011.私たちって家族みたいな関係じゃん?
「そっか。マナカちゃんは元々こっちの出身じゃないんだ」
「うん。ママがサウスパレスの出身だから、離婚キッカケでこっちに引っ越してきたんだ」
「そうなんだ。同い年で近所なのになんでこれまで会ったことなかったんだろうと思って」
祝賀会を終えると、夜道を警戒してレイはリアイやマナカを送っていくことになった。
マナカの自宅はリアイ姉弟の近所にあり、ギルドからも歩いて通える距離で姉弟の通り道でもある。
時折港町らしいサウスパレスの潮風を浴びつつ、彼女の身の上話や今後について喋りながら路地を歩いていた。
「だから学校くらいしか知り合いがいなくてさ。リアイもレイくん紹介してくれてありがとう」
「こちらこそ。でもよかった。レイは昔から浮いちゃうところあるから、引いちゃう人も少なくないんだ」
「そうなの?魔法種だから?」
「うん。それもあるけど、レイもあんまり周りの目を気にせずにやりすぎちゃうところあるかさ」
リアイはレイが小学生のときのことを話した。
今となっては笑い話ではあるけれど、彼はいきなり人間離れした姿を周囲のちびっ子たちに見せつけていたのだった。
それもあって、虐められていたとかはなかったけれど、畏怖されて周囲からは浮いて目立ち、友人も決して多い方ではなかった。
自分も幼馴染でなければ、おいそれと気安く今のような関係を築けていなかったかもしれない。
そういったときの光景を思い出して、リアイはしみじみとした表情になった。
「そんなに浮いてた?特に困ったことはなかったけど」
しかし、レイにはそんなことを指摘される身の覚えはなかった。
いや、実際にはあったけれど、そこまで根に持つほどでもなかったという認識であり、それはそれで居心地の良い時間を過ごしていたと思っている。
「そういうところだぞ。気にしていないなら別にいいんだけどさ」
そんなことがあったとはすっかり忘れているレイをジト目で見て、リアイはそれがレイらしい姿だと思うことにした。
「私の家、ここだから」
そういった昔話をしていると、目的地まで到着した。
マナカの自宅はリアイの近くにある五階建ての官営団地であった。
彼女はここで母と二人暮らしだという。
敷地内にも殆ど街灯はなくて薄暗く、送ってきたのは正解だとレイは思った。
「あっ、リアイちょっといいかな?」
「いいけど。なに?」
マナカは別れ際にリアイを呼び出すと、敷地内の少し離れたブランコがある場所まで連れていき、彼女の耳に手を当ててコソコソと言葉を伝えた。
数少ない灯に紛れた月は、興味深く彼女たちを見張っているようだった。
「リアイってレイくんと結婚するの?」
「……え?ちょ、どういう話の流れそれ?そういう関係じゃないけど」
リアイはマナカの真意が理解できず、彼女の普段と変わらない朗らかな表情を見て、さらに怪訝な表情へと変わる。
マナカはリアイの耳にもう一度手を当てる。
「私、レイくんのこと好きかも」
「えっ!?」
マナカの突然の告白に、リアイは目を見開いたまま固まってしまった。
これまで彼女とは色恋沙汰の話をしたことも聞いたこともなかった。
愛嬌があるのにどこか近寄り難い影があり、家庭の事情を聞いていたのもあったので、そういうことは避けているとさえ思っていた。
リアイはレイが弟と遠くで談笑している姿を確認して何とか気を取り戻すと、マナカの感情を理解するために質問をした。
あるいは、混乱した自分の感情を鎮めるためのほうが大きかったかもしれない。
「でも、レイは魔法種だよ?」
マナカは一般人であって、レイは魔法種だ。
そして、魔法種は一般人と結婚ができない。
これは差別や偏見ではなく法律で定められているもので、魔法種が優遇処置を受けるが故の代償の一つでもある。
