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再会

 革命、戦争と苦しい時代が続いたサダゴ国は娯楽に飢えていた。サミュエルが出演した映画はヒットしそれにともないタップダンスの人気が上がった。


「タップダンスなんて古くて格好悪いなんて言ってたくせによ」


 マシューは工場からの帰り道、タップダンスのステップを踏んでいる子供達をみて小声で悪態をついた。


 マシューが家族でこの国にいた時はタップダンスは祭りで踊られる野暮ったいものと見られていた。母がタップダンサーでなければマシューも踊ることはなかっただろう。


 これまで見向きもされなかったタップダンスが自由の象徴や新しい物としてもてはやされることにマシューはうんざりしていた。


 マシューは映画のポスターを見た時に絶対に見ないと決めた。裏切り者が踊ってる映画など見たくなかった。


 しかし誰もが映画の話をしタップダンスのステップを踏むようになると我慢ができなくなった。


 五年の年月はサミュエルを大人にしていたが笑顔があの頃と同じだった。


 サミュエルが踊るたびに体が震えた。動きがシャープで格段に上達している。あの頃にはなかった新しいステップでリズムを刻むサミュエルの姿がマシューの踊りたいという気持ちをかきたてた。


 自分でも気付かないうちに何度も右足でステップを踏んでいたようで隣に座っていた男に注意され最後には殴られそうになった。


 映画を見て以来、昔のように動かない左足にいらだち、自分以外のパートナーと踊るサミュエルへの怒り、今の生活への不満でいっぱいになった。


「あいつが革命に誘わなかったら――」


 幼馴染みへの恨み言を口にした瞬間、正気に戻る。幼馴染みは一時は瀕死状態におちいるほどの負傷をし奇跡的に助かったが右腕を失っている。


 幼馴染みが右腕を失いこれまで出来ていたことが出来なくなったことに絶望する姿を見て、助かったことが本当に幸せといえるのかと思った。


 それは自分の足にもいえた。踊れないダンサーにダンサーとしての価値はない。革命の英雄として死んでいれば厄介者扱いされることもなかっただろう。


「君の踊りの才能は革命のためにあるんじゃない」といったサミュエルの言葉がよみがえる。


「あの時は自分が英雄になれる機会を失ってたまるかと本気で思ってたよな。死なないって謎の自信もあったし。何をやっても大丈夫だと思ってた。


 危ない目にたくさんあったけど捕まったり死んだりしなかったしな。ただ運が良かっただけと今なら分かるけど」


 戦争で嫌というほど人が呆気なく死ぬのを見て人の生き死には運でしかないと痛感した。そして死んだ方がマシだと思う生き地獄もあることを知った。


 革命で英雄になったはずが戦争で使い捨てにされた。戦争は勝利で終わったにもかかわらず最低限の給料を渡されただけだ。


 それでも戦後しばらくは戦ってくれてありがとうと感謝されたが平和な時間が長くなると足手まといな存在になっていた。


「誰だよ? 俺を訪ねてくるような人間はここにはいないのに。もしかして小屋の持ち主か? 何だよいまさら」


 持ち主がいないボロ小屋に住んでいるマシューはツキのなさにため息をついた。住む場所を転々としようやく見つけた廃屋だっただけに、また新しい場所を見つけなくてはいけないのかとうんざりした。


 小屋に近付くと女性が見覚えのあるスカーフをしているのに気付いた。


「まさか……」


 マシューに気付いた男がマシューめがけて走っているのが現実のこととは思えず呆然としていると、ぶつかるように抱きしめられた。


「会いたかった。会いたかったよ、マシュー」


 サミュエルの声だった。いつの間にかマシューよりも背が高くなっているサミュエルがマシューを抱きしめたとたん泣きだした。


「相変わらず泣き虫だな」


「五年ぶりの再会の第一声がそれ? まあ、マシューらしいといえばマシューらしいけど」


 サミュエルがマシューと視線を合わせると泣きながら微笑もうとしたが顔がゆがむだけだった。そのことをからかおうと口を開きかけたところで体に再び衝撃を感じた。


「生きてて本当に良かった」と母の声がしたかと思うと母はマシューとサミュエルの二人を抱きしめていた。


 泣いているせいでまともに話せない母の背をなでていると、泣き止んだ母が「すっかり老けて」とマシューを見て笑った。それを言うならババアの方だろうと言い返そうとしたが、母が再び泣きだしたので言えなかった。


 再会の興奮がおさまるとサミュエルがホテルへ移動しようと誘った。


 落ち着いてみるとなぜ二人が自分の居場所を知っていたのかや、マシューが足を引きずっている姿を見ても何も言わないことなどが気になった。


「本当に勢いだけで突っ走って。でも若さってそういうもんなのよね。私自身も若い時はいろいろやらかしたし。


 そうそうサミュエルなんて勢いで映画まで作っちゃったわよ。若くて勢いがないと出来ないことってたくさんあるわよね」


 映画を作ったという言葉にマシューは引っかかった。


「映画を作ったって、もしかしてサミュエルが出てた映画ってお前が作ったのか?」


 サミュエルがうなずいた。お坊ちゃまのやることは貧乏人の想像を越える。


「お金持ちってやることが本当に桁違いよね」母が楽しそうに笑う。


「だって革命が終わってマシューが帰ってくるのを待ってたけど戦争が始まって、戦争が終わったのにマシューは帰ってこないからどうにかしてこの国に来るきっかけをつくろうと思って」


