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017.弟子入り

「黙ってりゃ綺麗な顔してるんだけどな」


 ぐったりと気を失って地面に横たわるユメノを上から覗くと、レイナは眠り姫になった彼女へそんな感想を抱いた。

 しかし、一度痛い目に遭ったほうが良いと思っていたからか、そこまで心配している様子も見られなかった。


「病院連れていくか」

「そうだね。リアイ姉のところに運ぼうか」


 リアイの実家は病院である。

 ざっと確認する限り外傷はなさそうであったが、万が一を懸念して病院へと連れて行くことになった。

 レイはユメノの背中に手をやると彼女の腕を自分の首に回し、お姫様抱っこの要領で持ち上げて胸に抱えた。

 すると、彼女は眠りから覚ますようにゆっくりと瞳を開いた。


「あっ、ごめんね。ちょっとやりすぎちゃった」


 目を覚ましたことに気が付くと、レイはそう言って謝った。

 ちょうどその瞬間、レイとの顔の距離はきめ細かい肌が覗けそうなほどの至近距離にあった。


「お、御兄様?」

「おにいさま??」


 レイは自分ではあまり自覚していないが、世間一般では美男子に分類される見た目だけは王子様男子だ。

 そんな色気のある男の唇を前にして、思春期に突入した彼女は思わず顔を赤くし、しおらしくそんな言葉を呟いた。

 レイナは彼女のキャラにない聞き捨てならない言葉を耳に入れると怪訝な表情を浮かべるが、ユメノにはそんなものは視界に入っていない様子であった。


「あわわ」


 ユメノは自分の置かれた状況が頭に入ると、恥ずかしさから慌てて腕を振り解いて彼から離れた。

 目の前に立つ()()の兄が、スポットライトを浴びた舞台役者のようにより一層鮮明に輝いて映った。


「御兄様、私を弟子にしてください!」


 ずっと彼を視野に収めて光を浴び続けたい願望を消し去って、彼女は思いのままビシッと頭を下げた。


「弟子?」

「はい。私は御兄様の強さに感銘を受けました。そして、強くなりたいのです。そのためには、御兄様の弟子にしていただくのが一番かと!」


 ユメノがこれまで追い求めていきた強さの象徴が目の前にある。

 それには彼女の全てを捧げてもよいほどの魅力しかなく、何もせずに見逃すことは許されなかった。

 ユメノは少し前まで気を失っていたとは思えないほど瞳をキラキラと輝かせて力強く迫った。


「弟子か」


 戦闘技術を教えるのはやぶさかではない。

 強さはレイの武器であり、誰かに物事を教えることは自身が学ぶことでもある。そう考えるレイにとって、悪い話ではなかった。

 それに、ユメノの素質は魔法種から見ても中々のものだ。動きにはキレがあり、キャリアの中でも魔力量は多いほうだ。

 恐らく現時点でも人との戦いであればエリナよりも強いと見立てていた。

 しかし、レイは格闘家ではなく冒険者であり、若くても一端のギルドマスターだ。


「あのさ、うちで冒険者にならない?」

「冒険者?」

「強化種や魔物との戦いがあるし、コイツらは人間よりも生物として段違いに強い。俺がどうこう教えるよりも、実戦が一番強くなる近道だよ」

「冒険者ですか」


 自分の道場では卒業後冒険者になる者もそれなりにいたはずなのに、ユメノは不思議と冒険者に関心を持っていなかった。

 これまでの短い人生では目の前に夢中で、将来のことを考えてこなかったからだ。


 だからその言葉を聞いて、初めて冒険者の姿を想像した。


 厳しく迫る強化種を投げ倒し、奇妙な魔法種を仲間と協力して倒して目の前に立つ男と喜びを抱きしめて共有する姿。


 悪くない、いやむしろ、己の人生のパズルにピッタリとハマるかのようにすっきりとするような姿であった。

 その後家を持ち、子宝に恵まれた光景を慌てて振り払い、再びキラキラと瞳を輝かせて目の前に立つ男を見た。


「はい、私を冒険者にさせてください。よろしくお願いします」


 ユメノはそう言うと素直に頭を下げた。

 レイは無事勧誘が成功したことにすっと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、改めてよろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


