010.冒険者とは3K職業である
鹿肉を焼く。ジュッと水分と油の弾く音が響く。
炭火特有の火力のお陰で、あっという間に肉は焼け上がる。
焦げた脂と肉の甘い匂いが、腹の虫をさらに刺激する。
鹿肉は脂身が少なくて臭みも少ない。赤みが強くてさっぱりとした肉だ。
それを口に放り込む。
食感もちょど良く、あと腐れのない旨味が広がる。
次にビールを流し込む。
うむ、幸せが口内に染み渡っていく。
エリナが狩猟した獲物を食べることは冒険者の醍醐味と言っていたけれど、確かにそうだと噛み締めていた。
「うん、美味い」
「美味しいね」
レイが満足顔でそう言うと、レイナもそれに続いた。
「うん。美味しい。こんなにお肉食べられるなんて贅沢だね」
マナカは焼いた鹿肉を口に入れると、口内全てに旨味を行き渡らせるように頬張りながらそう感想を述べた。
庶民のタンパク源は魚か昆虫食が主流だ。
大昔は酪農が盛んで野菜よりも価格が安い時代もあったと記録に残っているけれど、そんな贅沢な世界は現代では想像もつかない。
だからマナカの感想は当然のものでもあった。
「肉を普段から食べられるのは冒険者ならではかもね」
「私、そんなにお肉食べてこなかったけど、鹿肉好きかも」
「鹿肉はレイの大好物だもんね」
「そうなんだ。レイくんと同じだね?」
「醤油にニンニクを少し垂らすと、更に美味しくなるよ。試してみな」
「うん」
マナカはレイに促されると、エリナが用意した瓶詰めから取り皿の醤油に少し落とし、焼け上がった鹿肉をちょこんと漬けて口に放り込む。
何度か咀嚼をすると、ゴクリと飲み込んだ。
「うん。確かに美味しくなった」
「でしょ?」
レイは好きな食べ方を勧めると、マナカは箸の進むままにそれを試した。
するとレイと同じように旨味につられて、うっとりとした表情に変わる。
間近で同士の表情を見て、レイも満足するようにうんうんと頷いた。
「若いっていいね~」
エリナは若人たちの戯れる様子を見て、スキットルを流し込みながらそう感想を述べた。
「うわっ!もう始まってる!」
すると、見知った乱入者の少年が現れた。
「ノエルじゃないか」
ノエルはリアイの弟である。
年齢はレイとレイナの間の年齢のあどけなさが残る可愛らしい少年だ。
因みにリアイと同じくキャリアであった。
少しだけ髪型が乱れていて、急いで駆けつけた様子が見受けられた。
「あぁ、ごめん!すっかり呼んでたの忘れてた」
リアイはノエルが視界に入ると慌てて立ち上がり、口を押さえながら失念していたことを声に出した。
「姉さんだったらよくあることだけどさ」
「てへ」
「あざとく誤魔化すな」
ノエルが呆れてそう言うと、リアイはそれを茶化すような手振りで誤魔化した。
一見しっかりしている風体のリアイだけれど、抜けている部分もある女の子であった。
「まだ始まったばかりだしさ。食べて機嫌直して」
「うん。ありがとうレイくん。それと初冒険おめでとう」
レイはそう言ってノエルに座席を促した。
ノエルは機嫌を取り戻すとお祝いの言葉を述べた。
リアイと違ってしっかり者のレイは会の趣旨を忘れはしない。
「ありがと。冒険って感じでもなかったけどね。ノエルも元気だった?」
「うん。変わりなく。お葬式以来だけど、レイくんもレイナちゃんも元気そうで良かった」
ノエルは二人の顔を相互に見てそう言った。
レイナはこちらに目をくれることなく、鹿肉にただ夢中である。
親が突然亡くなって、それから過ごした日もまだ浅い。
だから元気に映る二人がいてほっと安心したのだった。
「でも、いきなりギルドマスターなんて大変ですよね。レイくんだったら大丈夫だと思うけど、準備期間もなかった訳だし」
「正直話すと課題ばかりだよ。経営状況はギリギリだ」
ノエルがやってくると、ギルドのことが話題となる。
レイは本音を溢した。せっかくの機会だから真面目に相談をしたかったのもあった。
リアイとノエルの実家は病院だ。
二人とも医者を目指して勉強していて、特にノエルは年少ながら賢いと評判であり、飛び級をしている眼鏡の似合う秀才でもあった。
「どういうところが大変なんですか?」
「まずは売上かな。現場で動いてる人が足りないし、事務とか手伝ってくれていたパートのミサエさんも辞めちゃうしさ」
