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002.魔物を倒してまずは売上を

 冒険者ギルドの売上は主に三つある。


 一つ目は調査や討伐、護衛などの請負業務。

 二つ目は魔物を倒した際に得られる魔法石の売上。

 三つ目は野生動物の駆除とその売買。


 その他にも冒険者は武器の所有が許されている代わりに予備役でもあるので、その管理費用が国から支給されている。

 また、大きなギルドになると、事務所内での武器の物販や飲食の売上も見込めるが、弱小ギルドの場合は事業収益を殆ど見込めない。

 そのため、先に上げた三つで稼ぐのが主流だ。


 そして、売上を伸ばすために重要なのは、単価の高い請負業務と魔法石の売買だ。

 しかし、請負は()()()貰わなければならず、営業力とそれ相応のギルドの信用や格も必要になる。

 そのため、正職員がたった一人しかいないような弱小ギルドでは、依頼を受けるだけでも簡単なものではない。

 相手の立場になれば、任せても成功するかわからないところに大事な仕事を振らないのは当然のことだ。


 そこで魔物討伐である。

 魔物を倒すのにもそれ相応の実力が要求されるが、曲がりなりにもレイは魔法種だ。

 自分の実力であれば、魔物を討伐することが売上貢献に一番手っ取り早いと考えていた。


 それに、日数が必要な請負よりも現金化が早いことも大きな理由である。

 レイたちサウスウエストはすぐに売上を確保する必要があるのだ。


「ちゃんと来てくれて安心しました」

「頼りにしてるよ、ギルドマスター」

「マスターは止めてください。今まで通りレイでいいですから」


 夜明けを迎えたばかりの薄暗い時間にレイとエリナはギルドで落ち合った。

 昨日のエリナはとても仕事ができる状態ではなかったため、レイはエリナを早めに帰宅させていた。

 しかし、レイは本当にエリナが今日現れるかどうか、不安を拭えずにいた。

 だが、表情こそまだ沈んでいて、相変わらず女性らしくない風体のエリナではあるが、こうして軽口を叩ける程度には回復していた。

 その姿を見て、少しだけレイの肩は軽くなっていた。


 移動手段はギルド唯一の貴重な資産でもある荷台のついた軽トラックである。

 レイが()()()昨日準備した荷物を載せると、エリナと共に魔物の潜む山へ向けてギルドを出発した。

 目指す先はサウスパレス近郊のアッサブ山である。

 一時間弱山の麓のダムまで車を走らせて、そこからは歩いて魔物を探す手筈だ。


「すんなり見つかると良いけどな」

「見つかるんじゃないです。見つけるしかないんです」


 ハンドルを握るエリナに向けて、レイは力を込めてそう強調した。

 弱小ギルドにただのんびり探す時間の猶予などないのだ。


「気合入ってるね。若いっていいな」

「茶化さないでください。エリナさんだって、生活がかかってるんですからね? 昨日も言いましたけど、今回何も収穫がなければ来月給料払えないですから」

「私は経営のことは分からんが、そんなにうちのギルドは厳しいのか」


 エリナがタバコを吹かしながら嘆くようにそう言うと、レイは真剣な面持ちで頷いた。

 実際のところ、レイには父の保険金が少なからずあった。

 そのため、自己資金を投入すれば払えないこともないが、決してエリナの前ではそれを言わない。

 唯一の正職員としての甘えをなくすためだ。

 レイは、一端の長らしく甘くないのだ。


 街中を抜けると、路面が安定しない獣道へと入る。

 そこを進むと、やがて街の水瓶となるダムが現れ、軽トラックをその側に停車させた。

 二人は荷台から大型のバッグを下ろして背負い、整備されていない山林へと足を踏み入れる。


「エリナさん、道は分かりますよね?」

「あぁ。何度も来てるからな。ただ、雪解けしたばかりだ。方角を間違えないように気をつけないとな」


 レイはマップを広げて最初の目的地を確認し、エリナは方位磁石を手に取る。

 マップには魔物が出現した記録や、キャンプ地に適した場所が記されていた。


 今回の探索は、今日を含めて三日間の計画だ。

 まずは見晴らしの良い開けた場所にベースキャンプを設営し、父お手製のマップを頼りに魔物を探すという手筈である。

 地面の土は乾いていたが、木々の足元にはまだ所々雪が残っている。

 陸地に比べると気温も一段低い。

 エリナが先頭に立ち、定期的に方角を確認しながら進んでいった。


 道中は順調で、迷うことなくベースキャンプの予定地へと到着した。

 ちょうどいい落木を拾い、それをポール代わりにして持参した布を吊るし、簡易テントを作る。

 そして、調理器具や寝袋など、ギルドから持参した荷物を置いて身軽になる。


「さてと、行きますか」

「そうですね」


 準備を終え、エリナが一服すると、二人は再び山林へと踏み込んだ。


(この人は何か終わるたびにタバコを吸うな)


