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第91話 矛盾と壊れかけの記憶の中で

 

 この世界に落ちた時、いくつもの声がした。


『愛し子。その空間は我らの加護が介入できない』

『困ったよ。どうしよう』

『──繰り返した────が君を襲ってしまう』

『もう、ソフィに会えないの!? ヤダー』

『ソフィ』

『ソフィ』

『愛し子』

『─────までの間に、大人しく────待っているんだよ』


 私のよく知っている声。

 でも、意識が遠のいて──その記憶も、私からこぼれ落ちていく。



 ***



 大空の下。大量の藁の上で私は目が覚めた。

 どうやら私は魔導具『箱庭』の中に飛び込んで、気を失ってしまっていたようだ。その前の記憶が混濁しているが、少しずつ思い出してくる。


(ええっと……私は……)


 妖精王オーレ・ルゲイエが「ダイヤ王国の次期女王に相応しいのは聖女アリサだ」と言い出したのだ。


 でも聖女アリサは、捕縛されているはず──?

 脳裏に痛みが走った。

 次の瞬間、私の中から何かが抜け落ちた。けれど、もう痛みはない。


(なんで私、ここにいるんだっけ? ……ええっと、ああそうだ。ジェラルド兄様が「逃げろ」と言ったんだっけ。新しい女王が即位するのに邪魔だからと──)


 邪魔? オーレ・ルゲイエ(じい様)がそんなことを言うだろうか。

 そもそも聖女アリサは──、────時に……。


「っあ……!」


 痛い、痛い、痛い。激痛が走って、その場に身を屈めながら転がった。

 違う。

 彼女は──転移者で、聖女として──役割を、果たして──私は相応しくないと、エル様、フェイ様、アレクシス殿下の傍で断罪した。


 どこで?

 アルギュロス宮殿で。

 だれが?

 フェイ様は「婚約者としてふさわしくない」と、婚約破棄を言い渡された。

 覚えている。

 知っている。

 そう、私は──失敗した。

『ダイヤ王国女王ソフィーリア=ラウンドルフ・フランシス。貴女との婚約およびダイヤ国とスペード夜王国との同盟を白紙に戻させてもらう』

『スペード夜王国と同様、ハート皇国も契約を破棄だ!』

『クローバー魔法国も同盟解消せざるを得ないですね。ごめんね、ソフィちゃん』

『みなさん、私の言葉に立ち上がってくれて嬉しいです』


 あれ?

 なにか──変だ。

 でも何が?

 違和感があるのに、それが何かがわからない。


 婚約破棄されたのを覚えている。

 それは過去合ったことに間違いはない。

 胸が痛い。これが夢だったら、どんなにいいだろう。


 処刑。殺害。

 兵士たちが私たち王族を殺そうとする。ハート皇国の兵がダイヤ王国を──。

 何度も、何度も、何度も……。

 違う。ハート皇国とは良好な関係だったのに、なんで?

 何かが──でも、アレクシス殿下は私を、殺しにくる。

 だから、逃げなきゃ。

 そう、ジェラルド兄様が、助けを用意してくれた。

 逃げ場を。

 兄様は、私を逃がしてくれた……。

 親友。

 親友、の、()()()()()


 彼は──スペード夜王国の次期国王。

 セイエン様は「即位したら一緒になろう」と言ってくれた。そうすれば処刑は免れる──と。「正妃になって欲しい」と、「返事は後でいい」と、優しい言葉をかけてくれた。

 私を守ろうとしてくれる唯一の人。

 唯一の?


 艶やかな黒髪に、宝石のような紫色の瞳、目鼻立ちは整っていて、眉目秀麗で目のやり場に困ってしまう。カンフクと呼ばれる上質の絹で作られた服装が、とても似合っている。


 額や腕の包帯は、私をこの空間に逃がすために負ったものだと言っていた。


 吸血鬼は?

 それが追手?

 アレクシス殿下?

 ハート皇国?

 ここに来る前は、アルギュロス宮殿にいた──?

 違う。何かが──可笑しい。

 でも、何が可笑しいの?

 なんで、こんなに胸が苦しいの。

 彼、セイエン様は毎日夕暮れになるとひょっこりと屋敷に顔を出す。今日で七日目だが、やはり同じ時間帯。


「ただいま、ソフィ」

「……お帰りなさい、セイエン様」

「ああ、いつも出迎えてくれてありがとう」


 そう言って、いつも私をきつく抱きしめる。ここにいることを実感するために、肌に触れて温もりを求めた。病的ともいえる行動は──なぜか胸の奥で引っかかりを覚える。


「誰かに『お帰り』と言われるのはこんなに心地いいものだったのだな」


 この人の好きは私を見ているようで、私じゃない何かに執着している。

 向かい合わせでソファに座る。そのたびに違和感があった。()()()()()もっと近くで、私を膝の上に乗せて抱きしめていた──その人は……もういない。


『ソフィ』と、甘い声で、名前を呼ばれるだけで胸が熱くなる。溢れる想いは温かくて、優しくて、安心した。

 声のトーンも、眼差しの熱量も、温もりも、触れる感覚も違う。


 誰? 

 私は誰と比べているの?

 婚約者。

 シン王子。でも、彼の方は私ではなく聖女を選んだ。

 何度も、何度も。

 裏切られた、そう思おうとしているのに、心が悲鳴を上げる。

 私を断罪して、短剣を贈って死ねと──?

 違う。違う──と。

 ああ。

 頭がぐちゃぐちゃで、分からないのに、それでも、私は──。

 シン様……。

 フェイ様に──会いたい。

 フェイ様に会って──。


『また、裏切られるの?』

「!?」


 どこかで聞いた声。

 声の言う通りだ。

 フェイ様の隣に聖女アリサがいるのを、私は耐えられるだろうか。フェイ様は本当に彼女を愛しているのだろうか。

 直接、聞いていない。

 そう、前にもフェイ様と聖女アリサが談笑をしている場所に居合わせて──。

「…………?」


 勘違いが──あって、あれは都合のいい夢だった?

 頭が痛い。

 割れるように痛い。痛い。痛い。

 私は──現実を受け止めきれずにいるから、頭痛が酷くなるのだろうか。ふと私は見覚えのない腕輪をしていることに気づく。銀の装飾が凝った腕輪だ。


 いつ買ったのだろうか。その腕輪をそっと撫でる。

 ダイヤ王国のアクセサリーではない。私は他国に行ったことなど一度もないから、誰かからの贈物?


『そう。それと──これでお揃いだ』

『それと恋人が腕輪を贈るというのは、この国では『束縛、傍に居たい、いつも一緒に居てほしい』と、独占欲を表すものだ』


 脳裏にフェイ様の声が響いた。

 優しい声音で、私に問いかけてくれた。()()()()()

 フェイ様が留学をしていた時だろうか。いいや、だとしたらセリフに違和感が残る。城の外で売っているものではない。スペード夜王国の物だとしたら可笑しい。

 ダイヤ王国では商隊(キャラバン)の出入りはない。


(……なんで、私、キャラバンの知識があるの?)


 違和感。

 記憶のズレは、まるで不協和音のように少しずつ──けれど確実に違和感が芽生えた。


 これは賭けだ。

 フェイ様は私を裏切っていない、という希望的推測が生み出した幻影かもしれない。でも私はあの人を信じたい。腕輪のヒンヤリとした感覚こそが現実だと。

 可能性があるなら、私は──真実を、掴み取ってみせる。


お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


コミカライズタイトル名

『やり直し悪役女王は溺愛に惑う ~婚約破棄したいのに、王子の愛が止まりません~』

めちゃコミにて最新16&17話配信中!!!

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