3:隠し勢力、開拓者
ゲームタグを変更し、アバターの設定を終えた俺はリコと共にエリアを歩き回った。
自分の足で自由に歩き回れるこの感覚、懐かしい。
それにあたり一面の草原も、都会の真ん中にある園ではなかなか味わえない光景だった。
「この匂い…これが多分草の匂いってやつなんだろうな」
俺はほとんど東京から出たことがないため、本物の草原というものを見たことがない。
でも目の前にあるこの光景には、いわゆるホンモノと遜色がないんじゃないかと思わせる、そういう説得力があった。
「…?どうしたの、響」
「リコ、草原って見たことあるか」
「…ある。おばあちゃんちは田舎の方だったから」
「そうか…俺は、東京から出たことがないから草原も海も見たことがないよ…小さいころに見たことがあるのかもしれないけれど、あんまり昔のことも覚えていないし…」
「覚えていないって、電脳事故で?」
「ああ、小学四年生の頃、10歳の誕生日にプレゼントでデバイスをもらったんだ。あの頃は適性検査も義務化されてなかったし、プレゼントをもらえたのが嬉しくてケーキにも手を付けずにデバイスを起動した。そしたら事故って脳と神経に後遺症が残っちまった。まあデバイスも初回起動でオフライン接続だったからあんまり被害も出なかったが、記憶障害でまばらに記憶が消えてしまったのがかなりしんどかったな」
「まだ、思い出せないこともあるの?」
「ああ、誕生日の日のことははっきり覚えてるんだがそれより前のことはさっぱりだ」
「でも、親の事とかは覚えてたんでしょ」
「そう!そこなんだよ!両親のことははっきり覚えてるのに担任の先生とか友達とかご近所さんの事とか全く覚えていないんだ!しかも事故の後すぐに入園したから誰とも会わなくなっちゃったしな…」
まあ、そういった記憶がなくなったのは逆に良かったのかもしれないな。
友達と会えなくなるくらいなら、覚えていない方が辛くないだろうから。
「響、さみしい?」
「まさか!もう五年も前の話だし、それに今は皆がいるしな!」
「…ふーん」
リコはそう言いそっぽを向いた。
その後エリアを歩き回っていた俺たちは遂にスポーンマップと他マップとの境界線を見つけた。
どうやらスポーンマップから出るにはリスポーン地点を決めないといけないらしい。
リスポーン地点なんて適当に決めればいいのではないかと思うかもしれないが、そうはいかない。
なぜならリスポーン地点がどちらの派閥に占領されているかによって田舎派と都会派、どちらの所属になるのか決まってしまうからだ。
マップの境界線であれこれ話し合っていると、光のエフェクトと共に一人のプレイヤーがワープしてきたのだった。
茶色の皮の鎧をまとった中肉中背の男性アバターを身に着けたプレイヤーは、俺らの姿を確認した後屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「やぁ!君たちニュービーだろ?もし何か困ってるんだったら力になるよ!」
そのさわやかな姿にうさん臭さを感じた俺は、使い慣れない作り笑顔で返答をする。
「こんにちは!実はリスポーン地点をどこにすればいいかで迷っていて…」
ちなみに俺はこの男が勧誘のためにワープしてきたと確信していた。
デフォルト装備の二人組がマップの境界線近くで数分間話し合っている姿を見て初心者と確信した男はゲームに慣れている感を演出するためにあえてワープをしてきた…ってところだろう。
その目的は勧誘、つまりは勢力の拡大。
田舎派か都会派か、どちらであっても勧誘とわかっているのであれば本題にとっとと入ってしまいたい、アイスブレイクのための世間話なんてされたら退屈で死んでしまう。
それにそれぞれの勢力の情報も得ておきたいしな。
「なるほど、なら話は早い。君たち、設定されたリスポーン地点がどちらの領土かによって所属が決まることは知っているだろう?」
「ええ、まあ一応」
「隠し勢力があることは知っているかい?」
隠し勢力…!?
