水鳥と惑う女(一)
若い水鳥には、見るたび不思議に思うものがある。円いかたちで、絶えず動き続けている何か。かたちだけで云うなら土星の輪に似ているかもしれない。一体あれは何なのだろう。
「あれはリネア」
と、初めて水鳥にそれの呼び方を教えたのは、青く燃える瞳の女だった。
「けど、あたしが勝手にそう呼んでいるだけ。友達の名前なんだ。あたし、いつかあそこへ行くの」
青く燃える瞳の女と水鳥は長いあいだ会わなかった。気ままな水鳥は何処へ帰るということもなく、いつまでも飛んでいってしまうから。けれども水鳥には、彼女とはこの先も度々会うことになりそうだという予感があった。
青い炎から弓矢のように放たれ溢れ出る情熱、誇り、煌めき。力強く燃えるその眼差しに、水鳥はひどく心惹かれたのである。
彼女は口癖のようによくこう言った。
「あたしは心の赴くまま、いつも自分で決めた道を進んでいるつもり。自分の行先を他人に委ねないってことだ。あたしは選択肢が現れたとき、自分の頭で考えて、自分の心で何を選ぶかを決めてきた。あんたには、とてもそうは見えないだろうけど」
そんなことはない、と水鳥は都度答えるのだが、実のところ彼女の言う通り、すべて否定することは難しかった。
なにしろ水鳥は彼女よりもずっと長いあいだ飛んでいられるし、彼女とは比較にならぬほど遠くへ行くことができる。それほど強靭な翼を持っているのだから、水鳥が彼女の生き様を不自由と感じてしまうのは、まったくもって仕方がない。
はたまた次に会ったとき、燃える眼差しの女はしおらしく、こんなことを言った。
「ときどき、無性にいやになって堪らない。あたしが自分の心だと思っているものは、本当に『あたしの』なのかって。生まれて死ぬまでにあたしがやること成すこと、本当はすべて『何か』に惑わされているんじゃないかって。自分で自分の進む道を決めて、誰にも行先を委ねない人生を誇らしく思っていたのに。本当は最初からあたしの行く道は『何か』に定められていて、あたしの人生はただの一本道だったの?」