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2:パストラルレコレクション

園の子供が持ってきたソフトは今世間を賑わせている新発売のVR型MMOゲーム、パストラルレコレクション通称パスレコのパッケージ版だった。

魔法あり、剣あり、重火器あり、ガン要素の混じった典型的なファンタジーMMOに思われた今作には一つの革新的要素があった。

その名も文明化。

プレイヤーはアイテムなど一定のリソースを消費することでマップの一部を文明化することができる。

この文明化を行ったエリアは現代日本の測量データを基にモデリングされた、高層ビル群の映える都会に書き換えられることになる。

この、これまでになかったマップの書き換え要素はベータテストプレイヤーに衝撃を与え、一つの文化を生み出した。

都会派(シティーズ)田舎派(ビレッジャー)の対立、領地合戦だ。

近代の重火器愛好家は都会派(シティーズ)に所属、魔法や妖精などファンタジー愛好家は田舎派(ビレッジャー)に所属、といった具合にプレイヤーはそれぞれ住み分け度々領地(マップ)をかけ衝突している。

プレイヤー全員を巻き込んだ領地合戦の要素は数多いるゲーマーの闘争心に火をつけ、今や最新VRMMOと言ったらパスレコと世論に言わしめるほどの地位を確立した。


そんなパスレコはベータ版テストがユーザーに好評だったこともありサーバー参加権の争奪戦が勃発、予約は瞬殺、発売日直後の今現在ではパッケージ版はおろかダウンロードパスであっても入手は困難なはずだ。

