らんの帰還(七)
「つまり、実際にこの場所へ隕石が落ちたわけではないの?」
「この地形はどうやら何百年も前の川の名残らしい。ここの土には、さっき歩いてきた川にある石と同じ成分の石が落ちているから」
「昔はもっと大きな川がこの一帯を流れていたのね。でも本当に隕石が落ちた痕みたいだわ。ここだけ森の中からぽっかり抉れているようだもの」
「うん。けれど実は、ほんの少し、この窪地にしかない石もあるようなんだ。もしかすると、昔々に隕石が落ちたからこの場所だけ深く抉れて、あとから川の水が浸入したのかもしれない。どちらにせよ何億年も前の話」
傾籠は、そばにあった小石を手に取り、弱々しい月の光に翳すようにして目を細めた。
「おや、石英だ。氷みたい」
「私も見たいわ」
娘は言いながらきょろきょろと辺りを見まわし、近くにあった小石を試しに拾ってみる。ほんの僅か赤く光を通すそれに、どこか琥珀のような趣を感じた。
「それも隕石の残骸かもしれない。僕がわからないだけで」
これらの石はどれほど長い年月この場所に在ったのだろう。
娘は想像する。何億年も存在を知られず、土の中で眠っていた石の孤独を。小石の姿になる以前、これが何者であったのか。それは何処から来たのか。たったいま偶然にも娘に見つけられるまで、それはどれほど永い時を生きてきたのか。
「太古の隕石には、」
傾籠の言葉はそこで途切れた。
何を言おうとしたかも忘れてしまったし、それも最早どうでもいい。彼の眼前で娘は白銀の鵬に姿を変え、煌めく嘴を天に向けると、雷鳴に似た奇妙な声音でひとつ、どうと鳴く。
――天にて孵る。
声なき声で娘だった禽は言い、傾籠はそれに「お行き」と答えた。
「天上へゆけるなら、季節を司る女神たちに伝えておくれ。もう秋は終いだと」
光る禽が大翼を翻すと、剣で裂いたように鋭利な風が吹き渡った。その風はすぐに遠く遠く、地の果てまで届いたようだ。街を越え、丘も森も越えてゆき、山々を轟と揺らす。やがて大海原まで届いたそれは、ひやりと撫でて海面を泡立てるのだった。
「あぁ、やけに疲れると思ったら。孵化をするのに僕から『若さ』を奪っていったな。まぁいいか。天の子を孵したのだし、そのうち何かしらの返礼が舞い込むだろう。それにしてもここまで老いては、僕も一度『源』へ還る必要がありそうだ。この身体とは短い付き合いだったが、観測員の仕事にもそろそろ飽きてきたところ。河でさっぱり洗い流すとしよう」
以来、西の空に星がひとつ増えた。煌々と燃えるその青い炎を、あなたが目にするのは幾千年のちの話。その時にはもう西であるかもわからない。