「なるほど。人手不足ですか」
「パートの問題はそこにいるマナカちゃんがバイト探しているみたいだから解決するかもだけど、問題は稼働しているギルド員が少ないことだ。ギルドに登録している人だけじゃなく、実際に稼働している人がある程度いないと、中々依頼のお仕事貰えないんだよね。依頼主も問題を解決してくれるところに依頼を出すもんだしさ」
そう言うとマナカに目を遣る。彼女はリアイ、レイナと談笑していた。
あとでどういう仕事がやりたいか確認しないとなと思っていた。
「それはミハラ支部に仕事が流れているということですか?」
ノエルはレイの話を聞くと、ミハラ支部の名を口にした。
ミハラ支部とはサウスパレスにあるもう一つの冒険者ギルドのことで、サウスパレスに昔からある大きな冒険者ギルドだ。
サウスウエストを辞めてそちらに流れていったギルド員も少なくなく、ミサエの転職先もミハラ支部であった。
「話をはっきりと聞いたわけじゃないけど多分ね。実はミサエさんもそこで働くことになってるし」
「でもさ、客観的に考えたら、付き合いがなければあそこに依頼しちゃうよね。だって大きいし有名だから。何か依頼しようと思ったらまず最初に名前が出てくるはず」
弟とレイの会話が聞こえて気になったのか、リアイは会話に割り込んでくるとそう言った。
厳しい指摘であるけれど、レイも依頼主の立場で見ればそうなるだろうなと考えていた。
「やっぱりそうなるよね」
レイはそう言うと溜息を吐いた。
するとリアイは前向きな提案を上げた。
「今度挨拶がてらミハラまで行ってみたらいいんじゃない?色々と教えて貰えると思うな」
「挨拶は必要だとして、わざわざ教えてくれるかな?」
「ライバルではあるけれど、敵ってわけじゃないでしょ?」
「まあ確かに。合同での仕事も今後ないという訳じゃないしな」
ミハラ支部とサウスウエストは同じ街にあるのであり、限られた仕事を奪い合う競合だ。
だが、冒険者ギルドは予備役でもある。
だから有事の際には協力関係でもあった。
それに、首都のような人口の多い組合であれば、共同で依頼を担当することもあると聞いたこともあった。
「あと、レイって若いし魔法種じゃん?相手からしたら敵に回したくないだろうし、何かと若いからって面倒見てくれるおじさん多いよ?素直に聞けば世話焼いてくれると思う」
キャリアはそれなりにいるが、魔法種は数も少なく特別な存在だ。
それに色々と優遇措置もあり、レイがすぐに父の跡をついでギルドマスターになれたのは、そのお陰でもあった。
「魔法種を味方につけたいのは理解できるとして、後半の話はリアイだけでしょ」
リアイを改めて見る。
普段は見慣れて意識していなかったが、リアイは誰が見ても、隣に連れて歩きたくなるような清楚で健康的な美少女だ。
スタイルも適度でバランスが良い。
男を出して優しくしてくる輩も相当いるだろうと推測された。
「まあ、私若い女だし、それもあるかもしれないけれど。でも、レイも似たようなもんでしょ?」
リアイはレイの指摘を認めるが、あなたも同じでしょ?と同意を求めた。
これには理由がある。
レイの外見もそれなりであり、過去に男色の人に手を出されそうになった経験があるのをリアイは知っていた。
その相手はレイが魔法種であることを知ると恐れをなして逃げていったが、レイはその苦い経験を思い出していた。
「まっ、教えてくれなくとも敵情視察だけでうちの足りないところ見えてくるだろうしな。今度行ってみるか」
「うん。それがいいよ」
レイはそうやって今度ミハラ支部へ挨拶に赴くことを決めた。
リアイはそれを聞いて、自分の提案が受け入れられたと感じて満足して頷いた。
そう話がまとまると、ノエルはもう一つの課題へと話を戻した。
「それと稼働しているギルド員が少ないことですが、レイくんは原因をどう考えているんですか?」
「まずギルド員の高齢化。肉体労働で危険だし、歳を重ねると辛いことが多いんだと思う。あとは報酬もリスクを背負うほど出せてないと思うな。他と比べて特別安いとは思わないけど」
ギルド員の稼働人員が少ないことについて、レイなりの見解を述べた。
冒険者は実際に危険な仕事だ。運悪く父のように命を失うことだってあるだろう。