新たに魔法種を誕生させるために、最低でもキャリア、可能であれば魔法種同士で子を育むのを促す政策だ。
貴族であれば魔法種としか結婚させない風潮すらあるのがこの世界の常識でもあった。
だから一般人もそういう対象として最初から魔法種を外すのが普通で、リアイも世間に漏れない疑問を込めてそう聞いたのだった。
だが、リアイの常識に対して、彼女はそれを理解したうえで告白した様子だった。
「私、第二夫人でも全然いいよ?」
しかし、それにも抜け道が用意されていて、魔法種には重婚が許されていた。
確率が極端に下るとはいえ、一般人との間でも魔法種が産まれる可能性はあり、それに魔法種同士で必ず惹かれ合うわけでもない。
要は魔法種を励んで作れというのが世の中の望みであり、その条件が満たせるのであれば問題なかったからだ。
彼女はそういう立場でもいいという。
「第二夫人かぁ」
リアイはマナカの返答を聞いて、胸の奥にモヤモヤとしたものを残しながら、なんとなく上の空でぽつりと呟いた。
実際のところ、貴族であっても重婚はそこまで多くない。
リアイの身近にも第二夫人はおらず、結婚する自分の姿すら禄に考えたこともなく、そういう家族のイメージが全く沸かなかった。
「だってさ、私、思うんだ。私は一人っ子だけど、リアイには弟がいて、他に家族もいて幸せでしょ?それと一緒なんじゃないかって。家族が増えるだけで、別に好きな人と一緒だったら、きっと些細なことだよ」
「そんなものなのかな。なんだか肩身が狭そうな立場だと思うけど」
「ふふ。それは相手が悪いんだよ、きっと。でも、私はちゃんと好きになってもらうことを目指すけどね」
彼女は遊び足りない子犬のような小悪魔な笑顔を浮かべて構わずそう宣言した。
まだ考えがまとまっていないリアイは、呆けながらマナカに返答した。
リアイが戸惑っているのは、彼女の突然の告白によって、そういう立場なのだと強引に引きずり出されたように感じられたからだ。
高校生で結婚を考えるのは別に可笑しくなく、年齢を考えるとそろそろ考え出さなければいけないときでもある。
小さい頃から許嫁がいる一般人だって珍しくもないし、リアイ自身も告白されたことだって一度や二度ではない。
だが、意識しようと思えば意識できるキッカケはこれまでにもあったはずなのに、勉強や他にも夢中になることがあったので、そこまで深く考えることがなかった。
「じゃあ、夜も遅いしまた学校で。今日はありがとう」
「うん。バイバイ」
マナカはリアイとは対照的に、これまで何事もなかったかのような笑顔でマナカは別れ際を締めくくった。
身体が火照っているのが気になるリアイは、なんでこんなことを私に言ったのだろうと聞き出せず、彼女を呼び止められなかった。
リアイから離れたマナカは、ノエルと談笑していたレイに近づくと、自宅の電話番号を渡して団地の階段へと消えていった。
「マナカちゃんと何かあったの?」
黙ったまま上の空で真っ直ぐ歩くリアイを不審に思い、レイは気遣うようにそう口にした。
「ううん。何もないよ?ははっ」
リアイはそう指摘されて不自然に首を横に振る。
明らかに怪しい挙動をした不審者であった。
レイはそれを訝しく思うが、長年の付き合いからあまり深堀りはされたくないんだろうなと、リアイから話し出すのを待つことにした。
横に歩く彼女の表情を見ると、視線を落として地面の一点に見つめて歩いている。脚を出しても気付かずに、そのまま転げてしまいそうだった。
そうやってしばらく黙ったまま並んで歩いていると、整理がついたのか遂にリアイは意を決し、現実に降り立とうと言葉を口にした。
「レイって将来のこと考えたことある?」
「将来?何を突然」
「うん。いいじゃんたまには」