攻略サイトはまんべんなく見たが、そんな記述はどこにもなかったはずだ…
「ははは、お兄さんのその表情を見るに結構このゲームについては予習しているようだね」
「…あなたの所属は?」
まだこのプレイヤーが言っていることが真実だと信用するのは早い。
新参者をからかうのが好きな性悪の可能性だって捨てきれないからな。
「僕は都会派だけどね、運に恵まれなかったんだ。ただ君たちにその権利があるならば後悔してほしくないと思って、声をかけたってわけさ」
「権利っていうのは、隠し勢力に所属するための条件みたいなことか」
「そのとおり。普通にリスポーン地点を設定するだけなら田舎派と都会派、どちらかの所属になってしまう。だけど事前にあるアイテムを手にしていれば隠し勢力、開拓者に所属する権利を得る。結構狭き門だけれど、話を聞いても損はしないと思うよ」
「…あんたがそれを話すメリットを教えてくれ」
感じが悪いかもしれないが、VRMMOはリソースゲー。
初心者の俺たちがリソースをすべて奪い取られれば詰み状態になることもありえなくはない。
序盤の今だからこそ、最大限警戒するに越したことはない。
それに、攻略サイトに隠し勢力について記載されていなかったこともきな臭い。
もしサイト運営者がそんな情報を得た日には、PV稼ぎのために記載しないわけにはいかないだろう。
「ははははは!驚いたな、いや、警戒するに越したことはない。君が正解だ」
そういうと皮鎧の男は頭を掻き、一拍置いたのちつらつらと話し始めた。
「今の二勢力間では開拓者の取り合いが白熱化している、と言ったらわかりやすいかな。開拓者は他の二勢力にはない特権がある、開拓だ。マップを開くと黒く塗りつぶされたエリアがあるだろう?これは未開拓地といってエリアボスが倒されていないエリアになるんだ。このエリアが黒い状態の限り、この場所を領地とすることもリスポーン地点にすることもできない。だから二勢力の権力者たちは開拓者達と契約し、エリアボスが討伐された際には優先的に支配権を譲ってもらえるように動いているってわけさ。エリア支配権はボス討伐者が獲得するからね」
「…一つわからない点がある、なぜ田舎派と都会派は自分たちでエリアボスを倒さないんだ?自分たちで倒せば開拓者を挟まなくても支配権を手に入れられるじゃないか」
「所属エリアボーナス、だよ。自分が所属している領地にいる間、プレイヤーはステータスに一定のバフを受けることができるんだ。開拓者はこのパスレコの中で唯一未開拓地、暗黒大陸でボーナスを受けることが出来る。実質的にエリアボス攻略を行えるのは開拓者達だけなんだ。それに所属領地以外でのデスはアイテム全ロストだからね。それなら開拓者達と契約した方が合理的ってわけさ」
「なるほど、つまりあんたが俺たちに声をかけたのは青田買いのためってわけか」
「…あおたがいって?」
黙って話を聞いていたリコが口を挟んできた、普段は無口でアバターも相まって大人びて見えるがこういうところは年相応だな。
「俺らが開拓者になる可能性を見越して早い段階からつばつけておこうってことだよ。もし開拓者にならなくても、自分の勢力に所属するように誘導もできる。いうならばこの男は広報担当兼スカウトマンってわけだ」
「はは、スカウトマンってのは少し違うな。言うなれば僕は交渉役だ。開拓者の解放条件を教える代わりに、条件を満たせれば専属契約を結んでもらう」
「なるほどね」
やっぱりただで情報をくれる…って訳はないか。
「まあ、初心者の君たちが僕を疑うのも無理はないけれど、君たちにとっても悪くない話だと思うよ。この時点で君たちが開拓者になるって決まったわけじゃないから、今後の展開次第ってところかな。それに君たちは開拓者解放の条件も知らない。今のところ攻略サイトにも載ってないレア情報が手に入れられるってだけでも、君たちに有利な条件になっていると思うけれどな」
