりと出国が許された。
「この国、本当に腐ってるよな。さんざん人を使っておいて役に立たなくなったらさっさと出ていってくれって態度で」
「だからナルプタス国に移住したんじゃないの。馬鹿ね」母が笑う。
手続きが終わるのを待っていたサミュエルに向かってサムズアップをすると、サミュエルが嬉しそうな顔をしたかと思うと涙ぐんだ。
「泣きすぎだろう、サミュエル」
母に小突かれた。
「サミュエル、本当にごめんなさいね。マシューは年だけ取ってガキのままなのよ。どれだけあなたがマシューのために力を尽くしてくれたか分かってないし。帰ったら奴隷としてこき使ってくれていいから」
「それ、いいですね」
サミュエルらしくない反応なので思わずサミュエルを見るとマシューの真似をしサムズアップした。
「サミュエルのくせに生意気!」
「相棒をゴミのように捨てた男にそんなこと言われたくないかな」
「お前、言うようになったな。生意気すぎ」
「ナルプタス国に帰ったらこき使うから覚悟しておいて。人から優しそうな見かけにだまされたってよく言われてる」
母がふきだしていた。
「本当にそう。覚悟しときなさい」母とサミュエルが意味ありげな笑みを浮かべていた。
荒れた国で荒れた生活を送っていたマシューは久しぶりに戻ったナルプタス国のすべてがまぶしかった。小さな時に初めてこの国に来た時のことが頭をよぎった。
サダゴ国で食糧危機が起こり食べる物がないひもじい生活を送り、これ以上ここにいては死ぬだけだと両親が移住を決めた。
ナルプタス国に移住してからも豊かとはいえない生活をしていたが、それでも金さえあれば食べる物を買え、助け合いとして同国出身者が分けてくれる食料も量が多く天国のようだと思った。
「俺、何を考えてたんだ?」
両親と妹、マシューがサダゴ国にいる間に結婚し子供までいる兄家族も加わり食卓を囲みながら思わず独り言がもれた。
「本当に若くて馬鹿の一言だ。でも若い奴らが無茶をするから物事が動くってのもあるからな。俺の年になったら面倒なことに首を突っ込もうなんてそもそも思わない」父がのんびりとした調子で言った。
この国に来てからも苦労が絶えなかった父だが孫を膝にのせすっかりジイさんらしくなっている。
誰もがマシューが戻ったことを喜び、そして馬鹿なことをしたなとからかう。
からかわれるのは嬉しくない。しつこく何度も言うなと怒ると散々心配をかけたのだから言われて当然だと流される。
「遅くなってすみません」
サミュエルがワインを持って現れた。マシューでも知っている高級ワインで持つべきものは金のある友だ。
「そういえばマシュー、ちゃんと課題はクリアした?」
マシューを奴隷扱いにするといったサミュエルはマシューに平然と無茶な要求をする。
「――場の空気を読めよ。楽しく食べてる時に聞くことか?」不機嫌に言ったが、サミュエルはにこにこと笑顔を浮かべたままだ。
「あら、皆で楽しめる話題を提供してくれただけなのに何を言ってるやら」
母が軽やかに言うと、他の家族もそうだと同調する。こいつら本当に家族なのかとうんざりする。身内が奴隷扱いされているのを笑って見てるなど地獄に落ちろだ。
「どれだけできるようになったか見せてよ」
「お前……本当に性格変わったよな」
「ほめ言葉と受け取っておくよ」
サミュエルがきれいな笑顔を浮かべたまま言う。五年の間にすっかりしたたかになっていてムカつく。
売られたケンカはしっかり買う。とことん付き合ってやると立ち上がった。
杖を持ち右足だけでステップを踏んだ後、杖を床に叩きつけリズムを刻む。椅子に座り杖と右足で音を刻んでいると「遅い!」「もっと正確に音をだす!」と母とサミュエルからダメ出しがとぶ。
ムカつく。足裏を杖で打ちつけ音を出していると「音が汚い」と母が笑う。タップダンスをまったく踊らない家族まで「なんかちゃんとした音じゃない」と批評家きどりで言ってくる。
