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自分色の光で照らす空間 〜迷いの中で見つけた本当のセンス〜

作者: 星空モチ

挿絵(By みてみん)


「センスいいね、美咲さん」


またいつものように、同僚の言葉が耳元を素通りしていく。


溜息が、小さな吐息となって室内に溶けた。


美咲は31歳。都内から電車で40分の住宅街にある『インテリアショップ・コルテ』で7年目のOLをしている。店内の小さなデスクで、次の季節の商品配置図を描きながら鉛筆を転がす。


「もっとこうすればよかったかな…」


今朝完成させたばかりの店頭ディスプレイ。確かに素敵だった。でも美咲の頭の中では、もっと違う配色、もっと違う組み合わせがいくつも渦を巻いている。


けれど結局、一番無難な、誰からも文句を言われなさそうな構成を選んだ。またいつものように。


「美咲ちゃん、この配色センスすごいわー!」と店長の笑顔も、どこか遠くから聞こえてくるよう。


実は美咲には秘密がある。大学時代、インテリアデザインの才能を認められ、新進気鋭のデザイン事務所からスカウトされたことがあったのだ。でも、「私なんかまだまだ…」と辞退してしまった。


その代わりに選んだのは、地元の小さなインテリアショップ。無難で安定した道。


「美咲さん、ちょっといい?」


上司の村田がコーヒーを持って近づいてきた。村田は40代後半、温厚な性格だが鋭い目を持つ女性だ。


「実は大きな話が来てるの。市の公共施設、あの古びた図書館のリノベーション計画。うちに白羽の矢が立ったのよ」


美咲の心臓が一瞬、跳ねた。


「そして——その責任者に、あなたを推薦したわ」


コップから漏れた水滴が、美咲の指先を伝う。冷たい。でもどこか熱い何かが胸の奥で火を灯した。


「え…私が…ですか?」


村田は笑った。「あなたのセンスなら大丈夫よ。思い切り力を発揮してみなさい」


自分の力?それが何なのか、美咲にはよくわからなかった。


その夜、実家の狭いアパートに帰り、美咲はベッドに倒れ込んだ。天井を見上げながら考える。


子供の頃から、美咲は色と形に敏感だった。両親が離婚して、父と二人で暮らすようになってからは、殺風景な部屋を少しでも明るくしようと、古雑誌から切り抜いた写真を壁に貼ったり、空き缶で花瓶を作ったりした。


「美しい場所は、人の心を癒す」


それが、小学生の美咲の信条だった。けれど今の自分は?完璧を求めるあまり、結局何も表現できていない。


スマホが震えた。チームメンバーのグループチャットだ。


「明日から本格始動ですね!ワクワクします♪」


美咲は返信せず、窓の外に目をやった。


夜空に浮かぶ月が、雲間から顔をのぞかせていた。


「自分の意見、ちゃんと言えるかな…」


不安と期待が入り混じる気持ちを抱えながら、美咲は目を閉じた。


朝の光が差し込む会議室。


「では、今回のコンセプトについて意見を出し合いましょう」


プロジェクトリーダーの村田が、チームメンバー5人を見渡した。美咲の隣には、華やかな営業担当の高橋、反対側には実務派の工藤と若手の佐々木。そして最年長の技術担当・鈴木さん。


