天下をとる
固い床を靴が自由自在に動き音を刻む。からかうようなゆっくりとした音がした後に素早く絶え間ない音を刻むタップ音が歓声をあおる。
靴が床を踏みならす音だけでなく靴同士をぶつけ軽やかな金属音がしたかと思うとリズムを刻んでいたダンサーの体がくるりときれいに回り、両足を踏ん張るように足を床に叩きつけると終わりにふさわしい大きなタップ音がした。
「ブラボー!」
すべての動きが止まったとたん観客からの拍手や口笛、叫び声が会場を包んだ。
サミュエルが一緒に踊っていたマシューに視線を向けると、マシューが紅潮した顔で観客に応えながらサミュエルの手を取り頭上に大きく振り上げた。
喝采が大きくなった。喝采は麻薬だといったパフォーマーの気持ちがよく分かる。自分の作り出した音と踊りを喜んでくれる。素晴らしいと反応してくれる。もっと自分の踊りで観客を喜ばせたいという気持ちでいっぱいになる。
「今日の観客最高だ! 俺たちが意図した踊りをしっかり分かってくれて、喜んでくれて!」
舞台の袖でマシューがサミュエルに待ちきれないように言った。舞台では合図と目線だけでコミュニケーションを取っているので気持ちを分かち合いたいとうずうずする。
二人でチームを組みタップダンサーとして人前で踊るようになり一番良い反応を得られた。興奮と嬉しさ、もっと良いものを見せられるとじっとしていられない。二人はいつも練習しているダンス・スタジオへ走った。
「俺たち最高!」
マシューがステップを踏みながら叫ぶ。床をタップする音が喜びで跳ねている。
「テミルスのステージで踊るのも時間の問題だ!」
国内で一番格が高く、その舞台に立てば一流といわれるテミルスの名をサミュエルが口にすると、マシューがひときわ大きな音を刻み「天下とるぞ!」と笑いながらいう。
うれしさで体中にぞわぞわとする感覚と、何かに急き立てられる、それでいて不快ではない気持ちで満たされる。
じっとしていられない気持ちをサミュエルが、かかとだけを小刻みに足踏みをするステップをこれ以上ないほどの速さで始めると、マシューが同じステップで応える。
意識して合わせているわけではないのに二人のステップの音が一つに重なる。二人でステップを踏んでいるのに一人で踊っているようなタップ音しかしない。
それがマシューとサミュエルがチームを組んだ理由だ。同じステップを同じように踏んでも普通はかすかな音のぶれがある。人によって音をとるタイミングや踊る速さが違うのでタップ音が完全に重なることがない。
それにもかかわらずサミュエルとマシューのタップ音は毎回ではないが重なることが多かった。まるでもう一人の自分がいるかのように。
「やはりここでしたか」
サミュエルを迎えに来た運転手のアントンがあきらめたような顔をしている。舞台で踊った後にアントンには知らせずこっそりスタジオへ来るのがすっかり普通になっていた。
「来るの早すぎだよ、アントン!」
「あなたに文句をいわれる筋合いはありません」
アントンがぴしゃりと言い返すがマシューは気にせず「せっかくいい気分で踊ってたのに」とこぼす。
車に乗りマシューを家まで送ると、マシューがドアを開け「アントン、俺のこと嫌いなのにいつも送ってくれてありがとう」と言いながら素早く車からおりドアを閉めた。
アントンが小さくため息をつくとサミュエルに話しかけた。
「お疲れさまでした。今日はとくに盛況だったようですね」
「これまでで一番良い反応を得られたよ」
サミュエルは舞台が終わった時の大きな拍手と歓声、マシューの嬉しそうな顔を思い出し再び気持ちが高ぶった。
「今夜は坊ちゃんがパーティールームで一晩中踊る姿が見られそうですね」からかうようにアントンが言う。
サミュエルの家にはパーティールームがあった。踊りの練習をするのにちょうどよい広さだ。
しかしタップダンス・シューズをはいて踊ることは両親から禁じられている。色のちがう木を組み合わせ家紋や美しい模様を描いている床を傷つけないためだ。
靴の底に金属をはりつけているタップダンスシューズを使うことはできないので、素足で舞台に立った後の興奮でじっとしていられない気持ちをパーティールームで発散した。
「タップダンスシューズをはいて踊れないことが本当に残念だよ」
サミュエルからは後ろ姿しか見えないアントンがほほえんだような気配がした。




