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円居の歌  作者: 初雪
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らんの帰還(二)


「おや、もう『金の枝』が開いている。きみ、何か食べられそうかい」


 尋ねられて、娘は初めてつなぎ屋と目を合わせることとなる。落ち着いた声音とは対照的なあどけない相貌だった。ジャケットの内側に見える白いブラウスと、きちんと形を整えられたリボンタイはどこか少年めいている。油で揃えた長髪を結っていなければ、ますます学生らしく見えるに違いない。


「何でも」

 娘は彼の問いに、自然とそう答えた。勝手に口から正解の言葉が飛び出たようで少しばかり驚いたが、確かに娘の身体は「何でも食べることができる」と申告している気がしたし、また「食べても食べなくても構わない」と言外に含んでいるのもちょうど良い。


 つなぎ屋はひとつ頷いて、近くの店のドアを開ける。娘の傍らには所々錆びついた赤い立看板があり、白で『食堂 金の枝』とだけ書かれていた。


「おはよう。今はランチの時間? それともそれ以外?」

 つなぎ屋の奇妙な問いを気にする様子もなく、厨房に立つ女店主は朗らかに笑った。

「近頃は気にしないのさ。食材は大量にあるからね、時間がかかっても良ければ何でも作るよ。こちらのお嬢ちゃんは何を食べるの」

 今度は何とも答えることができなかったが、これにはつなぎ屋が代わりに答えた。


「アカマグロかロイヤルダイをレアで。それからマッシュルームサラダとチーズの盛り合わせ。根菜を一晩煮込んだシチューがあればそれも頂戴」

「運が良いね、傾籠カタカゴ。今なら全部用意できる。さあさ、適当に座って待っておいで」


 娘が「傾籠」と呟くと、つなぎ屋は窓際のテーブル席へ娘を促しながら「うん」と応えた。


「僕には色々な呼び名がある」

「傾籠は何を頼まれたの? つなぎ屋ってどんなもの?」

 娘はようやく最初に聞きたかったことを言葉にできた。発した声が聞き慣れぬ他人の声のように感じられた点は奇妙であるが、もしかすると随分と長い間、娘は話すことも、口を開くことさえしていなかったのかもしれない。


「僕が名乗ったわけじゃない。気付いたら『つなぎ屋』と呼ばれるようになっていた。橋渡しや紹介役の『繋ぎ』だろうね、おそらく。頼まれごとは失せ物探しから家探し、仕事の斡旋まで色々と。でも、本業はただの観測員」

「何を観測するの?」

「ほら、丘の上に円柱の建物が見えるだろう。下は科学館で、上階は天文観測所になっている。僕はあそこで天体の動きを観察して記録を付けるのが仕事だった。けど、生憎と今は暇でね」

「どうして」

 娘が口を開いたのとほぼ同時に、窓から差し込んでいた日差しがふいと消えた。傾籠は「ほら」と眉間に皺を寄せる。





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