「公共施設だから、落ち着いた色調で統一感を…」


工藤の声が響く。美咲のスケッチブックには、すでに違うビジョンが描かれていた。温かみのある木目と、思い切った原色のアクセント。心の中で叫ぶ。「これが見せたい!」


けれど言葉にはならない。


「美咲さんはどう思う?」村田の視線が痛い。


「あ、はい…みなさんの意見に沿って…」


自分の声が遠くで響く。またいつものパターン。心がざわつく。


昼休み、古びた図書館を下見に訪れた美咲。ここは子供の頃、よく父と本を読みに来た場所。どこか懐かしい匂いが漂う。


角のソファに腰掛けると、一人のおばあさんが静かに本を読んでいた。美咲が持っていたスケッチブックに気づき、微笑む。


「何描いてるの?」


思わず見せてしまったスケッチ。おばあさんの目が輝いた。


「こんな素敵な空間になるの?ここに座ると、昔懐かしい気持ちになれるわね」


「え?でも、これは私の勝手な案で…」


「あら、でも感じるわよ。あなたの想いが。温かさが」


その言葉が美咲の胸に突き刺さった。


夕方の会議。最終案を決めるとき、美咲の頭には朝と違う思いが渦巻いていた。


「こちらが皆さんの意見をまとめた案です」


工藤がプレゼン資料を広げる。無難で整った、どこにでもありそうなデザイン。


会議室の窓から差し込む夕日が美咲のスケッチブックを照らす。


「…いいえ」


小さな声だったが、確かに言った。全員の視線が美咲に集まる。


「私には、別の提案があります」


震える手でスケッチブックを開く。おばあさんの言葉を思い出して、勇気が沸く。


「これが…私の感じた、この場所の可能性です」


「美咲さん、これは…」


村田の言葉が宙に浮く。会議室に静寂が広がった。


美咲の提案は、従来の「安全策」とはかけ離れていた。大きな窓際には読書用の吊りハンモック。壁の一面は子どもたちが自由に描ける黒板塗料。そして天井からはカラフルな照明が、まるで星空のように瞬く。


「これは…予算オーバーでは?」工藤が眉をひそめる。


「派手すぎるわ」高橋も難色を示す。


美咲は深呼吸した。


「確かに冒険的です。でも、この図書館には思い出がたくさん詰まっています。ただ新しくするだけでなく、温かみを残したい。それぞれの世代が居場所を見つけられる空間にしたいんです」


