013.レイナの憂鬱
レイは意気揚々にミハラ支部から帰宅した。
敷地内に軽トラックを止めると事務所に戻り、資料を勢いよく漁って請求処理を片付けていく。
面倒だと思っていた書類仕事も、気持ちが晴れていれば辛さを感じない。
自宅への帰り道もとても軽やかだった。
思わずスキップをして自然と鼻歌をこぼしてしまいそうなくらい、新たな目標ができたようで気分も晴れやかであった。
「飯を食う仕事と夢を見る仕事か。そんなこと、考えたこともなかったな……なにこれ」
しかし、そんな幸せ気分な表情は怪訝なものへと変わった。
それは自宅の前に、如何にも柄の悪い若い連中がたむろしていたからだ。
朗らかで閑静な住宅街の治安が低下していた。
別に恐れている訳ではない。
一〇人近くいる見た目の悪い連中が固まっていたところで、実際に戦えば相手にすらならないとさえ考えている。
ジロジロと睨んでくるが、襲ってくるようなことも無かった。
人一人通る分くらいのスペースはあったので、レッドカーペットを歩くようにレイはそこを堂々と通って自宅に戻っていった。
「なんか若い子たちが家の前にたむろしてるんだけど友だちか?」
レイはリビングで勉強をしていたレイナに念の為確認をした。
追い払わなかったのは状況が分からなかったからだ。
もし万が一レイナの友人であれば、友人は選んだほうが良いとアドバイスするつもりではあったが。
「あ、おにいおかえり。あの、なんか良いことあったの?雰囲気がなんだか違うんだけど」
「あっ、やっぱり分かる?分かっちゃう?リアイのアドバイスが役に立ったんだ。ミハラ支部のエンゾさんは凄い人だった。素直に教えを請うたら丁寧に色々と相談に乗ってくれてさ、明るい未来が見えてきたんだよ!エンゾさんは賢いし優しいし頼りになるギルドマスターだ。全人類が目標とすべき人物だった。これからのサウスウエストはきっと良くなるよ、間違いない!」
「なんかおにい変なスイッチ入ってる」
レイは自分のした質問をそっちのけで勢いよくエンゾの素晴らしさを語り出した。
もしエンゾにファンクラブがあったとしたらすぐに入会してしまいそうな勢いであった。
珍しくその興奮を共有したかったのだ。
レイナは呆れた表情を浮かべ、会話をもとに戻す。
「リアイ姉には直接お礼を伝えてあげて。喜んでくれるから。それと話をもとに戻すんだけど」
「あぁ、そうだった。ごめん」
「まだアイツらいたんだ」
「友だちではないんだよな。まさかいじめられてないよね?もしそうなら力になるけど」
いじめとは暴力だけではない。
レイナは魔法種なのでそういったいじめは心配していなかった。
ただし魔法種は珍しくて目立つ。
それが原因で避けられたりものを隠されたりするような陰湿ないじめに遭うことはあるだろう。
レイはいじめにあった経験はなかったが、小中学校時代は恐れられて孤立していたので、そういった辛さは多少なりとも理解できるつもりであった。
「うん?それはまあ大丈夫なんだけど。キャリアの女番長に目をつけられているんだよね」
レイナは思い出したように苦々しく怒りに満ちた声でそう言った。
「キャリアの女番長?」
「だからちょっと殺してくるわ」
「流石に殺しはやり過ぎだ!」
レイナは立ち上がってそう言い残すと、兄にも勝る速度で玄関を出た。
「あっ、レイナちゃん!やる気になってくれた?」
たむろしていた顔面にピアスをいくつもぶら下げた痩せ型の男は、玄関から現れたレイナを目撃すると、歓喜の声を上げるようにそう言った。
「黙れ!」
しかしレイナは違った。
レイナは魔法種であり、兄と違って魔法が得意である。
更に自分の手は汚さない拘りを持っている。
「そして死ね!」
レイナは手に風を生み出した。
そして一〇人はいる不良たちに向けてそれを放った。
治安の悪さを体現するような男たちはみな紙屑のように簡単に吹き飛ばされていった。
「アイツに言っておけ。次面倒なことしてきたら、裸に剥いて校庭に晒し上げるからなと」
地面に転がっている不良たちに向けて、レイナはそう言った。
捨て台詞といい、それはまるで女番長のような姿だった。
レイはその光景を玄関の前で見せつけられて、唖然と同時に関心もしていた。
「レイナは魔法が俺より上手いよな。魔力制御が見事だ」
何故なら現在のレイはハイテンションレイだ。
人生で一番気分が上々といってもよいくらいだ。
エンゾの助言で未来が開けた気分になり、頭の中は妹の心配よりもギルド経営の関心で埋め尽くされている。
「うん?どうしたの?」
レイナは一息吐いて玄関に戻ろうとすると、やけに神妙な面持ちのレイが立っていた。
「あのさ、そのキャリアの女番長を冒険者にできないかな?レイナに戦いを挑むなんて、素晴らしいメンタリティじゃないか」
もう一度言う。
現在のレイはハイテンションレイであり、妹の心配よりもギルド再建で頭がいっぱいだった。
キャリアと聞き、レイのスイッチが入らないわけがなかった。
だからレイナの感情を無視して、そんなデリカシーのないことが言えたのだ。
「はあ?お前も反省しろ!」
レイナは馬鹿になっているレイの胸ぐらを掴むと、そのまま地面にひれ伏している不良に向けて放り投げた。
そして怒りをぶつけるように玄関のドアを力強く閉めた。
「うん。レイナは体術もセンスあるよな。良い冒険者になりそうだ」
レイは宙に舞いながら不良たちの上に綺麗に着地すると、そんなことを呟いていた。