それに正職員でなければ、自発的な活動がベースだ。
そうした事情を考慮すると、他に食い扶持のある冒険者の稼働が減るのは自然なことだと考えられた。
報酬についてはギルド同士で潰し合わないよう定期的に話し合いが持たれているはずで、ミハラ支部の報酬とどれだけ差があるのかまでは具体的に知らなかったが、開きがあるようには考えていなかった。
だが、騎士の給与と比べると相場自体が安いはずだ。
ノエルはレイの回答を聞いて頷くと、もう一度質問をした。
「なるほど。一つ質問だけど、レイくんは冒険者についてどう思ってる?」
「どう思ってる?イメージということでいいかな」
レイが質問の意味を確認すると、ノエルは続きを促した。
「俺は正直小さい頃から間近で見ていて冒険者に憧れていたから、男らしくて格好良いイメージかな。騎士よりも格好良いと思ってたくらいだし」
レイは正直に答えた。
世間一般では騎士の方が遥かに格上で憧れの対象ではある。
しかし、レイはその事実を理解していても、冒険者には騎士を上回る良いイメージしかなかった。
「姉さんはどういうイメージ?できればぶっちゃけて欲しいんだけど」
「私?私も小さい頃からアインスさんやエリナさんとか見てるから、悪いイメージではないんだけど」
そう前置きを置くと、リアイは少し言い淀みながらも、世間一般の冒険者のイメージを伝えた。
「まず危ない。魔物は当然だけれど、強化種や普通の害獣駆除だって、キャリアでももの凄く危険なんだよ」
これはレイも納得するところであり、そういう印象を持つのは普通だろうと考えていた。
しかし、続いてリアイが話した内容は、レイの視点にはなかったものであった。
「他には汚くて臭くて粗野というイメージを持つ人が多いかも。身体を張った汚れ仕事だし仕方ないんだろうけど、もうちょっと何とかならないかな?と思う女の子は多いんじゃないかな。あとはお金も不安定でしょ?雪が降ると仕事は少なくなるだろうし、魔法種や正職員は別なんだろうけど、それ以外の人は大して稼げるイメージが沸かないんじゃないかな。冒険者と名乗るけど、正直名前負けしてるよねと笑う人見たことあるし」
レイは冒険者のマイナスイメージを聞いて眉をひそめた。
当然あまり良い気はしない。
しかしレイは魔法種であり、そういう悪い印象を抱いたことはなかったが、指摘されたことはあながち間違いでないと、一人佇むように酒を飲んでいるエリナを見てそう思った。
「僕も昔から知っているので、そういうのは偏見だとも思ってるけど、世間のイメージは姉さんの話したことが近いと思う」
「汚い臭い稼げない、それに名前負けか」
「ごめんね?なんだか悪いこと言って」
「いや、確かにそうなんだろうなと話を聞いて納得したよ。言い難いこと指摘してくれてありがとう」
「ううん。全然」
レイは一層渋い表情になるが、すぐに切り替えるとリアイに感謝の意を伝えた。
これはレイだけでは思い浮かばない重要な指摘であり、乗り越えるべき課題であると考えていた。
「年齢を重ねて稼働が減るのは仕方がないと思うんです。実際に危険ですし、それで無理矢理働かせて命でも失ったらギルドの評判も下がりますしね。でも、稼働は増やさなければいけない。そのためには新しい若い人材が必要で、それにはイメージの刷新が必要なんじゃないかと僕は思います」
ノエルはそうやって話をまとめた。
そしてそれをどうやって実現するか、具体的な方法へと話題が移っていった。
すらすらとノエルはアイデアを出していった。
「イメージの刷新か。具体的にどんなのがあるかな」
「まずはレイくんの若さを活かしましょう。挨拶回りして認知度を上げていくことは勿論のこと、その伝手でレイくんが直接有望な人をリクルートしていくのがいいかもしれません」
「なるほど。悪くない気がする。他には?」
「研修でしょうか?レイくんは騎士学校出身なんですから、それを活かさない手もないと思います。定期的に騎士学校と同じ訓練をやったり、ギルド員に戦闘技術を伝えていくとか。多くの人にとって騎士学校は名前だけ知っている存在で、中身は誰も知らないので、興味ある人結構いると思うんですよね。新しい人材獲得だけでなく、既存のギルド員の稼働増加や安全性の向上にも繋がりそうです」