自分でも驚くほど、言葉が流れるように出てきた。


「このハンモックは、実は市内の廃材を再利用できます。黒板塗料は維持費も安く、常に新鮮な空間を提供できる。照明も省エネLEDで…」


技術担当の鈴木さんが小さく笑った。「面白いね。工夫次第で予算内に収まりそうだ」


それでも、最終決定には至らなかった。「クライアントとの打ち合わせまでに、両案を詰めましょう」と村田は提案した。


翌週、市役所での提案当日。


美咲は徹夜で資料を仕上げていた。薄暗いデスクの明かりだけが、夜の静けさを破る。


「こんな時間まで何してるの?」


振り返ると、村田が立っていた。


「村田さん…」


「あなたの案、私は気に入ってるわ。でもね…」


二人はコーヒーを飲みながら話し込んだ。村田の過去の挫折、そして美咲への期待。


「私がずっと言えなかった"自分らしさ"を、あなたが表現してくれた気がするの」


その言葉が、美咲の背中を押した。


提案当日。


市長を含む評価委員の前で、まず工藤が無難な案を発表。拍手は丁寧だが、どこか形式的だった。


次は美咲の番。


緊張で足がすくむ。でも、スケッチブックを開いた瞬間、不思議な落ち着きが訪れた。これは自分が心から届けたい想いだから。


「この図書館は、ただの本の収納庫ではありません。思い出が生まれる場所、未来が育つ場所なんです」


プレゼンテーションが進むにつれ、委員たちの表情が変わっていくのがわかった。


最後に美咲は、あのおばあさんとの会話を話した。


「この空間が、誰かの心に"懐かしさ"と"新しさ"を同時に届けられたら…それが私の願いです」


「考えさせてください」


市長の言葉に、会議室に緊張が走る。美咲は自分の鼓動を感じながら待った。


一週間後、驚きの知らせが届いた。


「美咲さんの案が採用されたわ!」村田の声に興奮が溢れる。「しかも予算も増額してくれるって!」


工事が始まり、図書館は少しずつ姿を変えていった。


かつて美咲が父と過ごした角のソファは、リノベーションされつつも同じ場所に。懐かしさを残しながら、新しい命を吹き込まれる。


そして竣工式の日。


「わぁ、すごい!」


子どもたちが黒板壁に思い思いの絵を描き始める。大人たちは吊りハンモックに身を委ね、窓から差し込む光を浴びながら読書を楽しむ。


「美しい場所は、人の心を癒す」


小学生の頃の美咲の言葉が、現実になっていた。


そこに、あのおばあさんが杖をつきながら入ってきた。


「あら、本当に素敵な空間になったわね」


美咲は緊張しながら近づく。「気に入っていただけましたか?」


「ええ、とても。ここに座ると、昔懐かしい気持ちになれるわ。でも同時に、新しい何かが始まりそうな、そんな希望も感じるの」


おばあさんは美咲の手を取った。「あなたの想いが、しっかり伝わってるよ」


その言葉が、美咲の心の奥深くまで染み渡った。


翌日、SNSでは新しい図書館の写真が拡散され始めた。


「#心が癒される図書館」「#行ってみたい場所リスト入り」とハッシュタグが並ぶ。


店に戻った美咲を、同僚たちが温かく迎えた。


「美咲さん、すごいじゃない!市の広報誌にも載ったよ!」


「ありがとう。でも、まだまだ…」


言いかけて、美咲は自分の古い癖に気づいて笑った。


「ありがとう。私、本当に満足してるの」


その日の帰り道、美咲は久しぶりに実家に電話をした。


「お父さん、図書館のリノベーション、私が担当したんだ」


「おお!あそこか。子供の頃、よく連れて行ったところだな」


「覚えてる?私たち、いつも角のソファで本を読んだよね」


「ああ、懐かしいな。見に行くよ、必ず」


電話を切り、美咲は空を見上げた。月が雲間から顔をのぞかせていた。あの日と同じ月だけど、今夜はなぜか輝きが違って見える。


数か月後、美咲は「コルテ」の店内ディスプレイを前に立っていた。


「もっとこうすればよかったかな…」


そう思いかけて、首を振る。


「いや、これでいい。これが私の感じる美しさだから」


鏡に映る自分を見て、美咲は微笑んだ。


「今日の私で十分素敵なんだ」


そして、デスクに戻ると新しいスケッチブックを開いた。そこには次のプロジェクト、地元の老人ホームのリノベーション案が描かれ始めていた。


村田が近づいてきて、美咲の肩に手を置いた。


「次は何を見せてくれるの?」


美咲は自信を持って答えた。「まだわからないけど、きっと私らしいものになると思います」


公共施設の窓から差し込む光が、美咲の描く線を照らす。それは完璧ではないかもしれない。でも、確かに美咲の色で輝いていた。


そして今、彼女の人生も同じように、自分だけの色を放ち始めていた。


<終わり>

あとがき:「自分色の光で照らす空間」を書き終えて


皆さん、こんにちは!「自分色の光で照らす空間」を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語は、私たちの多くが経験する「自分の意見を言えない」「無難な選択をしてしまう」という葛藤から生まれました。特に30代になると、「このままでいいのかな」と立ち止まることがありますよね。


美咲というキャラクターを作る際、私自身の経験も少し重ねています。以前、大切なプレゼンで自分のアイデアを引っ込めて後悔した日のことをよく覚えています。そんな「言えばよかった…」という気持ち、皆さんにも心当たりがあるのではないでしょうか?


執筆中、一番こだわったのは図書館のシーンです。実は私も子供の頃、父と図書館に通った思い出があるんです。角のソファに座って本を読む時間は、何物にも代えがたい宝物でした。


美咲が成長していく過程を描くのは簡単ではありませんでした。「変化は一夜にして起こらない」というリアリティを保ちつつ、読者の皆さんに「私もやれるかも」と思ってもらえるストーリーにしたかったんです。何度も書き直しましたよ〜(苦笑)


実はクライマックスの市長のシーンは、締め切り前日に思いついたものです!深夜にパソコンに向かいながら「これだ!」と一人で興奮していました。創作って本当に不思議なもので、予想外の展開に自分自身が驚くことってありますよね。


私たちは皆、美咲のように「自分色の光」を持っています。それなのに「私なんて…」と自分を小さく見せてしまうことがあります。でも、あなたにしか出せない色、あなたにしか作れない空間があるんです。


この物語が、誰かの背中を少しでも押せたら嬉しいです。今日から鏡を見るたびに「今日の私で十分素敵なんだ」と思い出してくださいね。


次回作では、美咲の同僚・高橋さんの物語も少し考えています。彼女の華やかな外見の裏に隠された物語…興味ありますか?


これからも皆さんの日常に寄り添えるような物語を書いていきたいと思います。感想やメッセージ、いつでもお待ちしています!


それでは、また次の物語でお会いしましょう!

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