「もし俺たちが条件を満たせなかったら?」
「その時は君たちが何かする必要はない。情報を攻略サイトに公開してもいいし、田舎派になるのも君たちの自由だ。田舎派に情報提供してもいい、僕たちもそれなりのリスクを背負っているってわけだ。まあ、解放条件も時が経てばみんなに知れ渡るが…現時点で一つ言えるのは、解放条件をもっとも満たしやすいのは君たち初心者ってことだ。一度所属を決めた後でも開拓者になるのは可能ではあるが、かなり骨が折れるぞ」
「ほねが、おれる…」
「比喩だ比喩、例えだよ…」
「とにかく、俺たち都会派にとっては今が勝負時なんだ。情報が広がる前に開拓者を出来るだけ確保しておきたい、そのためにこのスポーン地で毎日プレイヤーを選定し交渉を行っている。隠していることは何もないよ、信じてほしい」
確かに、一応筋が通っている…
この交渉において俺たちのデメリットは特にない。
もし開拓者の条件を満たしたとしても、都会派が取引相手になるだけであってプレイングに何らかの縛りが発生するわけではない。
それに二勢力間の争いから一歩離れた場所でプレイできるのも魅力的だ。
「リコはどうする?」
「わたしは、響と一緒でいい」
「よし、あんたの話に乗るよ。俺たちが開拓者の解放条件を満たしエリアボスを討伐することがあれば、あんたら都会派とエリア支配権を優先的に取引する。それでいいか?」
「ああ!契約成立だ!俺の名前はモロッコ、これからよろしくな!」
モロッコから教えられた条件は一つ、アイテム:新天地へのコンパスを手に入れることだ。
このコンパスというのが特定のモンスターからのみ超低確率でドロップするらしく、通常プレイでは全く手に入らないらしい。
しかしそのドロップ狙いよりも比較的簡単にコンパスを手に入れられる方法が一つある、しかも初心者限定で。
それが初心者応援プレゼントボックスだ。
このボックスは初回ログイン時に一つだけ手に入れることができる、中身はランダム、初心者が序盤を詰まらずに攻略できるようにレア度の高い武器や防具、スキルブックなどが排出されるようになっているらしい。
そう、このボックスからコンパスが排出される可能性があるらしいのだ、それもその確率は通常ドロップよりもかなり高いものらしい。
「運営からのメッセージボックスにプレゼントが届いているはずだから、そこから開封できるよ。モンスターからのドロップ確立より高いとは言え、コンパスが排出される確率は大体2%ぐらいらしいから、だめでも気を落とさないでくれよ」
モロッコが言うにはリスポーン地点設定後にプレゼントボックスを開封した場合、コンパスは排出されなくなってしまうらしい。
要するにこのゲームにおいてスポーン地点から一歩も出ていないプレイヤーが一番コンパス獲得に近い、というわけだ。
「響、せーので開けよう」
「おう!」
俺はプレゼントボックスを開き、開封のアイコンに指を置く。
「「せーの!!」」
アイコンを押下するとルーレットのようなエフェクトが表示される。
様々な武器が右から左に流れていくのを見つめていると、だんだんと動きが緩やかになっていき丸形のアクセサリーに停止した。
「…ん?これって」
「おお!それがコンパスだ!新天地のコンパス!」
「…え、まじで?」
いざこのような事象が目の前で起こると、思わず放心してしまう。
2%って…いざというときは引けるんだな…
そんな確立を射止めた余韻に浸りつつ、ふと横目をやるとリコはウィンドウを見つめたまま立ち尽くしていた。
「…どうだった、リコ」
まあ、だめでもともとだ。
二人同時に2%を当てるなんてことはそうそうは起こらない。
「多分、出た」
「…ん?」
「これでしょ、新天地のコンパス」
そういいリコはウィンドウをこちらに見せる。
確かにそのウィンドウには獲得:新天地のコンパス、と表示されていた。
「…えええええええええええぇ!!!!マジか!マジか!」