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円居の歌  作者: 初雪
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蜜蜂(三)


 マッチ棒を擦りながらコルネイユが問うた。


 赤燐のざらつき。小さな火の花が爆ぜる小気味良い音がして、思わずそちらに目を遣ってしまう。

「理科の授業を始めるつもりか、コルネイユ」

「きみはマッチの絵を描くとき、青や紫の絵具を選ぶかい」


 エマは想像する。真っ白のキャンバスを前にして、逡巡するように絵具ケースの上を動く自らの右手指。最初、ためらいがちに人差し指が触れたのは橙と赤の二本だ。その間も中指と薬指は迷っている様子で、まだ忙しなく動いている。しかしそれも束の間で、エマの指は最終的にケースの中から一本のチューブを取り出した。


「赤だ」

「だろうね。僕もそう。昔から、世界中で赤ほど強烈な色はないと思っているから。点描画の中から赤い点ばかりを探す悪癖があるほどだ。印象派の画家はうんざりすることだろう。けれど僕が赤色に惹かれるのには理由がある。故郷に咲く花のせい、それがあまりに美しい赤色だから」


 コルネイユの声はときどき、どこか詩をながむような不思議な響きを孕む。それを耳にするたび、エマは夢現の境を見失ったような感覚をおぼえるのだった。


 ――僕の故郷には真冬に咲く薔薇がある。

 毎年、大抵は降誕祭の頃に蕾が開き始めて、公現祭の頃には満開になる薔薇だ。雪を被っても平気だから、膝上まで積もった新雪を掻き分けて遊んでいると、ふいにその真っ赤な薔薇と出会ってしまう。


 そうすると僕は、僕たちは、ついつい『それ』から目が離せなくなる。白い雪の中に唐突に現れたその見事な赤に心を奪われて、まるで時が停まったように。いつまでもいつまでも見惚れて、目も心も身体も離れがたくなってしまう。真っ白な雪の中に埋もれて咲く赤色の花弁は、それほどまでに鮮やかで――。


 一瞬、エマの心臓は脈打つことを忘れたのかもしれない。

 コルネイユの青い瞳は房のような黒髪にほとんど隠されていたにも関わらず、まさに射貫くような鋭さでエマを見つめていた。彼はそのとき、確かに警告めいた鉄釘を、エマの顔にかかる巻き毛ごと、きんと額に突き刺したのだった。

 氷のように冷たい釘を頭に突き刺されたエマの脳は、このとき疑似的な死を体験したかもしれない。たった一度のまばたきさえできなかったのだから。


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