「うん。それもいいね」
「他にもこの食事ですよね。普段肉を食べていない人は多いでしょうし、試食でもすればやってみようかと思う人も出てくるかもしれません」
「ふむ、確かに」
ノエルの提案を聞いて、レイはその提案が自分でもできる最善な対策だと感心していた。
すると、クククッ、とリアイが静かに悪いことを思いついたかのように笑い出した。
「やっぱりマナカちゃんを連れてきて正解だったね。サウスウエストの事務所って暗くて怖い印象持たれていると思うんだよね。だから受付にマナカちゃんを立たせるんだ。マナカちゃんは見ても分かる通り可憐でしょ?彼女のためにと頑張る馬鹿な男が増えても可笑しくないだろうし、同性がいると女性のギルド員も事務所に入りやすくなるしね」
「ええっ、ここで私!?でも私、レイくんのためなら頑張るよ」
リアイはそう言うと、隣りにいたマナカの肩を持った。彼女は急に名前が出て驚きながらも、やる気を見せるようにそう宣言した。
続けて、リアイはここにいるもう一人の女を参加させるべく呼びかけた。
「それとレイナちゃん!レイナちゃんは魔法種なんだから、暇なときにはレイの仕事を手伝うんだぞ」
「うい。うい!?」
いつの間にか鍋が用意されていて、エリナと熊肉の煮込み料理に興じていたレイナは、何を言われたのか理解すると、寝起きの顔へ水をぶっ掛けられたような驚愕の表情を浮かべた。
確かにレイナは魔法種であり、戦闘の実力だけであれば既にエリナよりも強い。
本人の意志に反してレイナを冒険者にするのはレイの望むところではないが、前向きに参加してくれることになれば心強いのは確かだ。
レイナはわざとらしく不幸な少女を装うように天を仰ぐと、一見して真面目な表情へと打って変わった。
「でも、冷静に考えればそうなるのか。うち、大変だもんね。分かった。私、戦うのとか汚れ仕事好きじゃないけど、学校休みのときは手伝うよ」
「ごめんな。でも、そう言ってくれると正直助かるよ」
「ううん。おにいが謝ることじゃない」
そう言って首を横へ振るレイナに、素直ないい妹を持ったなと思った。
するとレイナは悪巧みを思いついたようないたずらな表情をして、顔の向きをリアイに変えた。
「それならリアイ姉も参加決定ね。だってリアイ姉もキャリアじゃん。ちょっとは戦えるでしょ?私も色々と教えてあげるよ」
「ええっ、私!?」
「不安ならおにいの地獄の訓練を受けるがいいさ。とてつもない力に目覚めるかもよ?クククッ」
趣返しに成功したレイナは満足そうに一段と悪い顔になった。
「それだったらノエルもね!?ノエルもキャリアなんだから、たまに運動するのにいいでしょ!」
「えっ、僕!?まっ、レイくんに偉そうなこと言いましたしね。僕は強くないですけど、手伝いますよ」
リアイは自分だけ辛い思いをするのは避けるべく、ノエルを巻き込んだ。
ノエルは驚くが、レイたちを慕っていることもあって悪い気もしないので、その提案を受け入れた。
「みんな、ありがとう。無理にとは言わないけれど、少しでも参加してくれるだけで嬉しいよ」
レイがそう言うと、みな一斉に同意するように頷いた。
本当に良い仲間を持ったなと、レイは素直に感謝した。
「ということになったんですが、エリナさんも問題ないですよね?リアイの受付の提案はちょっと邪な気もしますが」
「いいんじゃないか?何とかなるさ」
レイは念の為エリナに確認をした。
エリナは禄に話を聞いておらず、煮込み料理に舌鼓を打ちながら、あまり考えてない調子でそう答えた。
それはエリナらしい反応だと感じつつ、同意を求める相手を間違えたなとレイは思った。
まあ、元々エリナを受付に立たせようと考えていたくらい人材不足だ。
こうやって料理に興じている姿の方が似合っていると納得することにした。
「あっ、それとみんなにはこのスパイス試して貰えないかな?これ、ギルドで商品化しようと思うんだよね。新しい売上確保のためにさ」
レイはそう言って、エリナ特製のスパイスを皆に勧めた。
サウスパレス・ウエスタンエリア支部冒険者ギルド。
通称サウスウエスト。
採取した獲物の香ばしい煙と仲間たちの笑い声が、夜の空にふわりと立ち昇る。
この祝賀会はこれから新たな冒険の始まる予感がする大きな門出となった。