 レイはそう思いながら、エリナの背中を見つめる。

 過去に魔物の目撃情報があった場所を順に巡っていく。

 魔物は必ずしもそこにいるわけではない。

 生殖活動で増える生物ではなく、突如として出現するのが魔物だからだ。

 目安はあるが、明確な縄張りがあるわけではない。

 しかし、他に情報がない以上、記録されたポイントを回ることで魔物と遭遇する確率を上げていくしかない。


「……何かいるな」

「……いますね」


 しばらく歩いていると、エリナが気配を感じて足を止めた。

 エリナの静かな声に応じて、レイは魔力を込めた目で遠くを見渡す。

 常人では見通せない視線の先、一〇〇メートル以上離れた茂みの奥の斜面に何かがいた。


「あれは……ヒグマですね」

「やはりか。残念」

「いや」


 そこにいたのは魔物ではなく、冬眠明けのヒグマだった。

 餌を探しているのか、のそのそと木の根元を掘り返している。

 エリナも魔力のあるキャリアらしく普通の人間よりも視力は良いが、魔法種であるレイには敵わない。

 草木に遮られていたため、はっきりと視認できていなかったエリナは、目的の獲物ではなかったことに落胆した。


 だが、レイは違った。

 口元をわずかに緩める。


 ギルドの売上は主に三つの柱で成り立っている。

 その一つが野生動物の駆除だ。

 狩猟の単価は決して高くないが、駆除した獲物の売買は数をこなせば馬鹿にならない収入源となる。

 そして、何より今日の食料にもなる。

 弱小ギルド〈サウスウエスト〉にとっては、主力の一つでもあった。


「まずは確実に売上を確保したいですし、準備運動を兼ねて僕が――」

「いや、私にやらせてくれ」


 レイが地慣らしも兼ねて狩猟を買って出ようとしたが、エリナが遮った。

 通常、野生動物の狩猟は力の劣るエリナの仕事であった。

 魔法種が万全の状態で仕留められるようにするのがエリナの役割だからだ。


(ヒグマなんて魔法種にとっては楽勝だ。きっと父さんは全部、一人でやっていたんだろうな……。だから結果的に自分の首を締めることになったんだろう)


 だからこそ、僕は父さんみたいにはならないぞと、やる気に満ちているエリナの表情を見て、レイはその提案を受け入れることにした。


「分かりました。気をつけてください」


 エリナは腰まで伸びた草木に身を隠しながら、音を立てずに気配を消して斜面を登っていく。

 しかし、相手も野生動物だ。気配には敏感である。

 距離を縮めたところで、ヒグマは動きを止め、好戦的な鋭い目でエリナを睨みつけた。

 二メートルを超える巨体。両手を広げれば、三メートル以上はあるかもしれない。

 この進化したヒグマたちは、大昔と違って人を恐れない。

 距離は約三十メートル。互いに獲物を視界に捉えた。

 先に動いたのはエリナだった。

 気配を殺すことをやめ、一気に駆け抜ける。

 短刀を抜き、首元を狙って下から刃を突き上げた。


 しかし――


 ヒグマは待ち構えていたように正面からエリナを見据え、瞬時に反応。

 身を捻って攻撃を躱す。


「くっ!」


 次の瞬間、ヒグマが鋭い爪を振りかざした。

 エリナは片手を上げてガードの構えを取るが、生物としての圧倒的な力の差があった。


 ドンッ!