腹が立ったので大技で黙らせることにする。
立ち上がると杖を支点に回転した後、杖でしっかり体を支え、左足を右足で飛び越えるようにジャンプするオーバー・ザ・トップのステップを見せた。
「おおー!」家族から歓声があがった。
「まだいろいろ荒いけど何とかなりそうじゃないか」
昔のサミュエルなら手放しでほめただろうが、今のサミュエルはなかなか辛口だ。
「不自由な足でこれだけできるようになったんだからちゃんとほめろよ」
サミュエルは目をしばたかせると「こんな簡単なステップ子供でもできるから、ほめるのは逆に失礼かなと思って」さらりと言った。
マシューが大きなため息をつくとサミュエルだけでなく家族も笑った。
マシューは帰ってきたと実感する。助け合うが甘やかさない。それがマシューの家族だ。そしてサミュエルはマシューの家族の一員になっている。
「くそ! すげームカつく! そのうち吠え面かかせてやるからな」
「できるといいね」サミュエルがくすくすと笑う。
足が不自由なら使える物はすべて使い新しい踊りを考えろとサミュエルはいった。
「足の悪いマシューがタップダンスを踊るとなったら珍しいと見に来る人は多いと思うよ」
不自由な足で踊ることがマシューの強みになる、人は不可能を可能にする姿に感動するとサミュエルが力説した。
「マシューは僕の相棒なんだから低レベルなもので僕が満足すると思わないでね。五年も何もしなかったマシューと違ってずっと練習し続けてきた僕と一緒に踊っても見劣りしないレベルになるようがんばって。
ついでにこれまで誰も見たことがない踊りを見せられるよう知恵を絞ってね」
足が以前のように動かないのでサミュエルとステップの音が完全に重なることはもうないだろう。それでも相棒といってくれるサミュエルと踊りたい。足を負傷したことを逆手にとり過去を乗り越えてみせる。
「絶対テミルスの舞台に立てるようになるからな! 天下取るぞ!」
マシューはサミュエルと家族に向かい高らかに宣言した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
――世の中にはたくさんの人がいる。その半分とは気も合わなければ考え方も合わないだろう。残りの半分となら親しくなれるかといえばそうでもない。
その残りのほとんどは嫌いではないが好きでもないことがほとんどだ。本当の意味で親しくなれる人の数は限られている。
だからこそ本当に信頼できると思える人を大切にしなさい。そのように思える人に出会えるのはお前達が思っているよりも少ないから。
サミュエルの祖父が子や孫によくいっていた言葉だ。
祖父の少年時代に国が権力争いで内戦状態になり、信頼できる人を見極めなければ死に直結することから多くのことを学んだと祖父は言った。
祖父が語る内戦時代の話はサミュエルにとっておとぎ話のようで、人間関係や友情についての話は分かるようで分からなかったが心に残った。
親同士が仲が良いことから親しくなったり、両親に連れられ参加する社交クラブで出会った人達がマシューにとって友人と呼べる人達だが、祖父が言ったような大切な存在と思えるほどの関係と言えるのかは分からなかった。
しかしマシューと出会い、大切にしたいと思える存在に出会ったと初めて思った。
お互いの境遇が違うのでその違いがめずらしく新鮮だったこともあるが、まるでもう一人の自分がいるかのように踊るマシューと出会ったのは運命だと思った。
しかしマシューにとってサミュエルはそのような存在ではなかったと革命で思い知らされた。
悔しかった。自分よりも革命を、革命を成し遂げるための仲間を選んだマシューが恨めしかった。
マシューはサミュエルのことを大切だと思っていないことに打ちのめされた。どうでもよい存在だとあっさり捨てられたことを認めたくなかった。
