009.祝勝会をやろう、美女たちに囲まれて
ギルドの裏口にある駐車場兼訓練場の敷地に軽トラックを停めると、荷物と獲物たちを荷台から降ろしていく。
獲物は駐車場でエリナに捌いてもらい、冷凍漬けにしてから明日業者まで持ち運ぶことになっていた。
「一服してからでいいか?」
「ええ、もちろん。運転お疲れさまでした」
レイはエリナの分のバッグも合わせて肩に掛けると、表に回り込んで玄関口まで移動する。
裏口は人一人通るのがやっとの広さなので、荷物が多いときに裏口を使うのは面倒だった。
だから表にまず車を停めてから荷物を降ろせば効率が良かったなと反省していた。
「あれ、誰かいる?」
ギルドからは人の気配があった。
鍵は閉めて出発していたはずである。
レイは恐る恐るドアノブをゆっくりと回した。
パッパカーンッ!
『おにい、初仕事おめでとう!』
『レイ、初仕事おめでとう!』
ドアを開けるとクラッカーの残響が響いて、続けて聞き慣れた女の子特有のキーの高い声が重なった。
レイはその場に荷物を降ろした。
「レイナ、それにリアイも」
ギルドの中にいたのは妹のレイナと幼馴染のリアイだった。
リアイとは昔から家族ぐるみでの付き合いがあり、ちゃんと会うのは父の葬式以来だ。
実の姉のようにレイナはリアイを慕っているのもあって、自分たち兄妹を何かと気遣ってくれる関係であった。
「お疲れさま」
「あぁ。ありがとう。それでなにこれ」
しかしいきなり不意打ちにおめでとうとクラッカーで祝われて、どういう状況か理解できないレイであった。
「それでおにい、探索、上手くいった?それとも駄目だった?」
「一応売上は確保したけど」
レイナはやけにそわそわとニヤニヤ表情を浮かべながら、レイに仕事の成果を伺った。
対するレイは、肩をすくめるようにして淡々と応じた。
するとレイナが「ちぇっ」と舌打ちし、リアイは胸元で小さくガッツポーズを取っていた。
「もう一回聞くけどどういうこと?」
ギルドにあるテーブルにはノートや教科書が開いたまま置かれていた。
レイが戻って来るまでリアイが宿題を手伝っていたのだろう。
まだ状況が飲み込めずにレイは二人に疑問を問いかけると、リアイが事の成り行きを説明した。
「あのね、レイの冒険者初仕事じゃん?だから戻ってきたらみんなでお祝いをしようと思ってたんだけど、それだけじゃ面白くないと思って、どっちに転ぶか賭けてたんだ。私はもちろんレイのこと信じてたよ?レイナちゃんは違ったけど」
「私たちは家族を失ったばかりの不幸な兄妹だからさ、それが続くんじゃないかと予想してたんだけど、おにいはそのジンクスを止めたんだね」
レイは説明を受けて理解した。
最近は暗い話題が続いていたので、お土産もあることからパーティーをするのは景気づけも含めて悪くないと思った。
「なるほど。祝勝会になるか残念会になるのか賭けていたということか。それにレイナ、そんなこと言うんじゃない」
「うい」
レイは妹の軽口を注意するが、妹は反省した素振りを見せずにうっすら頷いた。困った妹である。
とはいえ、落ち込んで塞ぎ込んでいるよりはマシかと思うことにした。
「準備できたら駐車場でバーベキューでもするか。鹿肉も熊肉も取れたし」
「おお、それ賛成。まだ外はちょっと寒いけど」
「確かに。でも炭火で焼いたほうが美味しいもんね」
まだ雪解けが終わったばかりで、外で食事を摂るには寒い時期だ。
だが、レイがバーベキューを提案するとレイナは手を上げて賛同した。リアイもそれに続いた。
鹿肉は焼き肉が一番だ。レイはそう考えている。
「おにい、美女たちに囲まれてお祝いされるなんて、とんだ幸せ者だね」
「そうだぞ。感謝してよ?」
「はい、そうですね。ありがとうございました」
自称美女二人が堂々と胸を張ってそう言うと、レイは気持ちの込もっていない平坦な声で返した。
とはいえ、美女だとか関係なく、更に調子に乗られると面倒だから伝えないだけで、身内で祝ってくれる人がいることは悪い気もせずに感謝もしていた。
すると、このタイミングで一服を終えたエリナがドアを開けた。
「これ、どういう状況?」
エリナは入ると困惑した表情で、レイと同じことを呟いていた。
「これからおにいたちの初仕事祝勝会をやろうと企画してたんです。エリナさんも忘れてないですよ?」
「そういうことか」
レイナがそう伝えると、エリナはすぐに状況を理解して納得した。
「まだ私たちは仕事残ってるから、それが終わってシャワー浴びてきてからな」
「うん。私とリアイ姉は宿題終わってから準備するね」
「じゃあエリナさん、ちゃちゃっと片付けちゃいましょうか」
「そうだな」
まだ二人には鹿の解体作業が残っていた。
それに三日間山籠りをしていたので、お湯を全身から浴びて身体をさっぱりとさせたいところであった。
「あっ、レイ。ギルドの電話借りてもいい?」
「うん。好きに使って」