リアイは少しだけ間口を広げたざっくりとした聞き方をする。あまりストレートに聞いて悟られるのはなんだか嫌だったのだ。
「そうだな。そこまで先のことは正直考えられないな。今はギルドをどう立て直すかで精一杯だ。レイナが独り立ちするまでには何とかしたいけど、それも一〇年くらい掛かってしまいそうだ」
「だよね。今、大変だもんね」
リアイはレイが始めにそう言い出したのを聞いて、ほっと一安心した。
魔法種は寿命が短いこともあって、一般人よりも早く結婚する人も珍しくなく、結婚について真っ先に考えていても可笑しくはなかった。
ここで最初にマナカちゃんが好きだとか結婚したいとか言い出したら、いや、全く知らない人の名前を出したとしても、素直に応援できる自信はなかった。
すると、リアイは何も口にしていないにも関わらず、リアイが本当は聞きたかったことを話し出した。
リアイは思わず『コイツエスパーかよ……』と内心で呟きながら、それを悟られぬように平静を装ってその話を聞いた。
「魔法種なんだから学校卒業したら貴族同士すぐに結婚しろとか、そういう面倒くさいことを言う貴族も中にはいたけどさ、そういう年齢になったんだとどこか他人事だったな。それにこっちの事情も考えろと思うんだよな。俺は魔法種だけど貴族ではないんだって」
「そうなんだ。だよね。私もレイと同じだ」
リアイはレイの言葉にひどく共感した。
年齢とか関係なく、したくなったらすればいいじゃんとさえ思う。
そんなことよりも優先したいことはみんな沢山あるはずだ。
「リアイは卒業したら大学行くの?」
「うん。そのつもり」
「すると来年は首都まで引っ越しになるのか。せっかく久しぶりにこうやって過ごせるのに、なんだか寂しくなるね」
レイは卒業後の大学のことを話題にする。
リアイは高校で簡易免許を取るために医学を学んでいる。
しかし、簡易免許では医療範囲が限られていて、上位免許を取得するには首都の大学で学ぶ必要があり、今までは大学に行くのが当たり前だとリアイは思っていた。
だが、マナカの突然の告白を聞いて、それが本当に人生で正しいことなのかと初めて疑問が浮かんだのもまた事実であった。
単にレイとまた会えたのが嬉しくて、それに終わりがあることを改めて聞かされて自覚させられて、感情に流されているだけかもしれない。
けれど、それも本当のことだ。
「そうだね。だからあっという間かもしれないけど、私もレイのギルドがちゃんと大きくなるように頑張るよ」
「それは頼もしいな。でも大丈夫?レイナに巻き込まれたとき、ちょっと嫌そうだったじゃん」
「そんなことないよ?いや、確かにちょっと怖いけどさ、それもきっといい思い出になるはずだ」
それに、とリアイはレイの顔を覗き込んだ。少しだけ視線が合って、思わず目をそらしてしまいそうになる。それでも、言葉を続けた。
ちょうど街灯が二人を照らした。
「私たちって家族みたいな関係じゃん?」
リアイにとってレイは小さい頃から付き合いがある幼馴染で家族みたいな存在だ。
一言でいうと大好きな存在だ。
それが男だとか女だとか、学校の関係で少し離れ離れの期間があって改めて見て、互いに背も伸びたせいでよく分からなくなっていた。
けれど、今はそんな先のことは考えずに、慌てて特急列車に乗っちゃうようにその場をただ楽しめばいいと思う。
「あのさ、さっきから姉さん僕の存在忘れてない?」
「そんなことないよ?ノエルも一緒に冒険者生活楽しもうね。ノエルは本物の家族なんだし」
「まあ僕は僕なりにレイくんの力になるつもりですけど」
それもいつか終わってしまうかもしれないけれど、どうにもならない事があったとしても、それはその時だ。
後悔もきっと人生だ。
そう思えるのは、たぶん、今こうして大切な人と歩いているからだ。
灯の向こうにいる星たちも、まるではしゃいでいるようだった。