「リコ、どうやって手に入れたんだそれ…!」

ゲームソフトを持ってきたのは小学四年生、園で最年少の女子、沢田凛子。

皆から愛称を込めてリコと呼ばれているこの子は、入園当初は口数も少なくあまり表情を表に出すような子ではなかった。

最近になってようやく園に慣れ始めたようで、この頃では笑顔も見せてくれるようになったのだが…

「ないしょ…」

リコは口元を隠して照れたようにそう言った。

「じいやさんにこっそり頼んで送ってもらったんだよねー?」

そう横から口を挟んできたのは園の女子では最年長の高校二年生、円谷駿河だった。

両方とも名字のような珍しい名前だが、本人は案外気に入っているらしい。

「スル、ひみつなのに…」

リコの親父さんはVRデバイス開発会社のCEOをしており、実家は豪邸。

そのためリコには専属のお世話係、じいやさんがいるらしい。

デバイス開発のつながりがあるならば、パスレコも手に入るってわけか。

「うひひ、秘め事はおこちゃまには早い早い!」

スルガはリコの面倒をよく見ているらしく、この頃は二人で一緒にいるところをよく見かける。

「すごいじゃないか、パスレコなんて今手に入れようとしたら定価の何倍もするだろうに…でもどうやって遊ぶんだ?」

いくらVRゲームのソフトが手に入っても、電脳不適応症の俺らが電脳デバイスに接続することは許されてはいないわけだが…

「リハビリテーションルームのイソノミアシステム、あれなら私たちでも遊べる」

「…ちなみに、パスの余りとかって…ないっすよね…?」

「プレイヤーパス、響の分もあるよ」

「マジで!」

プレイヤーパスとはゲームにプレイヤーとして参加するために必要なパスのことだ。

パスレコではユーザーのユニークデータが膨大なサイズになるらしく、それを保存するゲームサーバーの容量不足が問題となっていた。

そこで登場したのがプレイヤーパス制度、ユーザーはパスレコに新規プレイヤーとして参加するために買切りのパスを購入し、サーバーに参加する権利を得る。

もちろんパスレコの代金には一人分のパスの料金が含まれているが、一つのソフトで複数人が遊ぶ場合にはパスが複数必要になる。

もちろんパスレコのプレイヤーパスだって普通の値段じゃ買えない、リコの親父さんには感謝しないといけないな。

「あーあ、これで戸塚は一生リコの言いなりだね。いや~年下のご主人様とは、いい趣味してるね~」

「人聞きの悪いことを言うなよ!ってか、スルガはパスレコやらないのか?」

「私はいいや、ゲーム苦手だしVRってなんか怖いしさ」

「そうか…」

しろの園にはVRに忌避感を覚える子供も何人かいる。

中でもスルガは特にVRにトラウマがあるらしくイソノミアシステムにも一切触れていないようだった。

「そんなわけでさ、リコのエスコートは戸塚の役目ってことで!リコはゲームやるのも初めてらしいからレトロゲーマーの戸塚が手取り足取り教えてあげてね!」

「まあ、VRとモニターゲームは勝手が違うだろうが任せとけ」

VRMMOこそ未経験だが、オンラインゲームには多少の覚えがある。

ああいうものは情報が物をいうのだ、攻略wikiでも読み込めば初心者プレイヤーのキャリーぐらい余裕だろう。

「ということで、これ」

リコがパスレコのパッケージを俺に押し付けてきた。

「インストールと最適化、して?」

「…はい、やらせていただきます」

そうして俺はイソノミアシステムにパスレコをインストールするという大仕事を押し付けられた。


日曜の午前10時、俺とリコはリハビリテーションルームに集合していた。

「インストールは昨日のうちに終わってるし、あとは起動チェックだけだ」

「おー、響、おつかれさま」

リハビリルームにて格闘すること三時間、フィルタリングに引っかからないようパスレコのアクセスキーデータをOSデータの一部に偽装しインストール。

パスレコのインストールが終わったらイソノミアシステム上で実行する際に処理に負担がかからないよう最適化。

それを二台分、マジで疲れた。

作業自体は簡単なものだが、フィルタリングに引っかかってしまうと管理者に警告が行ってしまうため細心の注意を払って作業を行う必要があった。

インストールバーが止まる度に冷や汗をかいたが、無事に終わってよかった。

「それじゃあさっそくアクセスしますか」

ゆりかご型VRデバイスイソノミアシステム、卵型のデバイスの天蓋を開け中に座りアクセスするこのシステムは通常のVRデバイスとは異なる点がある。

それは処理速度だ。

電脳不適応症であっても問題なく電脳を利用するための条件、それは使用者の脳から発せられるパルスを適切にブロックすること。

俺らが通常のデバイスを利用すると、脳から発せられるパルスがデバイスに過剰な処理を強制し様々な障害を発生させる。

しかし、このシステムであれば俺らの脳から発せられる異常なパルスを通常のパルスと高速判別しブロッキングすることが出来る。

だからこのデバイスは通常のVRデバイスと比べてバカでかい、通常のデバイスはネックレス型で持ち歩きももちろん可能だがイソノミアシステムはまるで棺桶のような大きさだ。

パルスの高速判別のために積まれた大量の論理演算装置、それがこのコンピュータの大半を占めているのは言うまでもない。

「ゲームがスタートしたらスポーン地点から動かずに俺を待ってるんだぞ」

リコは控えめにうなずきデバイスに横たわった、俺もアクセスするか。

デバイス内部にあるマッサージチェアのような椅子に横たわり、天蓋を閉じるとシステムがスタンバイ状態に入る。

デバイスでVRにアクセスするにはまず国から発行されるVRIDを入力しログイン状態にしなければならないが、このデバイス内部にはモニターがない。

ではどうやってIDを入力するのか、答えは脳で。

デバイスと脳が接続されると視神経へ映像シグナルが送られる。

すると俺の目には液晶画面のように様々なウィンドウが表示されるのだ。

指一本動かさなくとも、頭の中で操作手順を思い浮かべるとその信号をデバイスが読み取りウィンドウが操作される。

この操作方法も最初は慣れなかったが、ちょっとした感覚を得られればあとは手を動かすよりも早く入力できる。

VRID、パスを入力しファイルデータからいくつかの階層をくぐりパストラルレコレクションを選択、起動する。

すると、視覚すべてが白い光に包まれ、それまで存在していた体の横たわっていた感覚が消失し、ただ奈落へ落下していくような脱力感が全身を覆う。

この感覚は何度味わっても慣れない、臨死体験だといわれても俺は疑わないな。


脱力感も失われ地に足つく感覚を得、目を開けるとそこは草原だった。

地に足つく感覚…?

「うぉ…!」

足の裏で地面を感じる…!もちろん杖など持っていない!

「自力で…立っている…!俺が…!」

両足で歩き出すと少しよろけてしまうが、転倒もせず問題なく歩ける。

リハビリソフトでも歩行訓練はしていたが、あれは現実の身体データを基に行われるシミュレーション訓練。

杖を突いてスムーズに歩くことを目標にしたリハビリソフトでは、現実と同じく足の不自由が消えることはなかった。

しかしパスレコは健常者の身体をベースにモデリングしている、この空間であれば俺は歩くことはもちろん、全力疾走だって…!

「響」

後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには長身の女性が立っていた。

髪は紫がかった黒色、奥に紫の見える透き通った瞳、こんなきれいな人がなんで俺の名を…

俺が女性を見つめていると、彼女の頭部上に数文字のアルファベットが表示された。

RIIIIIKO…どうやらプレイヤータグらしいが…リコ!?!!?

「お前っ!リコ…なのか…?」

そう聞くと彼女はうなずいた、どうやら目の前の長身女性はリコらしい。

確かにVRゲームではアバターはいじり放題、女性に成りすますネカマなんかが跋扈しているとは知っていたが…知り合いの子供が突然全く違う見た目で出てくるとぎょっとしてしまうな。

「しかし…お前のアバター背が高すぎるだろ…男性用デフォルトアバターより背が高いじゃないか」

デフォルトアバターの俺では見上げないと目を合わせることすらできない。

男性用デフォルトアバターの身長は174cm、目算するに185cmはあるんじゃないかこいつ。

「でかい方が、つよい」

そう言い放ち鼻息を荒くするリコ、まあアバターのでかさは多少はステータスに影響するらしいが…

「…ていうか、いつの間にアバターの設定なんてしたんだ」

俺たちはほぼ同時にイソノミアシステムに入ったはずだ、アバターの設定なんてする時間あったか?

「…?響、来るの遅かったから」

「え…?」

ゲームシステムの時間表示を見ると、俺がイソノミアシステムに入った時間から30分も経っていた。

なぜリコは問題なくアクセスできているのに、俺だけこんなに時間がかかってしまったんだ…?

「それより、響もアバター変えて。さっきから響と同じ顔の人ばっかりで君が悪い」

「ああ、悪い…待て。リコ、なんでこのアバターが俺だってわかったんだ?」

「…プレイヤータグ」

まさかと思いゲーム内メニューを開くとそこには俺のID、HIBIKI_TOTSUKAの表示があった。

「なんで本名!?設定した覚えもないのに!?」

「初期のプレイヤータグ、デバイスに保存されてるユーザーデータと同じ名前になるみたい。わたしも最初は本名だった」

「ぐおおおおお!変更変更変更!」

本名でオンラインゲームなんて、今日日小学生でもやらかさない。

そうか…園のデバイスに保存されているユーザーデータは職員が設定したものだから、全員本名で登録されている…

ユーザーデータはネット上での身分証のようなもの。

オンライン上でアクションする際に内容をみられる可能性があるため、一般ユーザーは本名ではなくニックネーム等を登録するのだ。

とんでもない罠だ…

ゲームスタート早々、俺はとんでもないことをやらかしてしまったのであった。

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