第93話 第十王子シン・フェイの視点15
「急ごしらえだったが、君の姿見を模したダミー人形をドライアードに用意してもらって正解だった」
「……そう言うのは、事前に言って欲しかったな」
「敵を騙すには、まず味方からだろう」
今もスペード夜王国で絶望して、部屋に引きこもっている私は偽物だ。ジェラルドから借りていた透明マントを使い、何食わぬ顔でダイヤ王国に戻ってきたのだ。
「かなり強引だったが、感謝している。私一人では決断できなかった」
「まあ、正直。あの時の君は、心が折れる寸前だったからね。置いて行ったらすべてに絶望して、動かなくなりそうだって思っていた」
(まったく、その通りだ……)
ジェラルドと王妃の独断だったため、この情報は楊明にも話していない。あいつならすぐに影武者だと気づくだろうから、一カ月は誤魔化してくれるだろう。
(ソフィが行方不明になった時も、二人は冷静だった。さすがはダイヤ王国の王族。私情で動かないとは、たいしたもの──)
「ちょ、ちょーーーーーーどういうことなのだ!? ソフィは、ソフィーリアはははははははは!」
「父上、落ち着いてくださささささささい。いいいいですか、ソフィが居なくなってしまったんです! 私の愛しの妹がああああああああ」
「ふふふ、二人とも、おおおおちつきなさいいいい」
(前言撤回。この人たち、人の目がなくなると途端にポンコツになるな)
自分よりも焦った人間を見ると、冷静になるようだ。私はこの中で唯一、状況を冷静に把握している妖精王オーレ・ルゲイエに視線を向けた。今は私たちにも視認できるように、意図的に姿を見せている。涼やかな顔をした男は、表情らしいものは欠落しているかのように見えた。
「妖精王オーレ・ルゲイエ。貴方ならソフィの居場所が、わかるのではないでしょうか」
「……そうだね~。まず状況は最悪と言ってもいいかな」
妖精王オーレ・ルゲイエの淡々とした言葉に、悲鳴を上げていた三人がピタリと硬直。次の瞬間、一瞬アワアワしている感が消え去った。いや削ぎ落されたというほうが正しいだろう。
数秒前まで取り乱していたのが、嘘のようだ。先ほどの慌てようや、普段の振る舞いを知っているからこそ、この冷静さは恐ろしい。
「それで、ソフィの状況は?」
「まず肉体的な部分において、怪我はない」
「そうか……(ソフィ……無事でひとまず良かった)」
「愛しの子の居場所は、魔導具で作られた隔絶空間、それも精霊や妖精が存在しない切り取られた特殊な場所だ。そこにある屋敷で過ごしている」
怪我はない、という言葉にみな安堵しつつ、『では状況が不味い』という意味を考える。だが誰も口を挟まずに、妖精王オーレ・ルゲイエの言葉を待った。
「洗脳も魅了もされてはいない。ただ──記憶を上書きされた可能性がある」
バキ、だとかボキ、だとか何かが切れる音がした。
それは私だけではなく、その場にいる全員が同じだったのかもしれない。部屋の空気が凍り付いた。激昂する怒りを何とか堪えた。
「上書きとは……」
自分の声が掠れて、声になっていたかもわからない。
ただ嫌な予感が脳裏に過った。
「『|妖精王オーレ・ルゲイエ《私》が次期女王はアリサ・ニノミヤだと宣言し、それにより旧王族は全員処刑。シン・フェイはソフィを裏切り、婚約を破棄。そのため居場所のないソフィは妖精が入れない亜空間に避難した』と上書きされていた。本来なら、おおよそ信じられない出来事だが……」
「……!」
後頭部に強い衝撃を受けた。
荒唐無稽かつ、ありえない話だ。妖精王オーレ・ルゲイエはソフィを心から愛しているし、王の選定条件は決まっている。それが自称聖女に当て嵌まるとは、到底思えない。
だがそれは、この時間軸の話だ。
以前、ソフィが話してくれた時間跳躍の時間軸では、そういったた未来があった。もちろん、それは妖精王オーレ・ルゲイエ自身が決めたのではなく、周囲の国の者たちだ。
ダイヤ王国を侵略するための大義名分。
『原初の魔女』あるいは『原初の大魔女』は実際にソフィが体験した記憶をベースに、組み替えているのだろう。私に裏切られたことも、婚約破棄も過去にあったのだから。
「しかし……これだけの情報がよくわかりましたね」
「妖精では介入は無理だったけれど~彼女には六大精霊の一角、ウンディーネの契約がありましたからね。水を通じて情報を私に流してくれたのですよ~」
当初の目的だった六大精霊との契約。ソフィは既にウンディーネと済ませていたことに驚く。
加護ではなく契約。契約は互いに繋がっているので、遮断された空間でも繋がっているという。ただ契約をしていてもその意図はか細く、今にも切れそうだと妖精王オーレ・ルゲイエは語った。
(ソフィも単独で動いていたのか。……黙っていたのは、私が信用できなかったから?)
今になって、相談されなかったソフィの苦しみがわかる。自分が信用にたる人物ではなかったのではないかと、そう思ってしまう。
「ウンディーネは『原初の魔女』を最初から警戒していたので、ソフィが十七、八歳になるまでは話さないようにと言われていたそうだよ~」
「!」
慌てて顔を上げると、妖精王オーレ・ルゲイエの琥珀色の瞳とぶつかった。ソフィと同じ色の瞳は、私の心を見透かしているようだった。
「ソフィの時間跳躍の時間軸の記憶と、数ヵ月前の聖女アリサの登場。あれも全て仕組まれたていたのだろうね~。あまりにも誤差の大きすぎる記憶の上書きは、違和感を覚え気づく。だが愛しの子の場合は、十二回ものやり直しの記憶が蓄積されており、それを『原初の魔女』に利用された。……いや、そもそもここに至ることこそがあの魔女の目的だったのだとすれば、諸々納得が出来るかな~」
『原初の魔女』が真に狙っていたのは、今回の騒動だった。いやその前のアリサの件でカタがつくなら、それでも良かったのだろう。何重にも張り巡らせた罠は、庭園で取り囲まれた茨の迷路によく似ている。
なんという執着、なんという執念。
「では、ソフィは今全ての者に裏切られ、逃亡生活を送っているというのですか?」
「そうだよ~」
ジェラルドの握りしめた拳からは、血がしたたり落ちていた。今の彼女は妖精の加護が届かない場所にいるのだ。不安しかない。
「ソフィを匿っている男は、どうやらソフィにご執心で、懸想しているようだね。大方、誰も味方がいない状況を作り一人だけ無実を信じるように装い……最終的に心を手に入れようと考えている」
ああ、今までの点と点が全てつながった感覚だ。
「誰がそんなことを──」
「清星焔でしょう。そうであれば諸々合点がいく」
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