第02話 エンカウント
(魔法が使えるなら、一度は試してみたい──
単なる好奇心だけじゃない。戦うための備えとして、水魔法のスキルを取得した。《水属性マナ軽減》の特性があるなら、水系スキルとの相性はいいはずだ)
(そういえば、“MP”じゃなくて“マナ”って呼ぶパターンか)
(ともかく、レベルがあるってことは敵が出る可能性もある。そのための準備として、ゲームの初期ボーナスポイントみたいな感じで、自由に三つまでスキルが選べた)
すでにいくつかのスキルは最初から取得済みだった。その中に《翻訳》というものがある。
(たぶん言語の壁を越えるスキルだろう。こんなスキルがあるなんて、大学で専攻した外国語は無駄だったな)
落胆というより、どこか苦笑いに近い。
「それで、これからどうするの?」
隣を歩いていた女性が、ちらりとこちらを覗き込みながら声をかけてきた。
「とりあえず、安全な場所まで行って状況を整理しよう」
「安全な場所って、どこ?」
「分かんないけど……なるべく安全っぽいところ」
タトゥーの男たちが小屋の中へ入った隙に、彼は音もなくその場を離れた。誰にも気づかれずに済んだのは幸運だった。そして、数歩歩いたところで、彼女が小声で叫んだ。
「ちょっと! 私も行く!」
気づけば隣に並んでいた。
「いや〜、絶対ムリでしょ。あんなのと一緒にいるとか!」
身振りを交えながら、勢いよく彼女はそう言った。声には笑いも混じっていたが、目の奥に本気の嫌悪があった。
(……どうやら、“あんなの”よりは俺の方がマシって評価らしい)
心の中で皮肉っぽく呟いたが、少しだけ肩の力が抜けた。
◇ ◇ ◇
二人は、小屋とは逆方向に向かうかすれた獣道を歩いていた。ほとんど整備されておらず、草が生い茂っていて足元もおぼつかない。
「なんかいるっ」
彼女が小声で言いながら、彼の腕を肘でつついた。
視線を向けると、茂みの向こうに小さな影が動いている。
(狐……か? いや、耳が妙に長い。尻尾も二股に分かれてる?)
こちらを認識したのか、ゆっくりと近づいてくる。
(敵か……? モンスターかもしれない)
息を飲みながら、ステータスウィンドウを開く。取得済みスキルの中に、白く光るひとつの文字列が目に入った。
《ウォーター・バレット》
迷わずそのスキル名に指を伸ばす。
「うおおお、なんか出そう!」
指先にぞわりとした感覚が走る。反射的に迫ってくる影へ向けて腕を伸ばした。
次の瞬間──
水の弾丸が、鋭く空を裂いて飛ぶ。
(当たった……!)
それは敵の腹部に直撃し、水しぶきと血飛沫を同時に撒き散らす。影は地面を転がり、もがきながらも再び立ち上がろうとした。
「もう一回!」
再度スキルを押す。二発目の水弾が容赦なく叩き込まれ、モスターは今度こそ沈黙した。
(……怖い。体が勝手に震える。まるで就活の面接のときみたいだ)
こわばった体を無理やり動かして呼吸を整えていると、彼女が目を丸くして口を開いた。
「今のが……魔法? すごいね!」
その声には、驚きと少しの賞賛が含まれていた。
(けっこうグロかったけど、平気なのか……?)
戸惑いながらも、彼は前を見据えた。
「また何か出てきたら怖いし、確認しながら進もう」
そう言うと、彼女は何度もこくこくと頷き、すぐに足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
時間は流れ、やがて空が茜色に染まり始める。木々の影が長く伸び、あたりは少しずつ暗くなっていく。
(……あの小屋に残っていた方が良かったんじゃないか)
そんな後悔が、ひたりと心に忍び寄ってきた。
そのときだった。前方の森の先に、ぽつんと淡い光が見える。
「あれ、家……だよね?」
彼女が少し不安そうに声を上げる。
(そういえば、名前も聞いてなかったな)
灯りがあるということは、人が住んでいるのだろう。問題は、どんな人間かということだ。
(この状況……どう説明するのがいいだろう)
「道に迷いました、でいくしかないかな」
ぽつりと口にすると、すぐ隣から返ってくる。
「実際迷ってるよね?」
(……そりゃそうだ。同じこと考えてたか)
苦笑しながらも、彼はその小さな光に希望を託した。
──どうか、友好的な第一村人でありますように。
そう祈りながら、扉をノックした。