復讐してやると思った。マシューが革命で死ねばよいとも思った。その怒りをぶつけるように踊っていた時に、自分と同じようにステップを踏むマシューが隣りにいるような気がした。
二人で同じ音を作り上げる興奮と喜び、歓声や拍手に包まれる感動、踊った後にもっと見てくれる人を喜ばせたいという気持ちの高揚、マシューと一緒に経験したすべてがよみがえった。
「もう一度一緒に踊りたい」
それがサミュエルの本心だった。
サミュエルは心を決めた。マシューが帰ってきた時に一緒に踊れるように用意をすることにした。上達してマシューを悔しがらせるだけでなく、踊ることを誰にも邪魔されないようにしようと。
両親から決められていた通り家業を手伝いながらサミュエルはタップダンスのレッスンを受けていた。革命が成功してもマシューは戻ってこず、大国とサダゴ国との戦争が始まった。マシューの安否が分からず不安だったが自分ができることをして待つしかなかった。
サダゴ国と大国の戦争が終わり、マシューの幼馴染みは戻ってきたがマシューは戻ってこなかった。幼馴染みに託されたマシューからの家族への手紙には国の復興を助けたいので残るとだけ書かれていた。
サミュエルがサダゴ国までマシューを迎えに行こうと考えていた時に、マシューの母から幼馴染みが酔った時にマシューに口止めされていた足の負傷についてもらしたと聞いた。杖がなければ歩けないという。
「嘘だよね? マシューともう一度踊りたいから頑張ってきたのに」もう二度と一緒に踊れないことに気付きサミュエルはがく然とした。
「マシューの才能は革命や戦争のためにあったわけじゃないのに……」と言ったサミュエルに、マシューの母が
「きっと今頃マシューは後悔してるわ。自分が当たり前のように持っていた才能がどれほど大切なものだったのか。でも仕方ないのよ。人は失ってからじゃないと気付かないことが多いから」と涙ぐんだ。
息子に踊りの才能があることを一番喜んだのはマシューの母で、息子が上達するのをそばでずっと見守ってきたのだ。サミュエル以上に悔しいだろう。
マシューと再び踊ることを心の支えにしていたサミュエルはしばらくどうしてよいのか分からなかった。
しかし右腕を失ったピアニストが作曲家に左手だけで演奏できる曲を依頼しコンサート活動を続けていることが話題になり、ダンサーも工夫をすればこれまでと同じではなくても踊ることが出来るはずと思い至った。
その希望がサミュエルを前に向かせた。そして他国がサダゴ国との国交復活の記念にヒットした映画を贈ったことを知り、サミュエルは映画を作ることを思い付いた。
ナルプタス国では演技だけでなく歌やダンスを組み込む映画が人気になっていた。タップダンスを取り入れた映画を作りサダゴ国へ送ろうと決めた。
「男一人で踊る? あなたが有名なダンサーなら話は別ですがそんな映画誰も見たいと思いませんよ」
制作費を出していてもすべてが思い通りになるわけではなく脚本家にサミュエルの希望はあっさりけられ、恋愛要素を入れるからと女性ダンサーと組むことになった。
映画監督からは演技のレッスンを受けることを命令され、タップダンスを踊るシーンを多くしないと、とてもじゃないが見られないとため息をつかれた。
それだけでなくサダゴ国との交流にふさわしいと作った映画を国に売り込むため、父から映画の資金を借金するだけでなくさまざまな伝手を使わせてもらったことから一生かけて借りを返すことになった。
その甲斐がありマシューはこの国に戻ってきた。
「もうすぐまた一緒に舞台で踊れるようになるね」
マシューの宣言を聞きサミュエルは心の中でつぶやいた。
以前のように音が完全に重なることはなくなってしまったが、いつかまた完全に重なる日が来るはずだ。
サミュエルはマシューの天下を取る宣言に拳をふりあげ応えた。




