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円居の歌  作者: 初雪
16/18

やわらかい河のほとり(一)


 川のほとりに佇む学舎の中、最も眺めの良いのが三階の図書室だった。

 窓を閉めたままでも微かに聞こえる、さらさら緩やかな水音が心地良い。


 本の虫であるエウロパにとって、図書室はこの世で最も居心地の良い場所に違いなかった。彼は放課後になるとその一角を陣取り、好きな本を選んでは四、五冊を目の前に積み上げる。そうして築いたささやかな基地の中で、読書に没頭するひとときを愛した。


 けれどエウロパは、川のほとりにいる子らと、おおいと賑やかに手を振りあうことも嫌いではない。川辺から聞こえる笑いや歌は決して大きすぎることなく、朗らかであるのが常で、その声はエウロパの読書を邪魔する類のものではなかったのである。


 エウロパの友人、睡蓮もまた図書室を好んでいた。

 彼は好奇心の塊かつ重度の空想家で、睡蓮の言うことには夢と現実の別がつかない。とはいえ根っからの変人や嘘つきというわけでもないから、大抵の者は次第に慣れて、彼の言動をいちいち気にしなくなる。


 だからエウロパも、睡蓮が突然「鳳凰を見たことがある」と嘯いたとき、眉ひとつ動かさず「へえ」とだけ答えた。

 エウロパの素っ気ない返事に気分を害した様子もなく、睡蓮は熱弁する。


「鳥のように見えるのは腕が激しく燃えていて、大きな翼のように見えるからだ。飛びながらちかちかと七色の火花を散らしていた。身体がガスでできているか、それとも身体から可燃物質を分泌しているのかな。エウロパはどちらだと思う?」

「ガス」


 エウロパの返事はごく短い。

 冬休みの間は図書室へ立ち入ることができず、読みかけの本は長らくお預けとなってしまう。エウロパは本を読むことに関しては、気の長いほうではなかった。どうしても今日の五時までに一冊読み終わらなければならず、今日のエウロパはとても忙しい。


「あれから僕は考え直したんだ。小説を読んでいるときに、ふと気付いたことがあって」


「そう」


 睡蓮は、エウロパの都合など気にせず一人で話し続けている。エウロパもまた隣で喋り続ける睡蓮にまともに構わなかったが、かといって邪険にもしない。睡蓮のお喋りはエウロパにとって、川のほとりから聞こえてくる歌声のように無害なのだ。


「何かというとね、そもそもあれは鳳凰だったのかということだよ。僕は夜空を舞う炎鳥を見て、どうして鳳凰だと決めつけたんだろう? あれは不死鳥や、あるいは天使の類だったかもしれない。それともそういった存在に明確な区別はないのかな。前に、龍とドラゴンは同じ生き物で、観測者が勝手に区別をしているという話をしたよね。覚えている?」


「多分」


 短く答えながら、黒板の上に掛けられた時計を見上げる。下校時刻まであと二十分。エウロパは顔を文字列に近づけて一層集中することにした。急ぐからといって、読み飛ばしたり想像をなおざりにしたりすることは好きではない。


 睡蓮は、もう本を読む気分ではなくなったようで、机の上の植物図鑑は一向に頁を捲られぬままである。窓の方へ駆け寄って、生成り色のカーテンをさらりと開けた。外はもう随分と暗い。


「それにしても炎ってどうしてあんなに美しく感じるのかな。よく、人は自分自身と対照的なものに恐怖する半面、激しく惹かれるというじゃないか。炎の対称、僕らの性質って何なのだろう。炎の反対、逆のものって? 水かな」


「そうかも」

「気が向いたら調べてみよう。そう、それでね……」






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