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014.レイの新しいギルマス生活

 レイは本物のギルドマスターであるエンゾにアドバイスを受けたことで、今後取り組むべきことが整理されていた。

 サウスウエストは人数も少なく、しばらくは父と同じようにワンオペレーションで頑張らなければいけないが、どういう道を歩んでいけばよいのか理解できていれば足取りも全く違う。


 まずは事務所の営業時間の変更だ。

 最近は混乱もあって不定期で事務所を開いていたけれど、日月を休みとした週5日、午前中は事務所を閉じ、一四時から一九時までの営業時間に変更となった。

 エンゾによると、肉体だけでなくメンタルも疲労するものなので、がむしゃらに働くだけでなく、しっかりと休みを定期的に取ったほうがいいとのことであった。

 確かに毎日事務所が開いていれば冒険者からすれば便利だが、ミハラ支部と同じように営業していれば従業員も少ないのですぐに組織は疲弊してしまう。

 基本的に開けていても閑古鳥が鳴いているのがサウスウエストなので、営業時間は午前中に学校のあるバイトのマナカに合わせる形となった。


 そして、空いた午前中はレイの狩猟の時間になっている。

 これは飯を食うための仕事であり、魔力を隠す修行を兼ねたものだ。

 狩猟の時間が短いこともあり、毎日成果が上げられるとは考えていなかったが、魔力量の余計な露見は今後のレイの足枷になるものだ。

 だから早いうちにその欠点をなくすための訓練の時間でもあった。


「記帳はこうやって、ここに書いて……」

「うん。なるほど」


 本日はマナカの初出勤日であった。

 お団子ヘアは以前と変わらないが、先日とは違って、身体に密着してラインが強調されたニットと綺麗めなロングスカートが普段とは違う雰囲気を演出していて、見る人にできる女の印象を与えていた。

