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マシューとサミュエル

「そんな簡単なステップもできないのかよ」


 サミュエルは新しいタップダンス教師の個人レッスンを受けた時にマシューと出会った。マシューの母親であるダンス教師がレベルの近い仲間がいると良い刺激になるとマシューを連れてきた。


 母親がマシューにサミュエルへの口の利き方を注意するとマシューはふてくされスタジオの隅に座りこんだ。


 息子の態度の悪さを教師があやまりレッスンを続けているとふいにマシューが加わった。


 マシューが加わってもタップ音が大きくなっただけで音のズレがないことに気付いた。まるで一人で踊っているかのような音しかしない。


 踊り終わった後に教師が「たまにこういうことがあるのよね」と大きくうなずきながら、音が完全に重なる相手はめずらしく二人の踊りの相性はとてもよいと言った。


「俺もおどろいたよ。お前に合わせて踊ってるわけじゃないのに音がぴったりで」


 マシューは母親に口の利き方を再び注意されたが気にせず、サミュエルがレッスンの初めにもたついていたステップを踏むとやってみろと促した。


 サミュエルが上手くできないでいると「上に飛ぶんじゃなくて後ろに引くように飛びながら両足を合わせるんだ」とやってみせる。


 マシューに言われた通りにやると手こずっていたのが嘘のようにできた。サミュエルがマシューを見ると笑顔で親指を突き立てサムズアップした。


 マシューと一緒にレッスンを受けるようになりサミュエルは急激に上達した。サミュエルにとってマシューはライバルで追いつきたい、負けたくないと練習に熱が入った。


 レッスンを受けるようになりしばらくするとマシューから舞台に一緒に出ないかと誘われた。


「俺、小遣い稼ぎに近所のナイトクラブで踊ってるんだ。お前と一緒に踊ったらもっと客にウケそうだ」


 その話にマシューの母が驚がくした。サミュエルの上達に役立つと息子を一緒に踊らせているだけで、マシューの小遣い稼ぎにサミュエルを使うなどもってのほかだと叱った。


 サミュエルはナイトクラブがどのような場所か知らないがやってみたかった。これまでは観客としてタップダンスを見るだけで自分が人前で踊ることなど考えたこともなかった。


 初めてタップダンスを見た時にダンサーが歩くだけで音が作られ、ダンサーの足の動きがリズムを刻み心が躍った。音楽を奏でながら踊るタップダンスの魅力にサミュエルはとりつかれた。


 サミュエルがマシューの母から習うことにしたのは、両親に連れられ参加したパーティーで彼女の踊りを見たからだ。マシュー達はサダゴ国出身で、マシューの母はナルプタス国にはないテクニックをパーティーで披露していた。サミュエルはこれまで見たことがないステップを踊ってみたかった。


「やってみたいです、先生。でも両親がよいというのか分からないので一緒に説得してもらえませんか?」


「そうこなくちゃ! お前は金に困ってないからチップはいらないだろう?」


 息子の厚かましさにマシューの母が目をむいた。マシューの母はサミュエルをナイトクラブで踊らせるのはさすがにまずいだろうと、裕福な家で行われるパーティーで踊る時にサミュエルとマシューを含めることにした。


 サミュエルの母は息子が踊ること自体は反対していないが芸人の真似をするのは良家の子女がすることではないと反対した。しかし父はこの手の習い事は人に見てもらってこそ上達するものだと許してくれた。教師の手伝いをするという形での許可なので報酬は受け取らないことになった。


「お前のオヤジさんものすごく話が分かる人だな。ナイトクラブで踊るのも許してくれそうだから頼んでみるか」


 マシューの母が調子に乗るなといさめた。


 人前で踊るのは緊張のあまり逃げ出したくなった。しかしマシューが「俺らはうちのババアのおまけだ。手を抜いて踊った方がババアが栄えて見える。本気出すなよ」と笑わせ緊張をほぐしてくれた。


 初舞台は無我夢中でステップを踏み大きな拍手がしたことで自分が踊り終えたことを知った。自分にではなくマシューの母への拍手なのは分かっているが拍手をもらうのは嬉しかった。


「舞台で踊るのって楽しいだろう? これからは俺たちだけで金を稼げる所で踊ろう」


 マシューが自分の母親に聞こえないよう小声でサミュエルに言った。


 マシューの母はそのパーティー以降も踊る機会があればマシューとサミュエルを含めてくれるようになった。それに伴いマシューの母が教えるダンス・スタジオでリハーサルをする時間が多くなった。


「なんで金を持ってないんだよ? 金持ちなんだからいっぱい持ってるはずだろう?」


 マシューがスタジオの近くにあるキャンディー・ショップでおやつを買おうとサミュエルを連れてきたが、サミュエルがコインのひとつも持っていないことに呆れていた。


 買い物の支払いは運転手か買い物に付きそう使用人がするので持ち合わせがないと説明すると「金持ちって面倒くせえ」と文句を言いながらサミュエルの分を払ってくれた。


「おごりじゃないからな。ちゃんと金返せよ」マシューは金にうるさいが面倒見はよかった。


 サミュエルは学校に行くのではなく家庭教師から教育を受けていた。そのため家の外に出る機会が少なかった。マシューは世間知らずのお坊ちゃまとサミュエルのことをからかいながら外の世界がどのようなものかを教えてくれた。


 それだけでなくダンス・スタジオで顔を合わせるマシューの友人とも仲良くなりサミュエルの世界は広がった。


 サミュエルはそれまで裕福な家庭の三男としてふさわしい振る舞いを求められ両親が望むように生きてきた。そのような自分の環境を普通と思っていたのでマシューが住む世界がめずらしかった。


「これまで金持ちのお坊ちゃまは金にも食う物にも困ることないと羨ましかったけど、お前を見てると俺にとってどうでもいいこと勉強しなきゃいけないとか、何でそんなこと気にするんだってマナーを守ってとか面倒くさすぎ。


 オヤジが恵まれた奴を羨む気持ちは分かるが、そういう奴らにもお前が想像できないような苦労があると言ってた理由が分かった」とマシューが言ったことがあった。


 その言葉に自由で屈託がないように見えるマシューがサミュエルには話さない苦労をしていることを思い出させた。


 マシューは兄弟のことをまったく話さない。サミュエルが周りから聞いた話から母国で自然災害があり食糧不足におちいった時に姉を亡くし、母国からナルプタス国に移住した後に流行病で弟を失っていることを知った。


 たくましく生きるストリートスマートなマシューとの時間はサミュエルにとってかけがえのないものになった。


 マシューは自分の小遣い稼ぎにサミュエルを引き込むことを忘れていなかった。マシューの母やサミュエルの両親に隠れサミュエルはナイトクラブで踊るようになった。


 隠れてマシューとナイトクラブで踊っていることはすぐに両親に見つかった。母はタップダンスをやめさせると息巻いたが、父は男子はこのぐらいの冒険はした方がよいとお目付役として運転手のアントンを同行させることで許してくれた。


 サミュエルとマシューは他のクラブから踊らないかと誘いを受けるようになり、ダンス・コンテストに出ないかという話も舞い込むようになっていた。


 踊る機会が少しづつ増え、サミュエとマシューは目指すはトップだと輝かしい未来を描いていたがすべてが消えてしまった。


 革命という狂気で。

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