 レイがすっと手を差し伸ばすと、彼女はその手を握った。


「あっ、勝手に話を進めちゃったけど、これで良かったよね?」


 レイは傍でしばらく黙っていたレイナに気を遣うように声を掛けた。

 この結果はレイナが持ち込んできたことが切っ掛けだとはいえ、元々望んでいたものとは思えなかったことへの兄らしい配慮であった。


「うん。私が押し付けた話だし」


 レイナは渋い表情で頷いた。

 自分がユメノと決闘させられるような最悪の結果にならなかったが、最高に満足行く結果だったかと言われれば微妙な、納得すべきだから受け入れたようなそんな表情だ。


「レイナ、これからもよろしくな」


 そんな彼女の気配を察知せずに、ユメノはニコニコとした表情でレイナに手を差し出した。

 その能天気さに仕方がないなとレイナは形式的に彼女の手に合わせた。


「もうこれからは私に絡まないでよね?私、あんたと違って平和主義者だし。戦いとかそういうのは全部おにいに任せてるから」

「あぁ。これからは御兄様に全てを捧げるよ。あっ、御兄様。余裕があるときには手合わせをお願いしますね」


 全てを捧げるとはどういう意味であろうか。レイナはより一層険しい表情を浮かべた。


「そうだね。今度セミナーをやろうかと考えてるから、そのときにでも」


 ユメノの申し出に、レイはさらっとそんなことを言った。


「セミナー?」

「うん。この前エンゾさんと話をして考えたことでもあるんだけど、稼働率が少ない冒険者や冒険者に興味がある人を集めて、戦い方や訓練方法を教えてみようかと。まずは冒険者を増やさないと売上も伸びてこないしさ」

「なるほど」


 レイナが横から質問をすると、レイは自分の考えを答えた。

 売上を伸ばすには、活動量を増加させることが基本である。

 それを考えると、現状の冒険者の稼働率やその人数は明らかに足りていなかった。

 そのためには冒険者をする上でネックとなる戦闘の安全性を高めたり、冒険者への関心を集めてなり手を増やす必要がある。

 その打ち手として、自らの騎士学校に通っていた経歴を活かして人を集めてセミナーを開催し、冒険者としての技術を向上させることを考えていたのだった。


「それは興味深い話ですね」


 その話を聞いたユメノは唸るように頷いた。

 騎士とは戦闘力の頂点であり、社会的ステータスも高い。

 興味を持つ人は自分以外にも沢山いるだろうと、頭が残念なユメノにも簡単に想像ができる話であった。


「うちの冒険者ギルドは正直いって色々と厳しい状況なんだ。だからユメノさんには期待してるから」

「はい!その期待に応えられるように精進いたします」


 レイがそう言って声を掛けると、ユメノはその期待に応えるように威勢を張った。

 レイはそのやる気が満ちた姿に満足した。


「じゃあ、私もそろそろ家に帰ります。また今度よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。次の予定はレイナから伝えるから」

「えっ」


 ユメノが別れを告げて走り去るところを見届けると、思わず最後に二人のやり取りに巻き込まれたレイナは、面倒臭い表情を浮かべるとはっと息を吐いた。


「今日はさ、どっかご飯食べて帰ろうよ。もう疲れた」


 これまでの一騒動が終焉を迎えてどっと疲れを感じたレイナは、美味しいものでも食べて気を晴らしたい気分であった。

 サウスパレスは港町であって魚介類が豊富であり、美食の街としても知られている。

 屋台の姿を頭に浮かべれば色々と想像が膨らんでくる。

 冷々した風を吹き飛ばすような熱々の鉄板から膨れ上がるもくもくとした煙や焼ける音、鼻の穴から脳の奥へと駆け抜けていくような香ばしい匂い。

 レイはそんな妹の提案に、久々に外食で交流を深めるのも悪くないと思うのだった。


「そうだな。屋台でも寄ってくか」

「何があるかな?私ホタテ食べたい」

「今日はあるかな?あと、折角だしマナカちゃんも誘ってみるか。もう事務所閉めちゃってさ」

「そうだね。歓迎会とかやってないもんね」


 先に兄妹だけで帰るのは彼女に悪いと思い、レイはマナカを誘うことにした。

 レイナは彼女と一度会ったことがあるだけで、そのときには殆ど話をできておらず彼女に興味もあったので、その申し出を断らなかった。

 事務所に戻ってマナカに声を掛けると、彼女は幾ばくか目の輝度を変えて早々と帰り支度をした。

 勿論彼女もその誘いを断る理由がなかった。

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