 サウスウエストでは働くときの衣服は個人の自由ではあるが、それがマナカの仕事服のようだった。

 正式に受付業務を担当することになったので、レイはミサエから引き継いだ受付業務の内容を伝えていた。

 彼女はレイの話したことを手帳にメモしながら聞いた。


「分からなかったら遠慮なく聞いてね」

「了解です」

「でも実際のところ、俺もミサエさんから引き継いだだけだからさ、一緒に悩むことくらいしかできないけど」

「ううん。レイくんも大変だもんね。一緒に考えてくれるだけで十分だよ」

「まあ、しばらくは悲しいけど殆ど誰も来ないと思うから安心して。それと、空いた時間は他の業務も手伝って欲しいんだけど」

「もちろんだよ。手持ち無沙汰はそれで辛いしね」

「ありがとう。じゃあまずは請求処理のやり方だ」


 受付業務を伝え終えると、受付奥にある事務室まで移動する。

 レイは事務作業をマナカにも担当してもらうつもりであった。

 父は一人で全ての業務を引き受けていたが、そういう作業は今後自分でやらない方がよいと考えていた。

 事務作業は意外と時間を消費するし、レイにしかできないことに専念したほうがいい。

 それはエンゾのアドバイスの一つでもあった。

 マナカは再びメモを開いて、レイの話をそこに丁寧に記録していく。

 その姿を見て、レイには一つ閃いたことがあった。


「うん?どうしたの?何か変かな」


 メモをしている様子をじっと見つめられていて、視線を感じたマナカは不思議に思って口を開いた。


「いや、ちゃんとメモして偉いなと思って」

「そう?でも私、ちゃんと仕事やりたいしさ。あとで今日やったことを振り返られるし、便利だなと思って。学校の授業でノートを取るのと一緒だよ」

「そうだね。それを見て考えたんだけど、その内容を教科書みたいにできないかな」

「教科書?」

「そう。業務マニュアルかな。そうしたら、マナカちゃんが急に休んだときにも他の人が対応できたりしないかと思って」

「うん、そうだね。それいいかも。それとレイくんが教える手間も省けるもんね。分かった。空いている時間はそこに時間使うね」

「ありがとう。本当に助かるよ。よろしくね」


 マナカは素直にアイデアを聞き入れた。

 本当に良い人材を手に入れたとレイは思った。


「じゃあ、ちょっと外出してくるよ。多分一時間くらいで戻って来る」

「はい。いってらっしゃい」


 レイはそう言うと、事務所から徒歩で近くの銀行まで向かった。

 銀行には融資に必要な書類がどういうものか聞きに行くためだ。

 運転資金はまだ何とかなりそうであったが、お金は借りられるときに借りておいたほうがいいというのがエンゾのアドバイスでもあった。

 本当にお金がないときは誰もお金を貸してくれないとのことだ。

 それに、自己資金を投入するのも悪手であると併せて教えられていた。

 お金を借りてちゃんと返せるのか不安だと話すと、返せなくて一番困るのは銀行だからあまり難しく考えなくて良いとエンゾは笑って言った。

 流石にそこまでは無責任になりたくないけれど、それくらい軽いものだと気楽に考えるほうが賢いなのだろうとレイは思うことにした。


「融資ですか。いくら位でしょう?」


 銀行の受付に融資の話をすると、担当営業を呼び出してくれた。

 商談スペースに場所が変わり、金額を聞かれたので答えると、レイにとっては意外な方向へと話の流れは向かっていった。


「えっと、これくらいです。難しいですかね?今日は書類とか必要なものを教えてもらうと思ってたんですが」

「いえ、そのくらいなら大丈夫ですよ。今日手続きやっていきますか?」

「それは良かったです。そんな簡単にお金を借りられるんですか?」

「もちろん金額にもよりますが、それくらいの金額でしたら」


 レイは当初借り入れには書類作成など時間が必要だと思っていたが、即日手続きが完了することを知った。

 それには理由があり、担当営業は話を続けた。


「オーナーからは魔法種には優遇しろと不文律がありまして。レイさんは魔法種でしょ?」

「はい、そうですが」

「普通の人だと審査とかハードルがあるんですが、うちのトップは貴族ですからね。だから必要な書類だとかも通常よりも少ないですし、金利も安いんですよ」

「そんな優遇があるんですね」


 レイは驚きを隠せずにそう言った。

 魔法種であることが、ここまで現実的な恩恵をもたらすとは思ってもいなかったのだ。

 市政運営を担当する冒険者ギルドや工業ギルドをはじめ、各ギルドのトップには貴族をはじめとした魔法種は就任できないことが法律で定められている。

 魔法種は強すぎるが故に暴力を見せれば一般人には反抗が難しいため、そうした独裁的なやり方を防ぐためだ。

 (レイがギルドマスターなのはあくまでサウスパレスウエスタンエリア支部であり、それら各支部を統括する『ギルド』のトップではない)

 しかし、銀行にはトップが貴族であることを許されていて、裏から各ギルドをコントロールできる立場にあった。

 そういう背景もあり、魔法種には優遇処置があるとのことであった。

 これらはあまり知られていないが、そもそも魔法種が少ないので、話が広がっていないとのことだ。


「では、こちらに記載を」


 お金を借りることを決めると、営業の指示を受けながらレイは書類を埋めていく。

 記入する項目は簡単なものしかなく、五分も掛からずに融資の手続きが完了した。

 サウスウエストの通帳を手渡すと即座に記帳され、あと二ヶ月は売上がなくても問題なさそうな銀行残高に変わった。


「また何かありましたら気軽に相談ください。うちはお金を貸さないと儲からないですからね」

「ありがとうございます。またよろしくお願いします」


 銀行に備え付けられた時計を確認すると、予定よりも少し時間が過ぎている。

 レイは頭を下げると、すぐに銀行を後にした。

 簡単にお金が借りられることを知れたのは今後の経営を考えると収穫であった。

 返済の不安が消えたわけではないが、通帳の金額を改めて見て、一安心する束の間も味わっている。

 特に寄り道することなくそのまま事務所に戻ると、マナカ以外にも学校を終えたリアイの姿もあった。


「ただいま。あっ、リアイも来てくれてたんだ」

「うん。何か手伝うことないかなと思って」

「手伝えることか」


 リアイとマナカは同じ学校であるが、専攻している学科が違うため、授業時間に違いがあった。

 リアイは医者になるための学科であり、座学の授業が多いのだ。

 だから手伝ってくれるとはいえ、そこまで多くの時間は割けないだろうとレイは考えていた。

 とはいえ、好意は無駄にしない。


「じゃあ、今日は書類仕事の整理を手伝ってくれないかな」

「おっけー。冒険者ギルドの書類仕事ってなんか想像がつかないね」

「請求処理や見積もり、色々な支払いとお金の管理。他にも手続き回りとか、意外と多いんだよ」

「なるほど」

「本当は現場仕事も手伝って欲しいんだけど、それはまた今度で」

「りょーかい」


 リアイはキャリアでもある。

 しかし、戦闘要員としては数え難いが、現場に連れていっても戦力にはなると考えていた。


「あっ、ギルドマスター!」


 事務室まで二人が移動しようとすると、マナカはレイを呼び止めた。

 慣れないフレーズを聞いて、レイは思わずビクンと背筋が反応して足を止めた。


「じゃじゃーん」


 マナカは背中に隠していた四脚タイプの立て看板を持って二人に見せた。


「ちょうど事務室掃除してたら落ちてたの見つけたんです。ここ、営業時間分からないじゃないですか。これ、入口に飾ってもいいですか?」


 そこには営業時間と祝日がポップなフォントで可愛いイラストとともに描かれていた。


「うん。確かに。来てみたら事務所開いてなくて帰った人いそうだよね」

「うん。盲点だった。イラストも可愛いね」


 二人は感心した表情で目を細めると、顔を合わせてそう言った。


「じゃあ、これ入口に飾るね」


 断る理由は全く無かった。

 三人はドアまで移動すると、その立て看板はレイに引き渡されて、入口の前にすとんと置く。


「うん。可愛い。マナカのナイスアイデア」

「へへ。でしょ」


 サウスウエストの事務所は閑古鳥が鳴く寂れた事務所である。

 それが明るい新生サウスウエストへと生まれ変わった象徴のような看板となった。


「そうそう、ミハラ支部に昨日行ってきて、エンゾさんに挨拶してきたよ」

「そうなんだ。エンゾさんてギルマスの人だよね?」

「うん。リアイの言う通りだった。素直に頭を下げたら色んなことを丁寧に教えてくれたよ」


 事務所に戻ると、レイは思い出したようにエンゾの話をし始めた。

 最初は熱心に話を聞いていたリアイたちも、話が長くなってまるで布教のような熱量へと変わり、レイが狂信的になる頃にはうんざりして疲れていた。

 そういう平和な新生サウスウエストの一日であった。

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