 革命や戦争でサダゴ国と周辺国の国交は途切れていたがようやく交流が戻り始めていた。


「旅行目的では来るのは難しいからどうすればよいだろうと考えていた時に、他国がサダゴ国との国交を復活させ文化交流としてその国でヒットした映画をサダゴ国で上演することにしたという話を聞いたんだ。


 ナルプタス国もサダゴ国との国交を復活させようとしていたし映画の話があるかもと思って一番上の兄に相談したら、父が映画制作会社に投資をしているから映画を作る伝手はあると言ったんだよ」


「あの映画ってナルプタス国でヒットしたのか?」


 サミュエルと母が顔を見合わせたので答えの想像はついた。


「大ヒットしたと言いたいところだけどナルプタス国では上映してない。映画を作るのとサダゴ国との交流に使ってもらう交渉で手一杯だったから。おかげでこの国に来ることができた」


 母がサダゴ国での評判をひっさげナルプタス国で凱旋上映すれば大ヒットするわよとはしゃぐ姿にサミュエルが苦笑していた。


 さまざまな話しをしている間に夜中になっていた。サミュエルが自分の部屋へ戻る前にマシューをじっと見つめたかと思うと抱きしめた。


「生きていてくれて本当によかった。会いたかった。ずっと会いたかった」


 サミュエルの目に涙が浮かんだ。泣き虫をからかおうと思ったが涙をこらえながらマシューの手をぎゅっと握ったサミュエルの姿に言葉が出なかった。


「あんたはサミュエルにちゃんと謝らないといけない。相棒をゴミのように捨てたのにずっとあんたが帰ってくるのを待ってた。『マシューが帰ってきた時に実力の差を見せつける』と言ってレッスンをずっと取りつづけて。


 いろんな人から一緒に組まないかという誘いを受けてたけど断ってた。『僕のパートナーはマシューだけだから』と言って。私があんたにこだわる必要はないと言ってもサミュエルはマシューとじゃないと踊らないってさ」


 まさかの話にマシューはおどろいた。サミュエルは映画で一緒に踊っていた女の子と息が合った踊りを見せていた。


「でも……あいつ映画で女の子とペアを組んで踊ってた。俺のこと裏切ったんだろう?」


 母が大きく息を吐いた。


「そもそも裏切ったのはあんたでしょう。あんたは革命だって浮かれてたから自分が何をしたのか覚えてないかもしれないけど、革命に参加するとだけ言ってサミュエルを捨てた。


 それでもあんたを待ってたサミュエルを裏切り者扱いするなんて母親ながらあんたの考えることが分からない。


 裏切った男の母なのにサミュエルは私に怒りをぶつけなかったし、それどころかマシューがいなくなって寂しいだろうと何かと気にかけてくれた。そんなサミュエルのことをよくも裏切り者なんて言えるわね」


 マシューはわざと音をたてソファーに座った。


「別に俺はサミュエルに待ってろなんて言ってねえし。あいつが勝手に待ってただけなのにそういう言い方されるとムカつく。あいつは金持ちの坊ちゃんで何の苦労もせずにぬくぬくしてるんだ。それぐらいして当然だろう」


 母が怒りに満ちた目でマシューの視線をとらえたが何度か深呼吸をすると静かにマシューに話しかけた。


「――あんたが戦争で過酷な目にあったのは聞いた。あんたの左足がだめになったのは戦争のせいでこの国に使い捨てにされたのも。


 でもその怒りをまったく関係のないサミュエルに向けるのは間違ってる。サミュエルは革命だって浮かれてたあんたを必死に引き留めた。あんたが行ってからは帰ってきた時のことを考えて用意してた。


 あの子はいい所のお坊ちゃんだけど遊んで暮らしてるわけじゃない。家業のためにやるべきことをやってるから踊ることを許されてる。


 踊るのが好きという気持ちだけじゃなくて、あんたとまた一緒に踊りたいからずっとがんばったんだよ。そんな相棒の気持ちをあんたは分からなくなってしまったんだね。


 昔のあんたは厚かましいけどやさしかったよ。相棒のサミュエルを守るのは俺だって変な奴に目をつけられないよう気をつけてやってただろう」


 革命を成功させた英雄。


 その英雄が今では廃屋に住み、工場での仕事をあてがわれ、足のことをからかわれる。


 足のことで厄介者扱いされるたびに「お前らがこうして暮らせるのは俺が戦ったからだろう。何もしなかったお前らとは違う!」とののしった。


 サミュエルと踊っている夢をみるたびに踊れない体になってしまったことへの絶望と怒りで暴れた。家で暴れるだけ暴れても気は晴れず、右足だけでステップを踏むと空しさだけがつのった。


 もう一度踊りたい。サミュエルと踊りたい。一緒に同じ音を刻みたい。


 前もって打ち合わせなくても分身のように同じ音を作り出すサミュエルと踊っていた時のことを思い出すたびに荒れた。もう取り戻すことができないなら自分が失ってしまったものを思い出したくなかった。


「俺たちが戦ってる間にぬくぬくしてたババアがえらそうにいうな! 死んだ方がましだと思うような経験して生き残ったんだ。ガタガタいうなよ!」


 母がマシューをきつく抱きしめ「つらかったね。一人でつらかったね。がんばった、あんたは命がけでがんばった。あんたが生きていてこうして抱きしめられるのが嬉しい。本当に、本当によかった」といった。


 涙がこみ上げた。誰かに頑張ったといってもらいたかった。戦ったことが間違いだと本当は思いたくなかった。あの瞬間、自分にとって戦うことが正しいことだと信じていた。


 母の温もりを感じながら自分がずっと孤独だったことをマシューは知った。

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