 凄まじい衝撃とともに、エリナの体が地面へと叩きつけられる。

 もし、ただの人間であれば――ここで終わっていた。

 そのまま追撃を受け、ヒグマの餌となる運命だっただろう。


 だが、エリナは魔力を持つキャリアだ。

 つまり、魔力で肉体を覆い、障壁を作ることができる。

 魔法種とキャリアの違いは、魔法の使用可否だけではない。

 魔力の絶対量にも大きな差がある。

 キャリアの魔力障壁は、魔法種と比べると薄く脆い。

 人間同士の戦闘ならば十分な防御力を発揮するが、相手が野生動物ともなれば話は別だ。

 通常の魔力障壁では、その攻撃に耐えられない。


 しかし――


 エリナには技術があった。

 全身に纏う魔力を瞬時に集中させ、防御力を一点強化することで、一時的に魔法種並の防御を得る。


「ぐっ……!」


 エリナは腕周りに魔力を集中し、ヒグマの攻撃を受け切る。

 そして、地面に叩きつけられた反動を利用して、そのまま跳ね上がると、勢いのまま短刀を振るった。

 脇へと潜り込み、渾身の力を込めて刃を突き立てる。


 手応えはあった。

 ヒグマの分厚い皮膚を貫き、刃が肉へと届く。


 だが――致命傷には至らなかった。


 ヒグマが吼え、反撃の一撃。

 巨体を活かした力任せの一振りが、エリナを吹き飛ばす。

 体が宙を舞い、地面を転がった。


「コイツ……根性あるな……」


 浅い傷から血を流しながらも、ヒグマは標的を捉え続ける。

 逃げる気配はまったくない。


 次の瞬間、ヒグマが突進してきた。

 その質量、その威力――まるでトラックが猛スピードで突っ込んでくるかのような一撃。


 エリナは構えを崩さず、その突撃を真正面から受け止めた。

 衝撃で地面が抉れ、そのまま、巨体に押し倒されるように地面へと叩きつけられた。

 土煙が舞い上がり、音が止む。

 エリナの身体はヒグマの下敷きとなる。


 しかし――


 ヒグマは唸り声一つ上げず、じっとしたまま動かない。

 ヒグマの目の色が変わった。

 直後、巨体がぐらりと揺れ、そのまま崩れ落ちる。

 斜面に横転した巨大なヒグマ。

 その下から、土埃にまみれたエリナがゆっくりと姿を現す。

 衣服は泥や血粉にまみれている。

 だが、その右手には、ヒグマの命を奪った短刀がしっかりと握られていた。


「お疲れ様でした。随分と危なっかしい戦い方でしたね」


 様子を見ていたレイが近づきながら呟くと、エリナは土埃を払いながら満足そうにそう答えた。


「泥臭い冒険者の戦い方よ」


 エリナは、あえてヒグマの突撃を正面から受け、その勢いを利用して急所を確実に狙った。

 最後の一撃は、ヒグマの体重を利用して、刃を深く突き立てていたのだ。

 リスクや偶然もあるが、諸々の条件を考慮して彼なりに導き出したカウンター攻撃であった。

 レイはそれを危なっかしいと表現したが、戦闘には介入せずにじっと見守っていた。

 それはそもそも単なる生物であるヒグマと魔法障壁のあるキャリア持ちの戦いであり、余程のことが起こらない限り、エリナが死ぬことはないと踏んでいたからだ。

 だから、レイはこの話を引っ張ることなくすぐに興味を戦いから仕留めた獲物へと変えた。


「早く下処理をしないといけませんね」

「それも私に任せておけ」


 狩猟は仕留めて終わりではない。

 獲物をギルドに持ち帰って初めてそれが金になる。

 エリナは近くの開けた場所へヒグマの死体を肩に載せて運ぶと、慣れた手つきで血抜きを始めた。

 短刀を手に取り、分厚い皮を丁寧に剥ぎ取っていく。

 続けて内臓を取り出し、肉を食材として売れるようにブロック状に解体する。


「ここからは任せた」


 エリナが手を止めると、今度は魔法種であるレイの出番だった。

 両手を前にかざすと、空中に水が生み出される。

 そのままシャワーのように降り注がせ、血や汚れを丁寧に洗い流していく。

 不要な部位はその場で火を灯し、燃やして灰に変えた。

 最後に冷気を生み出し、ヒグマの肉を瞬時に分厚い氷の塊へと変える。


「ふぅ……あと少し」


 レイは目の前に並ぶ整えられた肉の塊を見つめ、満足げに頷く。

 狩猟の経験はそこまで豊富ではないが、それでも納得のいく仕上がりだった。

 ポケットから、コインほどの大きさの石を取り出すと、解体した肉の周囲を囲うように配置する。


「魔法種様々だな……」


 エリナが苦笑いしながら呟く。

 レイは再び両手をかざし、魔法石を支点に魔力を込めた。


 空気がわずかに揺らぐ――。


 制限時間はあるが、魔法石を利用すれば、魔力による結界を張ることができる。

 これがあれば、魔力で干渉しない限り侵入できないため、死骸の臭いに引かれて動物が寄ってくる心配もない。


「これで大丈夫でしょう」

「魔法種がいると、後始末が格段に楽だな……」


 エリナは過去に一人で狩猟した時のことを思い出し、苦笑した。

 魔法がなければ、下処理に時間がかかる上、すぐに下山してギルドへ運ばなければならない。

 しかし、結界さえ張れば、その必要はない。

 魔法種がいれば、狩猟は途端に片手間の仕事になるのだ。


「まだ仕事は終わっていませんからね」


 二人は地図を広げて現在地を確認すると、何事もなかったかのように探索を再開した。

王様や貴族が治める世界なのに、自分たちに反旗を翻す武力を持つ冒険者ギルドが当たり前に存在するのはおかしいと思ったことはありませんか?

この世界の設定は、そのあたりの整合性から考えてみました。

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