リアイが電話の許可を求めると、レイは承諾した。
「それと、レイナちゃん。後で罰ゲームね」
「へーい」
何の罰ゲームだろうか。
レイナは苦い表情でそれを受け入れると、それぞれが移動して作業に移っていった。
「エリナさんて見掛けによらず器用ですよね」
「そうか?慣れだよ慣れ。それに見掛けによらずは失礼だ」
「すみません、つい本音が出ちゃいました」
エリナの慣れた手つきをレイはマジマジと見つめていた。
一人で狩りをした際には全て自分でやらなければならず、レイはエリナの手捌きに感心しつつ、エリナが不在のときは面倒だなと見ていた。
腹を切り開いて内蔵を取り出していくと、レイは魔法で水を掛けて綺麗に流していく。
それからバーベキューに必要な肉を切り出して、それ以外は部位ごとに切り分けると、レイはそれを氷漬けに変えた。
そして、解体した肉たちを敷地内にある倉庫へ運び込むと、それぞれシャワーを浴びに自宅まで帰っていった。
軽装に着替えて会場の敷地まで戻ってくると、既に準備ができており、それに見知らぬ女の子が一人増えていた。
リアイが電話で呼んでいたみたいだった。
レイと目線が合うと、リアイはそのお団子ヘアの女の子を紹介した。
「この子は私の学校の友だちでマナカ。パートのミサエさんが辞めて人足りてないんでしょ?ちょうどマナカがバイト探してたから紹介しようと思って」
「はじめまして。マナカって呼んでね。私はレイくんでいいかな?」
マナカは礼儀正しく頭を下げると、愛嬌良くそう言った。
「こちらこそはじめまして。いきなり呼び捨ては抵抗あるから、マナカちゃんで。俺のことは好きに呼んでください」
「じゃあね、レイくん。これからよろしくね」
リアイが清楚で上品なお嬢様だとすると、マナカは若干幼い雰囲気のある妹然とした女の子であった。
しかし身長がリアイより頭一つ分小さいせいか、上目遣いが気になる女の子だ。
リアイがロングスカートに対して、マナカは膝近くの長さの丈がふりふりとしたスカートを履いていた。
生脚がしっかりと目立っていて、この時代には物珍しい格好であった。
「それでマナカちゃん、ちょっと寒くない?」
「うわー、マナカの脚見て言ったんでしょ。いきなり初対面でそんなこと聞くなんて引くわー」
「いや、そんなつもりは。ただ寒くないかと思って。俺だって夜だとちょっと寒いんだからさ」
レイが何気なくそう訊ねると、横で聞いていたリアイは白い目でそう指摘した。
レイはそのリアイの反応に、失言だと自覚しながら慌てて否定した。
だがそこには本当に下心はなく、ただ寒いんじゃないかという気遣いであった。
日中は大分暖かくなってきたけれど、夕方になるとまだダウンを羽織りたい季節である。
魔法種であって身体能力の高いレイが寒いと感じるのだから、一般人である女の子であればより厳しいのではないかという、余計な気遣いであった。
「マナカちゃん、要らないこと聞いてごめんね」
「ううん。私気にしてないから。それにレイくん魔法種だからそう言ってくれたんだよね。ありがと」
レイが素直に謝罪すると、マナカはそのまま謝罪を受け入れた。
それだけでなく、レイの真意まで理解してくれていた。
レイはほっと胸を撫で下ろした。
「こらリアイ。レイくんいじめちゃ駄目だぞ」
「まあマナカがそう言うなら。じゃあレイ、乾杯の音頭お願いね?」
「そうだね」
先にエリナは到着しており、食材を切り分けるなど、レイナの手伝いをしていた。
もしかしたら、レイナは全てエリナにやらせていたかもしれない。
人を使うのが上手なレイナは、レイよりもギルドマスターに相応しいかもしれなかった。
全員が外用の簡易テーブルに置かれたグラスを手に取ると、それぞれが好きな飲物をガラス瓶から注いでいった。
「ではまず最初にエリナさん。探索お疲れ様でした。魔物は狩れませんでしたが、エリナさんのお陰で無事狩猟を行うことができました。エリナさんの今回の動きを学んで、僕も今後色々とできるようになりたいと思います。次にレイナ。本当は辛いときだと思うけど、レイナが笑っていてくれると死んだ父さんも喜んでくれると思うし、俺だって救われた気になる。今のまま楽しく過ごしてくれ。そしてリアイ。俺たち兄妹をいつも助けてくれてありがとう。しばらくは中々会えてなかったけど、こうやってまた顔を合わせることができて俺も嬉しい。これまでもこれからも色々迷惑を掛けると思うけど、頼りにしているから。最後にマナカちゃん。初対面で何を言ったらいいのか正直分からないけど、これから長い付き合いができたら僕も嬉しいです。今日は無礼講です。遠慮なくやりましょう」
レイは挨拶をして、それぞれに感謝の気持ちを伝えた。それを聞いていた皆は笑顔を浮かべて言葉を聞き入れた。
「では、楽しくやりましょう。乾杯!」
『かんぱ~い』
それぞれがそれぞれにグラスを重ねた。
それを合図に、既に炭火で熱くなっていた網に食材を乗せていった。